第五話 我が主君(おし)への挨拶は、絶対的全肯定と悪魔のおにぎりで
天正3年(1575年)。
ついに、歴史の針が大きく動く日がやってきた。
「景綱。今日よりお主を、梵天丸の守役(近侍)に命じる」
主君・伊達輝宗様からの直々の命。
米沢城の奥深く、重々しい空気の漂う部屋の前で、俺はすっと背筋を伸ばした。
3年間、おにぎりを焼き、部下を洗脳し、職人を脅してパズルを作り……すべてはこの「本尊(梵天丸様)」と出会う瞬間のために準備してきたのだ。
俺は息を整え、完璧なビジネススマイルを浮かべると、静かに障子を開けた。
「――初めまして、梵天丸様。本日よりあなた様の守役を仰せつかりました、片倉小十郎景綱と申します」
暗がりの中にいたのは、当時9歳の幼き主君――梵天丸様だった。
右目には黒い布が巻かれ、その表情は世のすべてを拒絶するように引きつれている。部屋には投げ捨てられた書物や食器が散乱していた。
「……去れ」
低い、けれど震える小さな声。
「聞こえなかったのか! 去れと言っているんだ! 俺のこの醜い右目を見ろ! お前も、どうせ俺を憐れむんだろう! 化け物だと嘲笑うんだろッ!」
激昂した梵天丸様が、右目の包帯を乱暴に引きちぎり、病で腫れ上がった右目をこちらに突き出してきた。
並の小姓なら恐怖と哀れみで怯む場面だ。
だが――俺の脳内は違った。
(尊い……っ! 生の梵天丸様だ……っ! なんという気高さ、なんという美しさ……! 絶望に濡れたその片目、国宝に指定して国で保護すべきだろ!!)
心の中では限界オタクの血が沸騰していたが、表に出したのは「一切目が笑っていない完璧な敬語攻め(狂気)」だった。
俺は静かに歩み寄り、取り乱す梵天丸様の前に美しい所作でひざまずいた。そして、その小さなお顔を優しく、けれど絶対に逃がさない力強さで両手で包み込む。
「……醜い? とんでもない。なんて美しく、気高き輝きでしょうか」
「な……っ!?」
「あのお方が不都合だと仰るなら、この景綱、いつでもその右目を抉り出して差し上げますよ? ……今、やりますか?」
冷徹なまでに澄んだ、けれど恐ろしいほどの愛が籠もった声。
「抉り出して差し上げますよ?」という言葉が冗談でも脅しでもなく、「主君が望むなら今すぐ本気でやる」というガチのトーンだと悟り、梵天丸様はヒッと息をのんで硬直した。
「あ、お前……正気か……?」
「私はいつでも正気ですよ、我が主君。――さあ、自分を傷つけるのはそこまでです。お命を無駄にされるくらいなら、その右目も、そのお命も、すべてこの片倉景綱にお預けください」
圧倒的な全肯定と、底知れない狂気。
それまで「可哀想な子供」として憐れまれてきた梵天丸様にとって、自分を一切憐れまず、恐怖すら覚えるほどの熱量で全肯定してくるこの美青年は、人生で初めて出会う「理解不能なバグ」だった。
毒気を抜かれ、ポカンと固まる梵天丸様。
俺はその絶妙な隙(隙間時間)を絶対に見逃さない。間髪入れずに、コンボの2番手を投下する。
「ところで梵天丸様。退屈なさっておられるでしょう。こちらをご覧いただけますか?」
ドン、と畳の上に置いたのは、あの3年越しで完成させた『立体木製からくり城パズル(戦略シミュレーション版)』だ。
「な、なんだこれは……? 木の塊か……?」
「ただのからくりではありません。部屋にいながらにして城を築き、戦(兵糧の計算や伏兵の配置)をシミュレーションできる最高峰の試練です。……ふふ、まあ、このからくりを解き明かすには、並大抵の知略では不可能ですけれど」
「……なんだと?」
景綱の慇懃無礼な挑発に、幼き独眼竜の負けん気と、潜在的な「建築・戦略マニア」の血が不意にバチリと跳ねた。
「ふん! この程度の仕掛け、俺に解けないわけがないだろ!」
梵天丸様はすぐさまパズルに飛びつき、夢中になってパーツを組み替え始めた。
「あ、ここがハメ込みになっているのか!」
「待て、兵糧の計算を合わせないと天守閣が建たないぞ!?」
と、さっきまでの絶望が嘘のように、目を輝かせて指先を動かしている。
(勝った……! 完璧な引きこもり対策&初期好感度獲得コンボだ……!)
そしてパズルに没頭すること一時間。
からくり城が見事に完成した瞬間、ぐぅ~と、可愛らしい虫の音が梵天丸様のお腹から鳴り響いた。
「あっ……」
顔を赤くする主君。ここで、仕上げの3番手――「悪魔の食育」の出番である。
「ふふ、お腹が空かれましたね。ちょうど良いものがございます」
俺は懐から、竹皮に包んだ「特製・特濃クルミ味噌焼きおにぎり」を取り出した。香ばしい味噌とクルミの甘い匂いが部屋いっぱいに広がる。
「そんなもの、要らん……」
強がる梵天丸様に対し、俺はすっとおにぎりを差し出し、極上の笑顔で囁いた。
「一口だけで構いません。もし美味しくなければ、私の首を跳ねていただいて構いませんよ?」
「く、首って……大げさなんだよお前は!」
半ば呆れながら、梵天丸様はその小さなお口で、おにぎりをガブリと頬張った。
「――っ!???」
一瞬間をおいて、梵天丸様の目が限界まで見開かれた。
カリッと香ばしい表面、中に閉じ込められた濃厚なクルミ味噌の甘み、最高級のお米の多幸感。戦国時代の9歳児が耐えられるはずもない「現代クオリティの悪魔的味覚攻撃」である。
「う、旨い……っ! なんだこれ、旨すぎる……っ!」
小さなお手手でおにぎりを握りしめ、お口のまわりを味噌だらけにしながら、涙目でもぐもぐと食べ進める梵天丸様。
「美味しいですか、梵天丸様」
「う、うん……っ! 景綱、これすごく旨い……っ!」
「ふふ、良かったです。あなたのその笑顔が見られるなら、私はなんだって作って差し上げますよ」
お口を拭いて差し上げながら、俺は暗闇の中で確かな手応えを感じていた。
右目の誓いによる【圧倒的心理的優位】。
パズルによる【知略の承認と楽しさの提供】。
そして、おにぎりによる【完全な胃袋の掌握】。
出会ったその初日に、片倉景綱の3年越しの「主君プロデュース計画」は、完璧すぎる大勝利を収めたのだった。
【システムメッセージ】
『梵天丸(伊達政宗)との運命の出会い』が完了しました!
※3連コンボ(右目・知育・食育)により、主君の初期好感度が『カンスト(測定不能)』に達しました!
※称号『竜の右目』を獲得しました。




