第八話 ザダル・ラ・ニハク(成長期 Ⅴ)
【これまでのあらすじ】
宇宙船が旅立ち約500年が経った頃、ダフィタス人が住める環境にある星を見つけた。
星が見つかった!との報告で国民が歓喜に湧いている頃、各国の代表者と室内に置かれたリアルタイムで話すことが出来るスクリーンを通して首脳会議が行われた。
ニハク国の代表者はザダル・ラ・ニハクという人物。
幼少期から青年期、ザダルという人物を形成するのは何か?
「うわっ!」
朝起きて顔を洗う。
寝癖のついた髪を整えるために鏡を見たら、目が腫れていた。
なーんか目が熱くて見にくいと思っていたんだよなー。
泣くということ自体がなくなって、泣くと目が腫れるという現象が起こることなど、記憶の彼方だったザダルは目が腫れている自分の顔をまじまじと見た。
「このまま学園に行ったらダメな気がする………」
とりあえず、朝食にしよう。
朝食はサプリメントだけだが、その後に紅茶を飲むというのがルーティンなザダルは、ダイニングへと向かう。
すれ違う家政婦が
「おはようござい……」と挨拶をしかけて固まる。
(家政婦Aの心の声:えー!えー!美少年のザダル様のお顔がっ!! 目が腫れている? 泣いたのかしら? 何があったの? 誰が泣かしたの? ちょっと!ちょっと!みんなに言わなくっちゃ。大事件よーーー!)
ダイニングへと入ると、執事長のライドが慌てて入ってきた。
「失礼致します。…………………ザダル様、申し上げございません。」
と、入ってくるなり頭を下げられた。
「ん?どうしたの?」
「お顔が………目が腫れていらっしゃいます。昨夜のうちに冷やすなりの処置をしなかった私の責任でございます。」
「あー! やっぱりこの顔で学園に行くのはダメだよね?」
「はい………申し訳ございませんが、本日は遅刻して頂いた方がよろしいかと。」
「分かった。…………ライド、なら話したいことがあるんだ。後で部屋まで来てくれる?」
「かしこまりました。」
ザダル様に朝食後の紅茶を入れるため、ダイニング横のキッチンへと向かう。
ポケットにある通信機のボタンを押す。
護衛長のマルサに遅刻する旨を伝えるためだ。
「護衛長、本日のザダル様の学園へ出発する時間を遅らせてください。遅刻します。学園への連絡もお願いしてよろしいでしょうか?」
「ザダル様に何かあったのか? 昨日の疲れでも出たのか? 遅刻じゃなく休まなくて大丈夫なのか?」
「体調不良ではございません。詳細は後ほど。では、出発できる時間が分かりましたら、また連絡します。」
「承知した。」
必要最低限の会話で済ませ、紅茶を入れる。
昨日の今日でのザダル様からの呼び出し………久しぶりに緊張致します。
おっと、冷やしたタオルも用意しなくては。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
昨夜のザダルは、なかなか寝つけなかった。
弟達との時間を奪われたことは、今でも心の中で燻っている。
『次期首脳』というだけで、優秀でなければならないという大人達からの圧力。
首脳という立場の重大さは、嫌というほど聞かされてきた。
けれど、それと『優秀でなければならない』からといって、弟達との時間を奪わることは納得できなかった。
その反抗心から出た弟達とのお出かけがきっかけとなり、今まで当たり前として意識さえしていなかったライドやマルサ……このニハク家に仕えてくれている者たちの気持ちを考えることもしなかった自分の不甲斐なさにも苛立った。
幼い頃に、ライドにかまって欲しくて遊ぼうと誘った時に、困った顔をしながら断るライドを思い出した。
あの時は、とても悲しくて寂しくてライドとの距離を置くことしかできなかった。
だけど、今思えばライドは困った顔だったのだろうか? なんとなく悲しそうな顔にも思えてくる。
寝ていると寒さでふと意識が覚醒した時に、フワッと布団をかけられたことを思い出す。
目を開けるとライドの後ろ姿を見たことを思い出した。
鍛錬場では、上手く剣を振るえなくて泣いていると、冷やしたタオルをそっと差し出すマルサの優しい顔を思い出す。
話すことはないけれど、常に手の届く範囲に居てくれる護衛達。
汚した衣類や使った食器を片付けてくれ、綺麗に整えてくれる家政婦達。
何故か朝一番に「おはようございます」と声をかけてくれるのは家政婦達で、体調が悪いとすぐに気づいてくれる。
そんな、見過ごしてきた周りの者の愛情を僕は当たり前だと思っていた。
まずは、家に仕えてくれている者たちと向き合おう!
昨夜、そう決めた。
決めた途端に、眠たくなり疲れもあったのか熟睡できたのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
トントン。「ライドです。」
「どうぞ入ってください。」
「失礼いたします。」
「ライド、そのソファに座ってください。」
「ザダル様、私は立ったままで大丈夫です。」
「ライド、話をしたいのです。座ってください。」
「…………承知致しました。」
ライドがソファに座る。
すると、ザダルはライドに頭を下げた。
「ライド、今まで本当にありがとう。僕を、僕達を支えてくれて…………」
「えっ……ザダル様、頭をお上げください。 これはどういったことでしょうか?」
(まさか解雇通告でしょうか? そこまで嫌われてしまったのでしょうか…………)
「僕は、気づいたんだ。 本来なら、母がこの家のことを把握していかなければならないよね。 けど、母は留守が多く、ライドがその役割を担ってくれているんじゃないかと思ったんだ。 僕の想像だけど、この家に仕えてくれている皆は、それぞれに役割があるんだと思うんだ。だけど、僕は知らない。そーいったことを教えてもらってないから。だから、ライドにこの際、教えてもらおうと思って……、みんなのことを知りたいんだ。」
「ザダル様………………」
(解雇通告じゃなくて良かったです。それよりも、ザダル様が一晩で大きく成長なさった様に見えます。目は腫れていらっしゃいますが。なんと言うのでしょう。ザダル様が大きく見えるのです。私、泣きそうです。)
「ライド? …………どうかな?」
「失礼しました。では、私共の役職と役割の説明を致します。」
ライドの説明によると、
執事長のライドは、ニハク家の執事ではなく次期首脳専属の執事兼護衛である。
本来は他にも執事がおり、その者がニハク家の執事として家の管理を任される夫人を支えることが勤めであるが、任せられる者が育たなかったことに加え、母が留守がちということで、ライドがニハク家全般の管理運営と次期首脳のザダル専属執事兼護衛を担っている。
護衛長は、護衛達の管理や護衛する場所の下見や護衛計画など担っている。
ただ、ライドが次期首脳専属執事兼護衛としてだけではないため、ライドが護衛として仕えることが出来ない時は、護衛長がその役割を担っている。
その都度、話し合いで決めているらしい。
家政婦達は、家の環境を整えることが主な仕事であるが、護衛達には及ばないが体術もそこそこ出来る者達であった。しかも、医療の知識もあり朝一番に挨拶するのは、健康管理のために顔を見にきてくれていたのだった。
家政婦達の有能さにビックリである。
「ザダル様、大まかに説明させて頂きました。そろそろ学園に行かれるのに良いお時間かと。」
(申し訳ございません。まだ暗部の話や、奥様が留守がちなことなど、お耳に入れられないこともございます。)
「あーそうだね。 ライド、よく分かったよ、ありがとう。それにしても、本当に僕は…………」
「なんでございましょう?」
「いや、なんでもない。 あっ、ファンタジーライドのことだけど、ライドに任せるよ。学友達には、時間がかかりそうだと伝えるけどいいかな?」
「はい。承知致しました。」
「では、学園に行く準備をするよ。マルサへの連絡をよろしく頼む。」
「承知致しました。」
ライドが頭を下げて部屋を出ていく。
ザダルはライドが自分専属執事兼護衛ということに驚いていた。
本来ならばザダルの傍に常に居る存在であり、何かあればライドが身を持って護るということだ。
『専属執事兼護衛』の意味をザダルはしっかりと理解したのだ。
僕は、護られていたんだ。いつも……片時もずっと……
夜中に見たライドの背中がザダルの胸を熱くする。
少年から大きく1歩成長を遂げたザダルがそこに存在していた。
次期首脳…………いや、首脳と呼ばれてもおかしくないほどの威厳が育ち始めた成長だった。
学園についたザダルは、まずは学園長に遅刻の謝罪をするため、学園長室へと訪れた。
「遅刻を致しました。申し訳ございません。」
と頭を下げるザダルに
「何か、良いことがございましたか?」
と学園長は言った。
「ええ。ひと言では説明できませんが、僕にとって良い学びの時間を頂きました。」
「そうですか。では、遅刻した意味もあったのでしょう。ザダル様は、勉学よりも他の学びを学園で得られるようにと願っております。」
「ありがとうございます。では、失礼致します。」
学園長は目を細め、座っていた椅子の背もたれへゆっくりと深く寄りかかる。
ふーっと息を吐くと呟いた。
「首脳よ。次期首脳は貴方より早く成長をしておられるようですよ。楽しみですね。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
学園の昼休み、約束通り昨日の学友達が声をかけて来てくれた。
その時に改めて挨拶をしてくれ、名前で呼び合うことになった。
ザダルも『ザダル』と呼んで欲しいとお願いしたが、それはできないと断られた。
その理由も分かるため、すんなりと受け入れた。
きっと昨日までのザダルならば、残念に思い引きづっただろう。
どうせなら一緒にランチをしようということで、4人で学食に向かう。
もちろん、そのすぐ後ろにはマルサが仕えているから5人なのだが。
廊下を進む度、他の学友達が珍しいものを見るようにザダル達を見る。
学食についても、そこかしこで何やらこちらをチラッと見ては話している。
以前は、そんな視線がザダルも嫌だと感じ、なるべく目立たないようにと思っていたが、不思議と気にならなくなった。
ふと見ると、ターフィーとユーグルは落ち着かない様子で、体を小さくしている。
(気持ち分かるわー、居心地悪いよね)
しかしバイデルは、頬がほのかに赤く興奮している様に見えた。
(興奮? それとも熱があるのかな?大丈夫かな?)
「ファンタジーライドのことなんですが、家の者と相談したところ、時間がかかりそうなんです。せっかく案内してくれると言ってくれたのに、すみません。」
とザダルが謝罪すると、すかさずバイデルが
「ザダル様、時間がかかっても行けるのならば一緒に行きましょう。その時は案内致しますよ。だから、気になさらないでください。」
と言い
「そうですよ。ザダル様のお立場もあるかと思います。どうかお気になさらず。行けることになったら、良ければお声かけてくださいね。」
とユーグルも笑顔で応えてくれた。
「時間がかかることなど、気になさらないでください。その間に、美術館に行くこともできますしね!」
とターフィーは片目を瞑りウインクをする。
「そうでしたね!ターフィーは美術館が好きなんですよね。ターフィーは、どんな絵画が好きなんですか?」
「僕は、美しい風景画が好きです。けど、最近は人物画にも興味が出てきたところです。美しいというのは絶対条件ですけどね!」
「なるほど!ターフィーは美しいモノが好きなんですね。」
などと、たわいもない話で学友達と盛り上がるという、いかにも学生らしい昼休みをザダルは初めて学園で過ごした。
その様子を存在感を消したマルサがジッと観察していた。
(あのバイデルって奴が気になるんだよなー。注目されることに興奮しているように見えるし。けど、話すことや態度は普通なんだよな。うーーん。)
それから毎日ではないが、4人で昼休みを過ごし、その度に徐々に打ち解け、一緒に過ごす頻度も増えてきた頃、同じクラスの学友達からも昼休みにご一緒しませんか?というお誘いが来るようになった。
ザダルとしては、嬉しいお誘いだった。
色んな人と関わることで、様々な考えだったり情報を得ることができるのだと言うことが分かったからだ。
それを教えてくれた、バイデルやターフィー、ユーグルには感謝しているし、大切な学友だと思っている。
ただ、見聞を広めることは今後のザダルにとって必要なことだと感じていた。
ザダルはその誘いに2つ返事でうなづいた。
~SIDE マルサ~
ライドからザダル様が遅刻をするため出発時間を遅らせるよう連絡があった。
昨日の疲れが出たのか?と心配になったが、そうではないらしい。詳細は後ほどと言われたが気になって仕方がない。
落ち着かないがライドも仕事中だ……夜に捕まえて聞き出そう。などと考えていたら、出発すると連絡があった。
その連絡の時のライドの声が少し興奮しているように思える。よしっ!夜に確保することは決定だ!!
正門横にあるコンポットに目的地を学園と登録する。
そのまま待機していると、ライドを従えたザダル様がゆっくりと歩いてくる。
そのお姿が昨日までと違ってみえる。
ひとり回り大きくなったように感じる。
体の大きさは変わらないのだけど、なんというか雰囲気が違うというのか?
ライドを見ると、誇らしい顔をしている。
夜まで待てないっ!今すぐ聞き出したいっ!!
という思いを必死で抑えてライドを睨む。
そんな俺の気持ちが分かったのか、ライドのヤツの笑顔がイタズラっ子の笑顔に変わった。覚えてろよ!!
「おはよう、マルサ。今日は遅れてごめんね。今日もよろしく。」
ザダル様の声に我に戻る。
「おはようございます。とんでもございません。では、出発致します。」
コンポットは、登録した目的地まで自動で連れて行ってくれる乗り物だ。
道路に沿って走るのだが、人や障害物なども避けて安全に走行する。
この国では、10分おきに様々な場所への移動手段として大型コンポットが走行していて、大半の国民はそれを使う。
専用コンポットを所有しているのは、限られた家の者だけだ。
専用コンポットのおかげで、学園までならマルサだけでザダル様の護衛は事足りる。
家には、ザビル様とザリル様がいらっしゃる。
ライドと護衛達には、そちらの警備を任せられる。
ザダル様の雰囲気が変わったことの原因は何だろ?などと考えている間に学園に到着した。
学園長室に行き、遅刻の謝罪をするザダル様の後ろ姿を見る。
(やはり違う! 落ち着いていて、ひと回り大きくなられたように見える。)
と思っていると、
学園長が「何か、良いことがございましたか?」
と言うではないか!
昔から食えない人だなーと学園長が苦手だったマルサは心の中で苦笑いをした。
ザダル様の「僕にとって良い学びの時間を頂きました。」という受け答えに(何があったんだーーー!!!)とひとり心中穏やかでないのは、マルサだけであった。
マルサくんは、相変わらずですね。と学園長が思っていることなど、マルサは知るよしもなかった。
読んでくださりありがとうございます。
面白いと思ってもらえましたら星をつけて頂けると嬉しいです。
感想やコメントも頂けると励みになります。




