その5
震える両手で受け取った。
だけどそれは、制作者なら一目で分かる猛毒入りの半林檎。
王妃、絶対絶命の危機である。
「ゲッ! こ、これは……! あ……えっと……その、わ、私、今はお腹空いてないのよ! だからこれは家に帰ってからいただくわ!」
「え? そうなの? でも、せっかくお婆さんと知り合えたんだもの。同じ物を一緒に食べたいわ。だってほら、仲良しって感じがするでしょう? 私、お婆さんとお友達になりたいの! だから……ん……あ、そうだ! じゃあ一口だけでも食べられない? たったの一口だもの、それなら大丈夫よ!」
白雪姫はニッコニコ、対し王妃は心臓バクバク。
心の中ではそれは激しく、
____なにが大丈夫だ! 大丈夫じゃないわ! そんなモン食えるかよ! 食ったら死ぬわ! そもそも姫を殺す為の毒林檎だわ!
毒づいた。
そんな気持ちを悟られないよう、必死に笑顔を作ってみたが大失敗で、顔はひしゃげて歪んだだけの体たらく。
目尻に涙を滲ませて、”頼むから空気を読んで! いらないって言ってんだからここは素直に退いてくれ!” 強く願うがそれも虚しく、白雪姫は満面の笑みを浮かべて「食べて!」と言ってさがらない。
____こういう所はやっぱり子供だ、この無邪気さに殺されるぅ!
危機は去らずもココであまりに拒否し続けて、怪しまれても面倒だ。
王妃は一口食べた振りをして早々に撤収しようと考えた。
「わ、分かったわ。じゃ、じゃあ、一口だけね」
それにしてもだ。
こうもジィッと見つめられたら食べる振りが難しい。
そこで王妃は大口開けて、ギリギリまで林檎を寄せて食べると見せかけ、それとなく白雪姫に背を向けた。
そして、後ろを向いたその隙に毒入り林檎をそこらに捨てる算段をつけた……のだが、そうは問屋が卸さなかった。
無邪気の有段者。
白雪姫が弾む声で、
「お婆さん、もしかして食べてるところ人に見られるのが恥ずかしいタイプ? やだ、可愛い! 乙女じゃなーい!」
またもや盛大な勘違いをしたからだ。
思い違いも甚だしい一国の王女様は、キャッと顔をほころばせ背を向けた王妃の背中を思いっきり叩いた。
いや、もしかしたら手加減したかもしれないが、その一撃は口を開けたままの王妃を前のめりに転倒させるのに充分なパワーだった。
「ガッファッ!」
白雪姫に力負けした王妃は顔面から地面に激突。
唇と歯茎に激痛を感じ蹲った。
眩暈がし始め耳も鳴る。
そして、口の中にはジャリッとした感触と異物感。
____もうヤダ……土が口に入ってしまった……吐き出さなければ、
王妃は痛みをなんとか堪え、起き上がろうと大地の上に手をついた。
同時、頭の上から慌てた声が降ってくる。
「あぁっ! お婆さん、ごめんなさい! 私ったらなんて事を!」
反省しきりの白雪姫が、後ろから王妃の肩をムンズと掴むと勢いよく起こしにかかった。
急に後ろに引かれた王妃はたまらなくなり「ウワァッ!」と叫んだ。
だがそれがいけなかった。
大声を出す事により喉が開いて、口の中の異物がストンと胃に向かって落ちたのだ。
「ガァッフ! ゲホッゲホッ! ゲホゲホゲホ……ゴックン! はぁ、はぁ、はぁ……」
王妃は尻もちをつき肩で大きく息をした。
転んだせいで鼻も口もどこもかしこも、熱を帯びてジンジン痛む。
姫は姫で、自分のせいでお婆さんに痛い思いをさせてしまったと、今にも泣きそうな顔でオロオロしていた。
想定外の連続で王妃の心はすっかり折れてしまった。
とりあえず早く城に帰りたい、傷の手当をしたかったし、少し眠りたいとも思った。
もう白雪姫なんかどうだっていい。
顔も見たくないし殺す価値も無い。
____帰ろう、……うん、私のお城に帰るんだ、
王妃は何とか立ち上がると、腫れあがった口元を押さえながらヨロヨロと歩きだした。
後ろでは白雪姫が騒いでいるが振り返るのも面倒だった。
今思うのは、体が重い、城まで歩けるだろうか……と、これだけだ。
牛の歩みで何歩か前進していると、コツンとつま先に何かがあたった。
首だけを下げあたった物を確認する。
それは白雪姫に押し付けられた、半分にかち割られた林檎だった。
王妃の努力の結晶であり、最高傑作でもある最強の毒入り林檎は土にまみれ、歯型のような跡と、そこに付着する血液らしきものが茶色く変色していた。
かすむ目でジッと見つめる王妃。
何か……重要な事を見落としている気がしてならない……と、眩暈を捻じ伏せ記憶を辿った十数秒後、唐突に理解した。
「さっき……白雪姫に背中を叩かれた時だ。あの時、林檎が歯にあたって、その勢いで齧ってしまったんだ……その後、どうした……? そうだ、白雪姫に強引に起こされて咳き込んで、……それで何かを……いや、おそらく毒林檎の欠片を呑みこんだ……!」