その7
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ブルーローズが浮かぶバスタブ、王妃はそこで痛む身体をお湯に沈めて癒していた。
「はぁぁぁ……良い気持ち……本当に今日はいろんな事があったなぁ」
白雪姫を殺しに出かけ、逆に自分が死にかけた。
それを救ってくれたのは他でもない白雪姫で、帰りも姫が王妃を背負って城まで送り届けてくれた。
姫は帰り際、
____ごめんなさい、家出はもう少し続けます。それよりも、今度は変装しないで森に遊びに来てください! お美しいお継母様をみんなに紹介したいし……と言うか自慢したいの! それから一緒にご飯が食べたいです! 私、お継母様の為に腕によりをかけてご馳走作りますから!
そう言って、これも訓練になるからと猛ダッシュで去っていく後ろ姿を思い出し王妃は一人クスクスと笑った。
そこからたっぷり一時間は入浴を楽しんだ。
それが終わると部屋に戻ってスキンケアにもう一時間、更にその後ヘアケアにも一時間。
すべてが終わって時刻は深夜。
王妃は部屋の真ん中にある、鏡の前の豪奢な椅子に腰かけた。
「鏡よ鏡____久しぶりね。まずは近状報告よ。私は今日、一年という時間を費やし準備をした白雪姫の四度目の暗殺に失敗したの。それどころか反対に私が死にかけたのよ……怖っ……! 思い出しても身震いする。本当に大変だったわ……だから良い事? 手短に聞くけど、この世で一番美しいのは誰?」
問いかけると鏡はみるみる揺らめき出して、その鏡面には王妃ではなく精霊が映り込む。
鏡の精は一年前とまったく変わらぬ口調でもってこう言った。
『王妃様、お久しぶりですね。顔をどうされました? 口元が腫れてるようですが、』
「ああ、これ? ふふふ、死にかけた時にちょっとね。それよりも答えなさい。世界一の美女は誰なの?」
『はい、そうですね……ある意味、白雪姫です。彼女は素直で優しく強いお方だ。ですが、残念な事に世界基準の美しさではなくなった。日に焼けすぎですし、髪もバサバサ。なにより体型がアスリートすぎます』
「ぷっ! そうよね、あれはないわよねぇ! あはははは! 白雪姫ったらとうとう世界第一位から転落か! あはははははは! 気分が良いわ! あはははは! あははは、……あはは、はは……はぁぁぁぁぁ」
王妃は高笑いをした後に深い溜息をついた。
あれだけ願っていた白雪姫の一位転落。
実現した今、もっと嬉しくてもいいはずなのに。
なんだかモヤモヤ喜べない。
一年振りに会った姫はゴリラみたいに筋骨隆々。
王妃を軽々抱きかかえ、そして助けてくれたのだ。
真っ黒に日焼けした白雪姫の輝くような笑顔。
認めるのは悔しいが充分美しかったではないか。
世界基準の美とは一体何なのだろう。
こんな気持ちのまま一位に返り咲いて嬉しいと思えるのだろうか?
悶々とした気持ちを抱え黙り込む王妃に魔法の鏡が続けて言った。
『白雪姫が世界第一位から転落した今、新たな第一位は……』
王妃は分かりきった答えを前にグラスのワインを口に含んだ、その直後。
『それは、隣の国のシンデレラ嬢、16歳です。ちなみに王妃様は第二位をキープ中であります』
ブフォォォッ!
まさかの答え。
王妃は鏡の告げた知らない名前を聞いた途端、盛大にワインを噴き出した。
『うあっ! ちょぉぉ! 王妃様、汚い!』
毒霧をモロに受け、魔法の鏡は露骨に嫌な声を出す。
王妃はポカンとしながら呟いた。
「えっと……シンデレラって……誰?」
王妃はペタンと座り込み脱力した。
やがて床に引っくり返ると腹を抱えて笑い出す。
「うっはー! マジか! そうきたか! やられたわーっ! 私、ばかみたいじゃーん! あはははははは!!」
魔法の鏡はそんな様子に同じくポカンとしたけれど、いつまでたっても笑い続ける王妃につられて一緒に笑い出したのだった。