第10話 悪夢の再来
ーー聞き覚えのあるダンディな声が背後から聞こえる。でも思い出せない…いや、思い出したくもない声。この声はいったい…
俺は勢いよく後ろを振り返る。しかしそこにはただ街明かりにうっすら照らされた薄暗い石畳の道しかなかった。
「なんだ、気のせいか…」
そう思って顔を上げる。アルシアの顔が目に写る。だが、さっきまでのアルシアの顔じゃない。まるで、なにか異様なものを見るような目。
「アルシ…」
「ツカサ屈んで!」
アルシアの手から風の刃が放たれる。俺はアルシアに言われるまま屈んだ。いったいなにが起きているのか理解できなかった。ただ激しくなる動悸と異様な冷や汗。そしてなぜか尻を防御したくなるが手にはカタカタ震えるマンドラゴラがあり抑えられない。
「あそこまでの怪我を負ったはずなのにどうして生きていらっしゃるのか…。まさか、そのお嬢さんがなにかしたのですか?」
ダンディな声が正面から聞こえる。今、顔を上げたらきっとその声の主がわかる。しかし、なぜか顔が上がらない。味わったことのない恐怖心。いや、味わったことが1度だけある。1度だけこの感覚に陥ったことがある。この声の主は…ッ!
そして俺は顔を上げるーー
「お前まさか…スカルトロール…ッ!」
「おやおや…。名前を覚えていてくれたのですね、小崎司様。私は嬉しいですよ」
そいつに筋肉はなかった。全身が骨。目があるであろう場所には大きな空洞がある。骨の小人…。
そいつは、動く度にカタカタと不気味な音を立てる。アルシアもなにか危機を感じ取ったのか険しい表情をしてなんらかの戦闘態勢を取っている。
「司様。先日は我が同志『カレオトキシン・ヨルセニコプ殿』に貴殿の暗殺を依頼してしまい申し訳ございません。私の失態は私が処理をするべきでした…と、そちらお嬢さん。確かお名前は…アルシ様でよろしいでしょうか。大変申し訳ないのですがアルシ様もこの一件に関係しているとのことですので…ここで死んでいただきます」
アルシアの風の刃が空を裂きスカルトロールへ放たれる。しかしそこには砕けた石畳が残るだけ。
「嘘…ッ!」
「なるほど…アルシ様は風の魔法をお使いになられるのですね。ですがそんな低級の魔法では私に傷一つ付けることは叶いませんよ。」
風を切る音がする。しかしそれはアルシアのものではない。カタカタと小刻みに鳴る音が俺とアルシアを包囲する。
「どうしよう、どうしよう、どうしよう」
大通りに気付いてもらうのは距離的に不可能。そしてアンズーのバーへもまだ少し距離がある。
恐怖でただマンドラゴラを強く抱えることしかできない。
アルシアが何度も風の刃を放つ。それは全て空を切り路地の壁に傷痕を残すだけだった。
カタカタカタカタカタカタカタカタと壁や地面を動き回る音。
「あ、あぁ…」
俺がアルシアの方へ顔を上げるとアルシアの身体中から出血していた。いつからだろう。顔を落としたほんの数秒。
アルシアは身体中を切り裂かれ血まみれでその場に倒れた。アルシアから流れる血が石畳をなぞる。
身体に力が入らない。恐怖に力を吸われている。
「まずは1人。このまま放置すればアルシ様は間もなく亡くなられます。それでは司様。私の不手際でこのような事に巻き込んでしまい、大変申し訳ございませんでしたーー」
「ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァアッ!」
甲高い奇声が路地を振動させる。恐怖からか無意識にマンドラゴラの鉢を落としてしまった。
「なっ…なんなのですかッ…。こ、この音…」
スカルトロールの動きが止まった。地面から立ち上がれないらしい。
今はアルシアを連れてここを離れないといけない。俺はアルシアをなんとか担ぎ歩き出す。
アルシアの血が俺に伝わってくる。傷は深くないように見えるが出血が酷い。マンドラゴラがやつの動きを封じている間に…そう思っていると
「ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァアッ!」
マンドラゴラが走って向かってきた。頭の葉をゆらゆら揺らし付いてくる。その見た目は大根の下が割れて二本の足になったような、中央に口がありそれが上下に裂けている。その横に目のようなものもあるが今はそれよりもアルシアを安全な場所へ連れていかなくては。
* * * *
マンドラゴラが去ると、スカルトロールは起き上がった。
「ま、まんまと逃げられてしまいましたか…。私としたことが…」
服のホコリをはらうような動きをして路地の奥の深淵を見つめる。
「なんだぁ?この身体中が震える音ーー」
その時、1人のモヒカン頭をした男が路地へ足を進める…
「…この状態で彼らを追跡するのは賢い行動とは言えませんな。また策を練り直させていただきますよ。」
ーー小さな骨の消えた後にはモヒカンの生首が転がっていた…
* * * *
「ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァアッ!」
ヤバいヤバいヤバい。アルシアの出血がさっきよりも酷くなっている。それに問題はマンドラゴラ。スカルトロールはこいつのお陰で俺に近寄ってこない。だけど、アルシアにもこの鳴き声はきっと響いてる。それがまずい。
なんでマンドラゴラはここまで俺を追ってくるんだ…?体力も限界に近付いてきた…走れない、でも走らないと。アンズーのバーはもうすぐそこだ。
目の前に人影が見えてきた。暗くてよく見えないが頭を抑えている。
「ーーお、おいツカサ。お前なにがあった…?」
目の前にいたのはアンズーだった。アンズーの姿を見た瞬間、緊張がほどけその場で俺の意識は途切れた。




