第11話 聖剣エルグレイザ
「よいか、勇者ライナス。この聖剣エルグレイザは、ただの剣ではない」
神殿の地下でドワーフが槌を打ち、エルフが精霊の加護を与え、そして神官たちが神の奇跡を宿した聖剣。
それを大神官が両手で頭上に掲げつつ、そう言った。
「素晴らしい剣だ」
「そうだろう。この剣に切れない物はなく、無敵の魔王ですら、この剣を防ぐことはできんのだ」
そう言うと、大神官が手を滑らせ、聖剣を床の上に落とした。
「あっ!」
カランカランと乾いた音を立てて、床の上を新品の聖剣が転がる。
「あ~あ、何をやっているんだ、大神官」
「だって、これ結構重いんだよ。老人の細腕で持つのは辛いの」
「だったら、持ち上げたりなんかしなければ良いのに。あっ、傷がついてる」
『本当です。本来、私は勇者以外が持ってはいけないというのに』
突然、勇者ライナスの頭の中に声が響いてきた。
それは男でも女でもない中性的な雰囲気で、とりあえず若いことだけは分かった。
「け、剣がしゃべった?!」
「えっ、嘘?!」
驚く勇者ライナスと大神官。
「嘘って……あなた達が作ったのではないか」
「いや、一応そういう仕様なのだが、神殿の誰も聖剣の声を聞いた者はいないのでな」
「勇者である俺にだけ聞こえる声?」
勇者が、完成直後に床に落とされた聖剣エルグレイザを手に取りつつ、そう言った。
『その通りです、勇者ライナス』
「大神官、この剣で本当に魔王を倒せるのか? こんなに簡単に傷がつくなんて」
「フッフッフッ、勇者よ。実はその剣の刀身はダミーなのだ」
「ダミー?」
『その通りです、勇者』
「ええい、頭と耳から声が入ってくるから、ややこしい」
「よいか、勇者よ。聖剣エルグレイザは、魔力による光の刃を出すことができる」
「光の刃?」
「そうだ。知っての通り、魔王は黒き魔力の障壁で身を守っている。それは魔法による攻撃はもちろん、普通の剣や弓矢では貫くことができない」
「あらゆる攻撃を防ぐ絶対障壁」
「そうだ。しかし、光の刃なら、その守りを無効化できるのだ」
「それは凄い。でも、だったら最初からダミーの刀身など付けずに、光の刃だけでよかったのでは?」
「そうはいかん」
『そう、いけないのです、勇者』
「何故なら、光の刃は一瞬しか出せないから」
『そう、出せないのです』
「あ~、やっぱり鬱陶しいな、これ」
勇者ライナスが聖剣を片手で振り回しつつ、そう言う。
しかし、とりあえず理解はできた。
まさに、光の刀身は最後の切り札ということが。
そして、勇者は魔王との戦いまで、一度も光の刀身は使わなかった。
そもそも光の刀身など出さなくても、聖剣は十分に切れ味が良かったし、そこに勇者が魔力で攻撃力アップや構造強化の効果を与えていた。
あと、刃こぼれが起こっても、金属の刀身なら鍛え直したり、研いだりすることができたし、その気になれば刀身を丸ごと交換することもできる。
そもそも、勇者ライナスは、その気になれば棍棒でも魔族を殴り飛ばして倒せるほど強かったのだ。
正直言って、
「すごいぞ、あの聖剣は。魔獣でも魔族でも一撃で倒せる」
「もしかしたら、あの剣さえあれば、誰でも強くなれるんじゃないか?」
「馬鹿野郎、聖剣は神に選ばれた勇者以外は、握ることすらできないんだよ」
と、勇者の活躍は実は聖剣のおかげと言われると、それは違うぞ、と言いたくて仕方がなかった。
もちろん、そんな大人げない真似はしなかったし、彼自身、この聖剣を気に入っていたのは確かだったが。
実際、恐ろしく頑丈で切れ味が良いのに、とても軽く、振り回しやすかった。
種族としては犬猿の仲と言われている、エルフとドワーフが協力して作っただけのことはある。
両種族の武器の良いとこ取りとは、まさにこの武器のことを言うのだろう。
ただ、聖剣エルグレイザが勇者の手で振るわれ、活躍をすればするほど、
「わし等ドワーフの技術が凄いからだ」
「何を言う、我々エルフが剣に宿した精霊の加護のおかげだ」
と言って、さらに両種族はいがみ合うようになり、2本目の聖剣を作ることができなかったが。
なんにせよあの魔王との最後の戦いで、聖剣エルグレイザは刀身が折れてしまった。
それほど魔王の力が凄まじかったということだ。
そして、その後、勇者ライナスは、魔王が準備していた転生の魔法陣で、この世界に飛ばされている。
聖剣はあの後、誰かに拾われただろうか? 今でもあの世界を守っているのだろうか?
そう考えた時、頭の中にゼルの声が聞こえてきた。
『あの剣は意志を持っていた。そして、自分を使う主を選ぶ』
ゼルのケージの方に目を向けると、彼はクッションの上でこちらにお尻を向けて寝ている。
『そして、主は勇者であるお前だけだ』
『それはどういう意味だ?』
『おっと、おしゃべりが過ぎたようだな』
『おい、ゼル』
『……』
『寝たふりをするな』
『……』
「ゼル、お座り!!」
龍太がそう言うと、ケージの中でゼルが飛び起きて、お座りをした。
『くっ、貴様……』
ウウッと低く唸りながら、恨めしそうに睨んでくる黒柴犬。
『お前、何か知っているんだろう?』
龍太にそう言われつつ睨まれ、ゼルは観念した。
『あの転生の魔法陣は、中にいる者の魂を異世界に飛ばすようになっていた。だから、我も貴様もこの世界に転生をしたのだ』
『もしかして、聖剣エルグレイザも転生を?』
『あり得ない話ではない。自ら考え、主を選び、そして力を貸す。これはもう、魂を持った生き物と言っても過言ではないからな』
そう思念で言うと、ゼルは今度は頭をこちらに向けて横になると、目を閉じた。
聖剣エルグレイザが、この世界に転生している。
自分は人間に生まれ変わったが、ゼルは犬になってしまった。
もし聖剣がライオンや象に転生していたら。
『ゼル、面白いことになりそうだな』
『全然面白くなどないわ!!』




