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その4

筋骨隆々、これだけの立派な体躯は一般人ではそう見ない。

軍人と見紛う程の逞しさだ。

姫の発する鈴の音に似た綺麗な声と、タンクトップの胸元の、胸筋以外の微かな山を見落としたなら、ずっと男だと思い込んでいただろう。


「あ、あの、お嬢さんは……その……白雪姫……ですよね?」

 

確信を得た王妃だが、それでもどこかで否定の言葉を願いながら質問を投げかけた……が。


「え? あ、ハイ! 私、白雪です! でもお婆さん、どこかでお会いした事ありました?」

 

____チッ! やっぱりコイツ白雪姫かよ! 


はぁぁぁぁ……深くて長い溜息を一つ、王妃は心底落胆した。

自分から美の世界一を奪い、憎らしいながらも唯一のライバルだと思っていた白雪姫。

どう頑張っても一位奪還ができず暗殺を試みる事過去三度。

どれもこれも失敗に終わり、四度目の暗殺には準備に一年も費やしてきた。

それなのに白雪姫のこの変貌ぶりはなんだ。

確かに、顔だけみればまだまだ美人の分類に入るのだろう。

だが世界一の美貌の姫は、世界で一番のマッスルビューティーにシフトチェンジしている。

今の姫は熊にも勝てそうなくらい逞しすぎるのだ。

こうなる事が分かっていたら、わざわざ毒など作る必要はなかった、「私の一年を返せ!」と思わざるを得ない状況なのだ。


王妃は大いに脱力し頭を抱えた。

そんな事などまったく知らない白雪姫は、


「お婆さん……やっぱり具合悪いのね。大丈夫? ウチで休んでく?」


王妃の顔を覗き込み心から心配している。

聞かれた王妃は投げやりだ。

おざなりな返事でごまかし、それよりもと疑問を投げた。


「いやぁ……うん、大丈夫。ちょっとね、なんて言ったらいいのかしら……色々と疲れが一気に出てしまったの。はぁぁぁ……もう良いわ、何もかもどうでも良いわ。だから心配しないでちょうだい。ところで白雪姫、去年にアナタを見た時は、今よりずっと色白で華奢だったと思うんだけど……随分と変わったねぇ」


失礼極まりない聞き方だ。

それでも姫は気にする事なく素直に答える。


「あぁ……実はね、これには事情があるの。私は以前、何度か殺されかけた事があって、そのたびに一緒に住んでいる木こりさん達が助けてくれたのよ。ありがたいわよね、みんなのおかげで私は生きてる。感謝をしてもしてもし足りないわ。それと同時、毎回みんなに心配をかけて申し訳ないとも思っていた。瀕死から目が覚めた時に見た、みんなの泣き腫らした顔……それがとっても切なかった。だから私は決心したの。次に誰かに襲われたら走って逃げよう、絶対に捕まらないと。その為に毎日早起きをしてジョギングを始めたのよ。それでね、」

 

王妃はずっと黙っていたが、ジョギングだけでそんな身体にはならないだろう、と心の中で呟きながらその先を聞いた。


「ジョギングを続けていたら驚くくらいにスタミナがついてきて、身体を動かす事が楽しくなってきたの。そのうち、走る以外にも色んなメニューを追加して鍛えていたら、知らない間にこんなにも筋肉が付いたのよ! 自分でもびっくりだわ! 木こりのみんなも『仕上がってる、まるで鋼みたいだね!』って褒めてくれるし!」


嬉々とする白雪姫。

経緯を知った王妃はというと、


____ああ、思った以上に楽しくなっちゃったのねぇ。この子は昔から何かに夢中になると止まらなかったから……


と幼少の姫を思い出し、妙に納得したのだった。


姫の熱弁は止まらなかった。

血管浮き出る拳を握り、


「最近のメニューは毎日二十キロの走り込みと、近くの岩場でロッククライミングを。それと、湖では力尽きる寸前まで耐久水泳を週6回。その他にも空いた時間は筋トレをしているわ。あと忘れてはいけないのが食事の管理。良質のたんぱく質は良質の筋肉を作る上で絶対に欠かせないの! って……やだ私! 一人で喋ってしまってごめんなさい! でも最後に一つだけ言わせてほしい。私この一年間、必死に頑張ってきた。今なら誰かに襲われても確実に逃げ切れる、と言うか戦える。成人男性から野生の熊まで、自惚れじゃなく圧勝できるわ!」

 

声を大に言い切った。


王妃は言葉が出なかった……が、心の中ではうるさいくらいに叫んでいた。


____そら勝てるだろうよ! そんな毎日、軍隊バリのトレーニングで鍛えまくってるんだからさ! 一国の王女がこなすメニューじゃないだろ! つーか、今までアンタを襲った殺し屋って私だから! アンタに反撃されたら完全に負けるから! ミンチになっちゃうからーーーっ!


毒殺どころではない。

正体がばれたら逆に撲殺されてしまう。

血の気が引いて青ざめる王妃は引きつった笑顔を作り、


「そ、そうかい。か、身体を鍛えるのは良い事だ。こ、これからも頑張って、……さ、さてと、私はそろそろ帰らなくっちゃ」

 

そう言ってそそくさと白雪姫に背を向けた。

だがここで。


「待って、」

 

背後からトーンを落とした姫の声が呼び止める。

緊張が走った、白雪姫は何か勘付いたのだろうか。

ビクゥッ! と王妃は立ち止まり、恐る恐る後ろを向いた。


「な、なんだい?」

 

白雪姫は王妃が手に持つ篭の林檎をジッと見ている。

それに気づくと王妃の口はカラカラに干上がった。

額も背中も脇の下まで汗がどっと噴き出して、身動き一つ取れなくなる。


「この森はね、普段はあまり人が来ないの。お婆さんは今日はどうしてこの森に? その篭……もしかして林檎売りなの? こう言ったら失礼だけど本物の林檎売りの方なのかしら、」


蛇に睨まれた蛙、熊に狙われた鮭、猫に追い詰められた鼠。

蛙に鮭に鼠だってここまで震えはしないだろう……と、姫に鋭く問われた王妃はブルブルと震えあがり、半泣きのボソボソ声でなんとか答えた。


「あ、ああ、もちろん本物だよ。で、でも今日はほとんど売れてしまってね。最後に残ったこの林檎は美味しくないんだ。だからこのまま持ち帰って捨てようかと思ってる。そ、それとこの森に来たのは……そ、そう、家までの近道だからたまに通るんだよ、ほ、本当さ」


これに姫は大きく深く息を吸い、その息を吐き出しながら呟いた。


「ふうん……昔、私を殺そうとした人も物売りのお婆さんだったのよね」


瞬間王妃は後ずさる。

撲殺かミンチにされるか、どちらも御免こうむりたい負の二択が頭に浮かんだ。

だがしかし、予想に反して姫はニコリと笑うとこう言ったのだ。


「でも、お婆さんは私に何も売ろうとしなかった。と言う事は、あなたは私を殺しに来た悪い人ではなくて、本物の林檎売りの方なのでしょう?」


と。



白雪姫の盛大なる勘違いに王妃は安堵した。


「あ、当たり前だ! 私はただの林檎売りさ! し、白雪姫を殺すなんてとんでもない!」


「そっかぁ! 私ね、本当は少し疑っちゃったんだ。ごめんなさい、でも悪い人じゃなくて良かった! ねえその林檎、お婆さんを疑ったお詫びに私が買ってあげる! 美味しくないって言うけど売れ残ったら困るでしょ?」


「えぇ!? いや、えっと、これはダメよ! 気を使わないでちょうだい! 本当にマズイの! 美味しくないの! あ、ダメ! ちょっとぉぉ!」

 

日々鍛えている白雪姫に敵う訳もなく、あっという間に篭から毒林檎を奪われてしまった。

白雪姫は強引に銀貨を王妃に手渡すと、


「これで売れ残りは無し! おめでとう、完売だわ! さてこの林檎、私一人で食べるのは淋しいわ。だから一緒に食べましょう。大丈夫、心配しないで。分けて食べたらなんだって美味しく感じるものよ。それより見てて!」

 

そう言って無邪気に笑うと王妃に向かってウィンクをした。

白雪姫は「見逃さないで!」と言いたげに何度も何度も王妃を見る。

そして林檎を両手で掴み腹の前でしっかりと固定させると、


「ふんぬっ!!」


鈴の音色はどこぞに行ったか、野太い声で気合いを入れると見事に林檎が真っ二つ、ナイフいらずで二等分だ。


「えぇぇぇぇぇ!?」

 

____素手で林檎をかち割りやがった!


白雪姫の豪腕っぷりに引きまくる王妃。


「ハイ! これで半分こになった! えへへ、びっくりした? 一緒に住んでる木こりさん達も林檎割るたび驚いてくれるんだぁ!」

 

割った林檎を早速シャクシャク食べながら、天使の笑顔でもう半分を王妃に差し出す白雪姫。

王妃は眩暈が止まらない。









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