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転生勇者とついでに魔王~異世界転生した勇者と柴犬魔王の凸凹コンビ~  作者: よしぞう


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第10話 聖なる武器それは注射針

【魔王の敵、それは……】


 リビングの端にある自分のケージの中で、ゼルはお気に入りのクッションの上でウトウトとしていた。


 中身は魔王でも体は子犬のため、すぐに眠くなるのだ。


 まったりとしている彼をよそに、茂野家の人たちが、朝からバタバタと忙しそうにしている。


「ゼル、ご飯だぞ」


 そう言うと、龍太がドッグフードの入った器を持って来た。


『ん? これは、デリシャス・ドッグ・フードではないか?!』


 鼻をピクピクさせたゼルがガバッと起き上がり、尻尾を振りまくる。


「まあ、たまには良いだろう」


『良い心がけだ。我にもっと貢物を捧げよ』


 そう思念で言うと、美味しそうに食べ始める。


 そして、それを食べ終えた時、何か不穏な気配を感じて、ゼルは我に返った。


 待てよ、何かおかしい……。


 土曜日だというのに、茂野家の両親と龍太が、皆、忙しそうにしている。


 どこかに出かける気か?


 そう考えつつ、皆の様子がよく見えるソファーの上に移動する。


 ん? あれは?


 玄関の前に、お出かけの時にゼルが入れられるペットキャリーバッグが準備されていた。


 やはり出かけるようだな。それも、我も一緒に行くようだ。


 そして、ハッとした。


『逃げるなよ、ゼル』


 彼が何かを察したと気付いた龍太が、思念でそう言った。


『ま、まさか、貴様ら、我をあそこへ連れて行くつもりだな?!』


『正解だ』


 そして、龍太がニヤッと笑った。


『や、やめろ、貴様、それでも勇者か?!』


『さあ、行こうか。動物病院へ、狂犬病の予防注射を打ちに』


『やめろぉおおおおお!!』


 慌てて逃げ出そうとするゼルを、龍太の母親がガバッと抱き上げた。


 相手がヤクザなら、あらゆる能力をフル活用して脱出するところだが、母親相手にそれはできない。


 彼女の機嫌を損ねると、餌の質にまともに影響が出るからだ。


『卑怯だぞ、勇者!!』


『何とでも言え』


 そしてゼルはキャリーバッグに入れられると、龍太の父親が運転する車の後部座席に乗せられた。


 助手席には龍太が座り、母親は留守番だ。


 動物病院は、家から10分ほどの場所にあった。


 ゼルは隙あらば逃げ出そうと、ペットキャリーバッグの中で身構えている。


『逃げられると思うなよ、魔王』


『フン、聖剣エルグレイザのない勇者など、我の敵ではないわ』


 車を駐車場に停めると、父親がペットキャリーバッグを持ち上げて動物病院の中に入って行った。


 その後ろを龍太がついていく。


 そして、受付を終え、バッグの口を開けた時、


「あっ、ゼルちゃんだ」


 脱走しようとした柴犬魔王の名前を呼ぶ女の子がいた。


『な、何故貴様がここに?!』


 バッグから顔を出したゼルが驚く。


 そこには神崎・あかりと、彼女の愛犬、クゥちゃんがいた。


「どうしてここに?」


 龍太がそう聞くと、


「今日は、クゥちゃんのお注射の日なの」


「へぇ~、クゥちゃんは、怖くないのか?」


「全然平気だよねぇ~」


 あかりがそう言うが、当のクゥちゃんは不安そうにキョロキョロとしている。


「ゼルゥ~、クゥちゃんはお利口さんだなぁ~」


『ゆ、勇者……これも貴様の罠か?!』


『そんな訳ないだろ、偶然だよ。そんなことより、ここで逃げ出したりしたら、クゥちゃんに何と思われるかなぁ?』


『くっ……』


 ゼルが龍太を睨みつける。


 そんな彼に龍太は、右手の親指を立てて見せた。


『大丈夫、痛いのは一瞬だ』


 診察台の上に乗せられると、ゼルが置物のように固まった。


 柴犬の特徴の一つである、くるっと回った尻尾がピンとまっすぐ立ち、毛も逆立っている。


「さあ、ゼルちゃん、注射するからね」


 獣医が優しくそう言う。


『貴様ごときの攻撃など我に通じんわ。我が障壁は無敵、何人たりとも貫くことなど、ウギャアアアアア!!』


 プスッと針を刺されたゼルが、キャン、キャンと泣き叫ぶ。


『な、何故だ。我が無敵の障壁が、こうも簡単に貫通されるなど、あり得ぬ!!』


『それは、注射は攻撃ではないからだ。貴様の障壁は、相手の攻撃の殺傷能力の強さに比例して強くなる』


『どのような結界も、障壁も、注射針の前には無力だというのか……』


『そうだ。今度、聖剣を作る時は、注射の形にしよう』


『おのれ勇者め、調子に乗りおって』


『次に転生をする時は、注射のない世界に行くんだな




【聖剣と注射針】


 狂犬病の予防接種を終えたゼルを連れて、家に帰ってきた。


 ゼルはすっかりへそを曲げてしまい、家に着くなり自分のケージの中に入り、出てこない。


 それを見て龍太は、対魔王用の武器として注射は有効だな、と改めて冗談交じりに考えていた。


 そして、ふと、魔王との最終決戦の時のことを思い出す。


 魔王城の中央にそびえ立つ黒の塔、その最上階にある魔王の間が、その舞台だった。


 まさに死闘と呼ぶにふさわしい、ギリギリの戦いだった。


 あの戦いで勝てたのは、彼が聖剣エルグレイザを持っていたからだ。


 魔王を倒すために造られた聖剣。


 魔王の黒き魔力を切り裂き、数多の魔族を倒し、ドラゴンの鱗すら障子紙のように貫いた伝説の剣だ。


 龍太は、その聖剣を手にしたときの事をふと思い出したのだった。

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