第8話 特異体質
バーは静寂に包まれていた。本を持ち固まるアルシア、あまりの衝撃に開いた口が塞がらないアンズー、目を見開き俺をガン見するセレア、ゴクンと唾を飲み込む俺。
硬直状態の中最初に口を開いたのはアンズーだった。元々口が塞がっていないので開いたと言うよりも声を出したと表現するのが正しいのだろうか。
「そ、そうか…魔法の使い方を教えてやろうと思ったんだが…魔力がないのか…ハッハハッ…」
「ツ、ツカサ、気を落とすことはないわよ!別に魔力がなくても生きていけるもの…多分…」
アルシアの気遣いが心に来る。確かに衝撃は受けたし少しガッカリもした。しかし別にあるとは思っていなかったから俺からしたら深刻ではないと思う。
しかしあのアンズーがこんな反応をするのならきっとこの世界の人間は魔力があることが普通なのだろう。
セレアが何度も何度も俺に触ってくる。そういう意図が無いことはわかるが男子高校生たるもの美人に触られてドキドキしないわけがない。
「うっそ…本当に魔力が感じられない…。こんなの異例だわ…。」
「ーー別にみんなそこまで言わなくてもよくない?」
「いや、ツカサ…。悪いんだが魔力を持たねぇ人間なんて見たこともねぇ。というか虫だって少なからず魔力があるもんだぜ…」
アンズーは俺を虫以下だとでも言いたいのだろうか。でも実際この世界の常識はそうなのだろうな。
しかし困った。カレオトキシンやスカルトロールのような俺を狙うやつらに対する対抗策がない。
尻の怪我が治ったら俺はここをでていかなくてはならないから、それまでになにか自分の能力とかを身に付けておきたいのだが。
「…剣よ剣!魔力がないなら剣を使えるようになればいいんだわ!ね、アンズーさん?」
「アルシアちゃん…俺に剣を教えられる力があるとでも思っているのかい?それに魔力のない剣士なんて剣士じゃないだろ…」
沈黙が続く。数分前までは人は少なくとも賑わいのある空気感だった。みんなの視線が痛い。きっとなんて声をかければ良いのかわからないのだろう。
ーーその沈黙を破ったのはアルシアだった。
「そうだツカサ!か、買い物に行きましょう!」
そう言うとアルシアは俺の手を引いてバーの扉を開けた。あまりの勢いに尻が痛むがあの空気感から少しでも離れられたのはよかったと思う。あの場で沈黙を続けていても、なにも進展しなかっただろう。
静かな路地裏をアルシアに引っ張られるまま進んで行くと段々と騒がしい音が聴こえてきた。
バーの中の静けさとは正反対の人通りの多い大通り。
バーに運ばれてからは尻の痛みでろくに歩けなかったため、外には出ていなかった。この街の景色を見るのは2度目だ。
そして路地から出た瞬間、衝撃的なものを目にした。
「ウミウシ…?」
目を擦りもう一度見てみるがアレは確かにウミウシだ。巨大なウミウシが馬車を引いている。
この場合馬車と表現するのは違うのだろうが馬車と表現してしまう。
「アルシア、あれって…」
「あれは水牛車よ。ツカサ水牛車も知らないの?」
「ーースイギュウ…」
突然知っている単語が出てきて驚いたがウミウシだから水牛…。異世界だからウミウシを水牛と呼ぶのか。異世界なのだからそう言うものなのだろうな。
そして視線を移すと衝撃的なものを目にした。
「カ、カレオトキシン!?」
「ツカサそれ本当!?…ってあれはリザードマンよ。それ、相手にすごく失礼じゃない?」
「ご、ごめん…」
俺がカレオトキシンだと思ったものはどうやらリザードマンと呼ばれる人種らしい。確かによく見てみれば全然顔がカメレオンじゃない。どちらかと言えばドラゴンとかに近い。
「人間以外にも色々な種類の人がいるんだなぁ…」
アルシアが心配そうにこちらを見ている。恐らく先ほどのバーの1件だろう。
「ツカサ、別に魔力がなくても生きていけるわよ!それにバーに居ればアンズーさんもお姉ちゃんも私もいる!ツカサが戦えなくたって私たちがツカサを守るわ!」
俺は尻の怪我が治ったらバーを出ていかなくてはならない。それはアンズーに言われたからそうするわけではなく、自分でもそう思っているからだ。
アンズーやセレア、なによりアルシアに迷惑をかけすぎてしまっている。
そんなことを思いながら歩いていると目の前で演説をしている集団が目に止まった。
「アルシア、あれは…」
「ツカサ。あれには目を合わせちゃダメ。」
アルシアがやけに真剣そうに注意するから咄嗟に集団から目をそらした。
「我々は『砂王教』!!かつて帝国を築こうとしたもののッ!その野望を実現する前にこの世を去ってしまったヤーベン王の意志ッ!それを我々が受け継ぎ、未来へと託していくのです!!今のフローリアはどうでしょう!?今のこの大陸はどうでしょう!?戦争や差別などが横行しているではありませんかッ!そこで、我らがヤーベン王の夢見た皆が平等の帝国をッ!皆さんで築きあげていこうじゃありませんか!?そし…」
聞き耳を立てて聞いていたが本当にヤバイ集団らしい。
横目でその集団を見てみたが、なによりヤバイと感じたのはその演説者。
狂気を含ませた騒がしい声。それとは対照的によく整えられた長めの銀髪をセンター分けしていた。
そして、その顔は完全に布で覆われていて表情が読み取れないものの笑顔だということが伝わってくる。黄色い宗教衣装を着ている。
「ごめんねツカサ。気分が落ち込んでいるはずなのに変なもの見せちゃって。あんな感じで砂王教は定期的に集団で演説してるの。本当に困っちゃう。」
「いや、別に大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
ーーギロリ…
俺はその演説者と目の合った感覚がある。演説者は目を隠しているのに。たった一瞬。ほんの一瞬だけ辺りの雑音が全て消えて俺と演説者の二人だけの世界になったような錯覚に陥る。
「ーーアルシア、早く行こう?」
「いいけど…お尻は大丈夫なの?」
「大丈夫だから。ところでどこに向かっているの?」
この気味の悪い集団から一刻も早く離れたいため俺とアルシアは駆け足で目的の場所に向かった。




