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第5話 酒場のアンズー

「ーーなるほど…そりゃあ大変だったなお前ら。アルシアも無事でよかったぜ。ツカサもここでゆっくりその尻を治せよ!」


「あ、ありがとうございます、アンズーさん。」


 一連の流れを聞き終えたアンズーさんは俺の方を見るとグッドサインを送ってくれた。見た目は確かにイカツイけれど中身は結構いい人そうだ。


「ーーそれにしてもアンズーさん、本当にその…カレオなんとか知らないの?」


「そんなやつ聞いたことねぇな。俺は店から出れねぇから知り合いが店に来たら聞いといてやるよ。」


 アンズーさんの後ろのバックバーには見たこともないようなお酒が並んでいる。この世界の文字だろうか。なんと書いてあるのか読むことができない。


「ーーところでツカサはどこから来たんだ?」


「あ、それ私も気になる。ツカサはどこから来たの?」


 なんと説明すればよいのだろう。フローリア王国なんて名前がある世界だ。日本と言っても伝わらないだろうし変な顔をされてしまいそうだ。でも別に嘘をつく必要もないよな。


「ーー多分知らないと思うんですが日本ってところから来ました。」


 案の定2人はピンときていない様子だ。無理もない。俺も最初フローリア王国と言われてもピンとこなかったんだから。


「ーーツカサ、そのニホン?ってのはどこらへんにあるの?」


 うまく説明できない。どこら辺と言われてもフローリアがどこら辺なのかもわからないのだから。


「ーーあーっとアルシア?悪いんだが酒を切らしちまっててさぁ…買ってきてくれねぇか?」


「私まだツカサと話してたいのに…なんでお姉ちゃんに頼んでないの?」


「今度礼はするからさぁ…頼む!この通り!お釣りは好きにしていいから!」


 アンズーがカウンターに金貨を滑らせる。


「しかないなぁ…」


ーーバタン…

 アルシアはアンズーから渡された金貨を手に取り、そっと扉を開けて渋々買い物に出た。

 店の重い扉が閉まり今まで微かに聞こえていた街の音がぷつりと聞こえなくなった。

 途端、空気がガラリと変わった。先ほどまで2人のお陰で保たれていたであろう和やかな空気とは一変して寒く張り詰めた空気へと変化したように感じる。


「ーーツカサ…だよな?お前いったい何者だ?」


 アンズーの雰囲気が変わった。アルシアがいる時には見せなかった一面。まるで縄張りに侵入した敵対者を警戒する視線。見た目も合間って完全に言葉がでない。


「なんとか言ったらどうなんだ?え?なんでアルシアに近付いた?」


 あまりの威圧感に目を合わせられない。カレオトキシンのときとは違う、本気で殺意を向けられている感覚がある。こんな感覚は生まれてはじめてだ。


「ーーアルシアは良い子だ。困ってる人を見ると手を差しのべる…そういう子だ。俺もそういうところには呆れてんだけどよ、放っておけねぇんだ。俺の彼女の妹みたいな存在でもあるしよ。…お前男だろ?なんとか言えよ!」


 ーードンッとアンズーがカウンターを叩く。


「お、俺だって申し訳ないと思ってるよ!俺がアルシアに助けられたせいで訳のわからないことに巻き込んで悪いと思っているさ!だけど…俺はなにも能力がない…。」


 やっと口に出せた言葉はひどく震えていた。アンズーのように男らしく芯のある声じゃない。

 呼吸が荒くなり座っているのに脚がガクガクと震えているのが実感としてわかる。恐怖で目に涙が浮かんでいるだろう。

 なんとみっともないのだろうか。


「…」


「ーーお、俺はアルシアみたいに少しでも戦える魔法とかないし、この国、世界の常識も知らない…。文字の読み書きもできないしなにも知らないんだよ!そんなに、そんなに言われたってどうすりゃいいんだよ!?」


 感情に任せて色々と言ってしまった。鼻水が垂れてきている感覚がある。今すぐ鼻をかみたいし涙も垂れているのがわかる。視界が涙でよく見えないし耳の辺りも熱い。


「…ハハッ」


 突然アンズーが笑いだした。目の前の男が急に半ベソをかき出したのだ。みっともなくて笑えてくるのだろう。余計惨めに感じる。


「ハーーッハッハッハッハハッハッハッ!いやぁー悪い悪い。お前挙動不審すぎるしわけわからんことばっか言うし危険なやつだと思ったぜ。男が泣くんじゃねぇよ、みっともないぜ?」


 アンズーは俺にハンカチを差し出した。店と同様古く糸のもつれたハンカチ。だけれど修復をした後があったり大切に扱われているというのが見ただけでわかるハンカチ。とても温かかった。


「ーー強く言いすぎたのは謝る。だが、その尻のケガが治ったら出ていってもらいたいってのは俺の本心だ。…別にお前を敵視してるわけじゃねぇ。ただ、お前は変なやつらに狙われてるんだろ?そんなやつと一緒にいたらアルシアたちに被害が出るからよ。」


 その言葉はアンズーの見た目からは想像もできないほど優しい言葉だった。きっと本気で2人のことを考えているのだろう。


「でもお前なんにも知らないんだろ?そんなやつをただ出ていかせるほど俺も鬼じゃない。俺がお前に色々と教えてやるからしっかり付いてこいよ?」


「ーーこんな俺に色々と教えてくれるのか…?アンズーさん…」


「こんだけ話してさん付けは俺としてはちとやりにくいからよぉ、"アンズー"でいいぜ。」


 気が付くと街の賑やかな音が店内に流れ込んできていた。あの張り詰めた空気は一変してアルシアといたときとはまた違う和やかな空気へと徐々に変化していった。

 その時、店の扉が開く。

 


「ーーお酒買ってこいって言われてもなんのお酒かわからないから適当に買ってきたわよ…ってツカサ!?なんで涙目なの!?アンズーさん変なちょっかいかけてないでしょうね!」


「これはーあれだ…あのー…」


「お尻、お尻をまたぶつけちゃっただけだから大丈夫だよ」


「そうそう、ツカサのやつがドジ踏んでケツ打っただけだから気にすんな。な?」


 アンズーも俺もさっきまでのことをアルシアに勘付かれるわけにはいかなかったからすごく必死だったと思う。


「もー2人で楽しそうにしてー。とりあえずパン買ってきたの。食べましょ?もうお昼だし。」


 古くさいバーの店内はほんの数分前よりも暖かい空間になっていた。


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