page8:実践
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10分休憩の後は、体育の時間となっている。
この時期って、何やってたっけ。
「澄空さん、寶川さん」
体育着と体育館履きを持ってキョロキョロしていると、姉川さんが声をかけてきた。その後ろには佐藤さんもいる。佐藤さんは姉川さんより身長が低く、黒髪を短いボブカットにしている。少し、幼く見えるかもしれない。
「まずは女子更衣室行かなきゃ。案内しますよー」
寶川さんと顔を見合わせてから、素直に頷いた。
「ありがとう。助かるよ」
4人で教室を出る。まぁ、クラスの女子全員で移動しているようなものだが。
廊下は廊下で、初夏の陽射しが窓ガラスから差し込んでいた。
移動中も、すれ違う人すれ違う人からの注目を浴び続ける。
「…やりすぎたか」
思わず呟くと、寶川さんが応えた。
「私は感謝しますが、あまり無理すると続きませんよ」
「痛みいるよ」
その会話をどう捉えたのかわからないけれど、姉川さんは苦笑を浮かべる。
「留学生ってだけで目立つのに…あの集会の流れでよくもまぁ陸上部アピールしたよね」
「…姉川さんたちには、悪いことをしたね」
2人を見て言うと、姉川さんと佐藤さんは首を振った。
「いやいやいや」
佐藤さんはおずおずと告げる。
「別に、澄空さんたちが悪いわけじゃありません。こんなことが起きちゃっただけですから…」
「…仲、良かったんだよね。きっと」
「…はい。陸上部のエースでした。3年を合わせても、とっても速い方で。佳菜と同じ1500mでは大会でも…」
佐藤さんは顔を伏せる。姉川さんが肩を抱いてこちらを見た。
「ごめんね。まだ受け入れられてなくて。話してると、少しずつさ」
「…そうだよね」
思わず、目を逸らしてしまう。この子達は、どうして今日、こうして学校で過ごせているのだろうか。
やがて、更衣室に到着する。制服で入る女子生徒と、体育着で出てくる女子生徒がすれ違う。
前の利用者のものか、制汗スプレーの匂いが様々混ざって気持ち悪い。もう少し仲良くしてほしい。
体育は2クラス合同らしく、すでに別のクラスが着替え始めていた。
きゃいきゃいと姦しい間を縫って、寶川さんと並んで使える場所を探す。
ここまで入り乱れると観察されないのか、少し過ごしやすい空気を感じる。注目されているのかいないのかの違いで、呼吸がしやすい。
衣擦れの音、裸足がペタペタと簀の子に触れる音…その聞こえ方で、余裕が確認できた。それでも小さく残るそれらを誤魔化そうと、私も着替え始めた。
「あの2人、どう思う?」
小声で聞くと、寶川さんは下着姿だというのに楠木さんと同じ仕草で考え始める。細い。
「思ったより落ち着いている…と見ますか?」
質問で返ってきた。しかしこれは確認だろう。
「ううん。多分だけど、いつもと同じことをして誤魔化したいんじゃないかな。私も、理由は違えど何かしてないと落ち着かなかったし」
「…はい。私もそう思います」
寶川さんは体操着の首元から頭を出しつつ答えた。その前髪を直してやりながら聞く。目を瞑るのが可愛らしかった。
「じゃあ、2人は白?」
「ん…そうは言い切れません。CCを学べない人の中には、無意識のうちに力を扱う人もいます。つまり…今回のことを罪悪感なく行なっている可能性すらある」
「…そんな」
寶川さんが着替え終わったところで、私の体育館履きを渡してくれた。
「澄空さんも無意識に使っていました。その力がたまたま、他人を傷つけるものではなかっただけです」
「…ありがと。でも、襲うのと力を使うのとは違うでしょ」
「どうでしょう。どんなものであろうと、手段ができてしまえば秘めていたことを始める人…いるんじゃないですか」
「……。」
その意見には、答えられなかった。
あの2人の表情の裏で、事件現場のようなことが起きている。その二つを繋げるのは、何か大事な感覚が壊されてしまうこととなる気がした。
姉川さんたちに続いて体育館まで来た。
すでに授業の準備は始まっているようで、数人の生徒が動き回っている。見渡すと、バスケットゴールが降ろされているようだ。今日はバスケか。
…バスケかぁ。
「…嫌なの、バスケ」
姉川さんが私の表情を見て言った。
「うん。球技全般は恐ろしく苦手だね」
「それは残念なことで」
…体育館では特に。
滑り止めが必要なのはわかるが、あのキュッキュキュッキュ鳴る音はどうにかならないものか。
「寶川さんはどう?」
佐藤さんが寶川さんに尋ねた。私も気になる。運動神経は良さそう
な印象はある。だけど、私が聞くと色々おかしくなってしまう。
「…昨年度の評価は5をいただきました」
CAMのスクールでも評価は5段階らしい。姉川さんは目を見開いて手を合わせる。
「え、すごいね!私は冬は軽い怪我が多くてねぇ。4が限界」
冬、か。
冬といえば学校の体育では好き嫌いが分かれる持久走やマラソンの季節だ。そこで怪我となると…。
姉川さんの足に視線が行く。そんな姉川さんに、佐藤さんがツッコむ。
「佳菜は柔軟をサボりすぎなんですよ」
「咲は真面目だなぁ。撫でてあげよう」
「あ、誤魔化しましたね!」
そんなやりとりに声をかける人がいた。
「…佳菜、咲」
「亜実!」
亜実と呼ばれたのは長い栗毛の子だった。背は姉川さんより少し低いくらいか。落ち着いた印象を持たせる歩き方だ。
姉川さんたちは駆け寄り、寄り添う。
「亜実は大丈夫?」
「わからない。けど、家には居たくなくて。2人は?」
「おんなじ。まだ、他の人といられた方が安心できそうで」
姉川さんが言うと、佐藤さんも頷いた。
そして、視線はこちらに移る。
「あぁ、あなたたちは留学生の。私は香芝亜実。陸上部です」
姉川さんが追加で紹介してくれたが、彼女も長距離選手だという。
香芝さんは私たちと姉川さんたちを見比べて多少無理やりだが微笑んだ。
「もう仲良くなったの?佳菜にしては珍しいわね」
「なんも知らない人放っておけないでしょうが。それに、部活でも会うことになるしね」
すると、香芝さんは興味深そうにこちらを見る。
「2人は、留学中はここの陸上部で走るの?」
「うん。そのつもり...一応、好きな部活に参加していいとは言われてるけど、いまさらね」
私が答えると、寶川さんも頷く。
「日課は、できれば崩したくありません」
「なるほど...」
当然のように答えた私たちに対して、香芝さんは意外なほど好戦的な笑みを見せた。実力を比べてみたい、上なのか下なのかはっきりさせたい。そんな風に見える。
「それは、とても楽しみです」
昨日、陸上部のランニングの様子で見えた部員たちの表情を思い出す。"狼男"思わせるような迫力に近かった。
「...お手柔らかに」
そうとしか返せなかった。
そして、体育の教科担任から集合の号令がかかる。私たちはB組の端に並び、準備運動などを済ませた。
「じゃあ、館内2周してこい!」
その合図で、体育係と呼ばれた生徒が先導し、走り始める。私たちは姉川さんに手招きされ、最後尾についた。
「姉川さんたちは前の方いかないの?」
私の質問に、姉川さんは苦笑を浮かべる。
「こんなところで競技性求めてないから」
香芝さんも頷く。
「このランニングは体を温めるのが目的でしょうからね。それにしても...」
香芝さんは私と寶川さんを見比べる。
「2人とも、フォームはなかなかきれいね」
心の中で冷や汗が出る。
私は昨日、潜入が決まった後に楠木さんから送られてきた動画を見てフォームを真似しただけだが、寶川さんはきっと、こういう走り方を学んできたのだろうという馴染み方を見せていた。
しかし、意外なのは佐藤さんのフォームがそれ以上に綺麗なことだ。動画で見た選手のものと遜色ない。ただ、そのことに触れるのはどこかで鳴るアラートが止めてくれた。
キャッチボールや、レイアップ、パスカットなどの練習をグループに分かれて行った後、練習試合となった。
チーム分けの結果、寶川さんとはチームになれたが、陸上部メンバーとは分かれてしまった。しかも、陸上部メンバーが固まって初戦の相手となっている。
あー、姉川さんと香芝さん、こっち見てさっきみたいな笑い方してる。
苦笑を浮かべていると、寶川さんが隣に来て話しかけてくる。
「澄空さん。楠木さんからの連絡です」
「あ、そういえばこっちの様子聞いてるんだっけ」
「はい」
寶川さんは体育着の襟元をめくる。そこには小さな通信機が着いていた。肩紐がね、見えてるから気をつけようね。まぁ私もそこに着けているが。
「"スポーツは良い練習場なので、ぜひCCを"と」
「...笑顔で言ってそうだなぁ」
軽く関節を揺らしながら、織星さんとのCCを思い出す。
………。
……。
…。
「CAMでは、現状シンドロームを大きく4系統に分けています。その中で、瑞葉ちゃんは"圧力・振動系"のシンドロームとみています」
織星さんの言葉を受け、私は時音さんとの初対面を思い出した。
「時音さんもそういっていました」
もらった資料によると、他の3つはそれぞれ、"熱循環"、"神経伝達"、"物質結合"らしい。
「さすが。といっても気づいたのは碧ですかね。彼も瑞葉ちゃんと同じ系統ですから。ただ、同じ系統を持つ人同士でも、できることは異なります」
「違うんですか?」
「はい。得意であることが違う、と言いますか。例えば、瑞葉ちゃんは音を始めとした振動を集めることが得意だと思います。受信型と言えば捉えやすいですかね」
言われてみるとそうだ。音に注目していたが、音は空気や物体を振動が伝わる波のこと。音という呼び方は視野を狭くするかもしれない。
「碧もそういうことはできると思いますが、瑞葉ちゃんほど敏感ではありません。一方で、振動や圧力の調節に長けていて、移動の補助や、触れていない物体の移動などを行うことができます」
楠木さんに圏が張られている感覚は一度もなかった。まさかそんなことができる人だとは。
「魔法だ…」
素直に出た言葉だったが、織星さんは首を振る。
「シンドロームは決して魔法や超能力的なものではありません…例えば、無を有にすることはできません」
「無を…有に?」
「簡単にいうと、"起こり得ることしか起こせない"のがシンドロームです。一例で言えば、熱を操る熱循環系でも、火種なしに火を起こすことはできません」
「エネルギーを生み出したり、増減はできない、と?」
「その通りです」
なるほど、それが魔法との違い、ということか。
楠木さんが空気圧などを使って遠くのものを移動させるとしたら、例えば同じだけの力で押し出す動作が必要ということだ。手をかざすだけで、とはいかないのか。
織星さんは、ただ…と続ける。
「今の説明で重要なのは、あくまで瑞葉ちゃんは"圧力・振動系"の枠組みであるということです」
「…?」
………。
……。
…。
織星さんのイタズラっぽい顔を思い出しつつ、目を開く。
甲高いホイッスルの音と共に試合が始まる。
ボールは相手に。取ったのは姉川さん。
私はパスカットか、相手にプレッシャーをかけるか。
軽く息を吸って、圏を展開する。常に、私の体を覆うだけのイメージ。広げすぎはいけない。
振動を探す。
ドリブルの振動、靴音、掛け声。
その中で、相手チームのメンバーの声を探りとる。
…私ならできる。やれる。
ノーマークの人は軽い歩調で動く。その足音だけをふるいとる。
ここまでは、私の元に届いた振動の取捨選択。
私が姉川さんに攻めないとみるや、同じチームの人がプレッシャーをかけに行ってくれた。
…この試合はあくまで授業。公式試合レベルの役割分担や連携はない。
ならば、その生徒はパスを求めるために必ず発声する。
狙いを定め、手繰り寄せるように耳を澄ます。特定の相手だけ、狙い澄ますように薄い圏内に収める。仮に相手がキャリアでも気づかないような。私の感覚の延長線上。香芝さんだ。
…来た。"息を吸った"。
大股二歩、ボールを持った姉川さんの視覚外から発声前の香芝さんに近寄る。
「佳菜!パスパっ…!?」
香芝さんは近づいた私にギョッとするが、その声はすでに姉川さんに届いている。
プレッシャーをかけられていた姉川さんは反射のようにボールをこっちに放った。
「いただき!」
横から腕を伸ばす。当たったボールをキャッチし直す…が。
まずい。この後のことを考えてなかった。
しかし、視線が私に集まる前に、求めていたものが耳に届く。
「澄空さん!」
「任せたぁ!」
届いた声、そして吸い込まれるように見つけたその煌めく髪へボールを放る。
まだ動いていなかった守備陣を抜き去った寶川さんは、ボールをキャッチすると、着地前に姿勢を整えゴールへ向けて放る。
ボールはそのままバックボードのトップコーナーに跳ね返って、ネットをくぐった。
タンッと音を立ててボールが床に跳ねる。
それを確認すると、チームのメンバーが寶川さんに集まる。
「寶川さんすごーい!」
「やる〜!」
わいわいと賑やかな中で、寶川さんは澄まして笑い、ハイタッチに応える。しかし、すぐにこちらへ向けて手を伸ばした。
「…あなたの成果です」
「寶川さん…」
呆然とする私の手を取り、寶川さんは自らの手を合わせた。
「あなたは、自分を制御できていますよ」
もう一度、子どもに言い聞かすようにして寶川さんは言った。
さっきのチームメンバーに向けたような澄ました笑い方ではなく、いつもの寶川さんの表情だったけれど、私にはそっちの方が嬉しかった。
その手の温かさは、しばらく私の手のひらに残っていた。
しかし、この様子を香芝さんが見ていた。その笑みには、この一本への悔しさが滲んでいた。
・1日おきに続きを投稿予定です。
・CASE FILE 01: 狼男は完結しています。全16話完結(7/1完結予定)。
・pixivで全編投稿済みです。先が気になる方はこちら(url: https://www.pixiv.net/novel/series/15989613)へ!
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