page6:ブリーフィング
着いたのは病院のように見える施設だった。実際、「神奈川中央先端医療センター」という看板がある。
「舌を噛みそうな名前…」
駐車中、看板を見ながら思わず突っ込むと、寶川さんがクスリと笑った気がした。
「ややこしい名前ですよね。ここの第一病棟が受付兼、一般の外来も受け付ける病院です。第二病棟以降は我々の支部や専門の施設として稼働しています」
ほぇー、と聞き入っていると、楠木さんはベルトを外して口を開く。
「行きましょう。澄空さんは私たちに着いてきてください。離れないように…あと、私たちの許可が出るまで、一般の言葉のみで会話すること」
「はい」
裏口でもあるのかと思ったが、堂々と表の入り口から入った。
受付のマイナンバー保険証読み取り機で、楠木さんと寶川さんがカードを読み取らせると、看護師さんが動いた。
「アプリ予約の方ですね。こちらへ。お連れ様はいかがされますか」
楠木さんが答える。
「神蔵先生のご紹介です。我々と一緒に入ります」
「承知しました」
どうぞ、と促され、看護師さんとエレベーターホールへ向かう。その隣、"STAFF ONLY"と記載された扉を看護師さんのカードキーで開けると、ちょうど表のエレベーターと背中合わせになるようにもう一つエレベーターがあった。
エレベーターを動かすためにもカードキーは必要なようで、看護師さんが作動させる。
「3階の連絡通路で第二病棟へ向かってください。神蔵先生と織星先生がお待ちです」
看護師さんの案内に、一瞬楠木さんの表情が固まる。しかし、すぐに頷いた。
「…わかりました。行きましょう」
エレベーターの内装は少し簡素で、階数表示はB1〜4Fまである。その中で、楠木さんは3Fを選択した。
ゴウンゴウンと馴染みのある音で運ばれている間、無言の時間が過ぎる。その間、寶川さんは楠木さんの表情を気にしているように見えた。
エレベーターから降りて、連絡通路を渡るとその先に時音さんともう1人女性がいた。
「みんなー!おはよー!」
時音さんの元気な声に微笑ましそうにしているその女性。時音さんより身長が高く、日本人離れした金髪碧眼。ただ、親近感を感じる雰囲気を纏っていた。
一歩前に出た楠木さんが挨拶を返した。
「おはようございます、時音さん、織星さん」
織星さん、と呼ばれた女性は微笑んで返した。
「はい。おはようございます、碧」
少しだけ、2人に不思議な間が空いた気がする。
「澪莉ちゃんも元気そうでよかった...そちらが噂の」
織星さんに視線で促され、答える。
「澄空、瑞葉といいます」
「瑞葉ちゃん、ですね。私は織星美姫と申します。よろしくお願いいたします」
わたくしって一人称の人、本当にいるんだ。
見計らって、時音さんが手を叩いた。
「じゃ、顔合わせも済んだことだし会議室に行こうか」
移動先の会議室はイメージしていたSF基地とは違い、拍子抜けするほど普通の会議室だった。 そのままで良いものは、そのまま変わらないものなのかもしれない。
全員が席に着いたところで、時音さんが話す前に織星さんが手をあげる。
「時音ちゃん、少しいいでしょうか?」
「もちろん。どうぞ、美姫」
促された織星さんは、私に目配せしてから口を開いた。
「はい。では...これから、カフェ・マグノリアこと、CAM湘南支部が、仮称狼男事件をキャリア関与想定事件として初動捜査に当たると伺っていますが、ここにいる瑞葉ちゃんは、何を、どこまでご存じなのでしょうか」
待って待って待って。
思わず立ち上がって叫ぶ。
「し、知らない単語がいっぱい出てきました」
「だろうね」
時音さんが意地悪く笑う。美姫さんも同様に悪戯っぽく笑っていた。
溜め息を吐いた楠木さんが改めて発言する。
「確かに、この会議の主目的はその議題ですが...瑞葉さんの件をはっきりさせましょう。時音さん、お任せしても?」
「はいはい。じゃあ、私から。まずは、我々、シンドロームを持つ人のことを、正式に"キャリア"と呼んでいます」
「キャリア...」
「うん。まぁ医療用語からね。瑞葉ちゃんは、"ローマー"っていう言葉を先に聞いたみたいだけど」
なるほど。シンドロームを持つ人だから、シンドローマー、略してローマーだったのか。その正式名称がキャリア。
「では、CAMというのは、おそらくですがこの基地のことですか?」
「まぁそう。C、A、Mでキャム。Career Adaptation Management。神奈川県統括がここで、湘南エリア預かりがマグノリア」
「アダプテーション、マネジメント...キャリアを適応・管理する組織、ということですか」
「そうね。まだ世の中は、キャリアを受け入れる準備なんてできてない。…わかるでしょ」
排斥、隔離、軍事転用、なんでもありえそうだ。
「あとは...なんかある?共通言語で持っておいた方がいいやつ」
時音さんのラフな質問に、寶川さんが応えた。
「"波"ですね。所謂"圏"のことかと思いますが」
「あぁ。私は波って言い方、好きだけど」
「それでは報告に差し支えます。共通言語の強みを生かすべきです」
「それはそうだ」
時音さんはこのやり取り自体が楽しいかのように笑って、寶川さんを見ながら私を手で指す。説明して、ということだろう。寶川さんは頷いて口を開いた。
「圏は"キャリアが影響を及ぼしている範囲"と言い換えることができます。瑞葉さんの場合、音を集める範囲とも言う事ができます」
そうか、だから...
「あの時、あの男の違和感に集中しちゃったから、圏を作ってしまった」
寶川さんは頷く。
「はい。そこで、周囲を警戒していたあの男の圏とぶつかったため、あなたがキャリアとバレてしまった。これまでも、きっと無意識に圏を生成していたことはあったのでしょう」
楠木さんが引き継ぐ。
「それにたまたま気づいたここの職員が私に連絡し、私があなたのことを調べていた。それがここ1週間ほどの動きです。確信が持てるまで時間がかかってしまいました。圏がぶつかった感覚は体調不良と遠からずのものですし、こちらも確かめるためわざと圏を張るのはリスクが高い」
「ああいう犯罪をするようなキャリアにばれてしまうから、ということですか」
確認するように言うと、寶川さんは考えつつ答えた。
「それもありますが、それだけではありません。圏は、"ノンキャリアの行動を抑制する力"もあるからです。圏外に出ようと働かせたり、圏内では気絶してしまったり。それらは圏を作る人によって変わってしまいます」
「じゃあ、もし私みたいな野良キャリアを探すために圏を張りまくると、やばい人を集めたり、体調不良の人を量産することになるのか...」
「そういうことになります。逆に、我々が活動するときの情報秘匿にも使えます。だからこそ、圏の無自覚な展開は危険です。知らないうちに周囲へ負荷をかける。私たちが管理を受ける理由の一つでもあります」
私はパンクしそうな頭で整理する。これまでの不思議なことが、すでに整理されて言語化されていたとは。怖いような、拍子抜けなような。
そうしていると、織星さんがパン、と手をたたいて注目を集めた。
「では、テストの時間です。シンドロームを持つ人は、次のうちなんと呼ばれているでしょう。1.ローマー、2.CAM、3.キャリア」
楠木さんが額を抑えて答えた。
「一部、問題になっていませんよ...」
私は苦笑しつつ答える。
「3のキャリア、ですね。1は俗称で、たぶん使わない方が好ましくて、2はココや支部のことを指す。で、キャリアがつくる影響圏が"圏"、と」
私の答えに、織星さんは目を丸くして答えた。
「あら、テストいらずでしたね...では、ここから、私が話しても?」
時音さんが頷くと、織星さんは私を見た。
「私は、CAMの中でも、主に医療部門のスタッフとして働いています。専門はキャリア・コントロール。シンドロームの影響を調整する技能の監督です」
私が相槌を打つと、織星さんは雰囲気を変えて続ける。
「では、瑞葉さん」
思わず、ぞくりとした。
「あなたは今、道端の銃を拾ってしまった、何も知らない小さな子どもと変わりません」
「銃...」
「それだけ、シンドロームというのは恐ろしい、という例えです。というわけでして、これから、私のもとでそのコントロール方法を習得していただきます。通常の流れは以下の通りです」
織星さんはプロジェクターとつなげたタブレット端末を操作しながら続けた。
私のようにキャリアとなりたての人には、まずは力を抑える方法や、力を使っている際の感覚をしっかりと感じ取り、調節につなげる訓練を行うらしい。
始めのうちはこのCAMに"入院"してキャリア・コントロール(CC)を身に着け、その後は日常生活に戻りつつカウンセリングに通ったり、場合によっては支部員として働いたりしている、とのこと。
「ですから、大学とかもあるかとは思うけど、事故を起こさないためにも、1~2週間ほど、ここを中心に生活することを提案いたします」
提案、と織星さんは言った。でも、さすがに解る。これを拒むという選択肢はないのだと。しかし、逆に受け取れば、それさえ済めばこれまで通りの生活が待っているということだ。
私の返答を待つ前に、楠木さんは口を開いた。
「それは、確かに必要だと思います。一方で、私たちは彼女からヒントをもらいました。狼男事件についてです。一部、協力していただくのはどうでしょうか」
織星さんは、楠木さんの考えを推し量るように見つめる。
「協力、というのは」
「意見を求めるんです。今回の事件はおそらく高校で起きている。私は...まぁ結構年ですし、寶川さんは一般的な高校生活の経験はありません。時音さんもそっち寄りでしょう。裏方の仕事が多いのもそうですが...シンドローム事件には該当キャリアの精神面も非常にかかわります。立場の近い彼女の意見を借りてもよいと思います。もちろん、現場までは考えていません。そちらは寶川さんと私で」
聞いた織星さんは目を細める。
「碧も、現場に?」
「ええ。何とかします」
「......時音ちゃんの意見は」
全員の視線を受け止めた時音さんは、何でもないように笑って言った。
「え、私は瑞葉ちゃんさえよければ現場行ってもらってもいいと思うよ」
...は?
「「は?」」
寶川さんも驚いているが、織星さんと楠木さんの声がきれいに重なった。
あ、楠木さんもそういう発言あるんだ...と、どこか他人事のように見てしまった。
「ま、待ってください。時音さん、彼女は...」
楠木さんが言い終わる前に、時音さんはこちらを見る。
「まずは瑞葉ちゃんのヒントってやつを聞きたいな。教えてよ」
「え、えっと...」
私は順を追って、狼男の噂との出会い、山崎さんによる情報と、寶川さんとの意見交換、今朝の海成高校陸上部から感じたものを伝えた。
「なので、まとめると、あの陸上部の中に、狼男と呼ばれる人がいるんじゃないかと思いました」
時音さんはわざとらしく考える様子を見せて、タブレット端末を操作し始める。
「ふーむ、まぁ警察からもらった資料もその方向だったけど、そこまで言ってくれるなら、絞ってもいいよね。ちょっと借りるよ」
いうが早いか、プロジェクターに写す内容を自身の端末へと切り替えたらしい。
まだ、白背景のみだが。
時音さんはその指を空中でスライドさせる様子を繰り返し見せる。
「で、どうする?」
この先を見るなら、相応の覚悟をしろということだろう。
心臓の鼓動が、どんどん早くなる。
苦しい。
でも...。
「やめましょう、時音さん」
「時音ちゃん、ここで決めることではありません」
再度、楠木さんと織星さんが止めに入る。
しかし、時音さんは首を振った。
「瑞葉ちゃんさ…私はね。知るべき権利がある人は、全てを知って判断するべきだと思うんだよ。なんでもね」
時音さんの言葉の真意はわからない。でも、その通りだと思った。
視界の端の寶川さんと目が合う。
寶川さんは、表情を変えず、じっとこちらを見つめている。
「っ…」
喉が詰まった。
でも、昨日の夜、浴槽の中で考えたことだけは、まだ残っていた。
「やります」
「じゃあ、決まりね」
私に、というよりも楠木さんたちに向けてそう言った時音さんはタブレットの画面を操作する。
「…ここからは、知ってる側の話だよ」
画面に映ったのは...おそらく、事件現場となった家の写真。まだ、赤色はない。
「…瑞葉ちゃん。キツかったら、目を閉じててね」
時音さんの言葉に、私は首を振る。
「いいえ、続けて…ください」
時音さんは、頷くと、タブレットを操作する。
「被害者は海成高校2年、陸上部の伊藤彩羽さん。今朝、遺体で発見された。第一発見者は同居の母親。いつもの時間に起きてこないことを不審に思い被害者の部屋に入ったところ、この状況。死因は、下肢の損傷による出血性ショックと見られている」
つらつらと話す時音さんの声が、どこか遠くから聞こえる気がした。
フラッシュバックする記憶がある気がする。圏の感覚と、この景色。
『私はね。知るべき権利がある人は、全てを知って判断するべきだと思うんだよ。』
この言葉の裏に、何があるんだろう。
「…部員たちにも聞き込みが行われたようですが、特に情報は得られていません。ただ最近、怪我人や不調者が増えているようです」
楠木さんがこの状況に対してか、頭痛に苦しむ姿勢のまま口を開いた。手にはタブレット端末がある。共有された資料を見ているのだろう。
織星さんも続ける。その表情は諦めに近いものを感じる。
「すでに何かあった上での認識阻害。圏内の影響も考えられます」
寶川さんが私の顔をしばし見た後、言った。
「被害者に何か傾向はありませんか。同じ陸上部の中でも、誰かに執着されるような…」
寶川さんの意図を感じ、私も頷いた。
「記録がいいとか、部の中でやたらとモテるとか」
時音さんはその言葉を待ってましたとばかりに笑う。
「気になるよねそれ。ねぇ、澪莉ちゃん」
「…?…はい」
「だよね。ねぇ?瑞葉ちゃん」
「はい、そうですね」
「時音さん、まさか」
楠木さんが慌てて口を挟むが、それが嬉しいように、時音さんは頷いた。
「じゃあ、聞きにいこう。部員に」
・1日おきに続きを投稿予定です。
・CASE FILE 01: 狼男は完結しています。全16話完結(7/1完結予定)。
・pixivで全編投稿済みです。先が気になる方はこちら(url: https://www.pixiv.net/novel/series/15989613)へ!
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