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page5:キャリア関与想定事件

リビングスペースに戻ると、すでに制服姿の寶川(たからがわ)さんが小さな口でトーストを食べ終えるところだった。


もぐもぐと必死に咀嚼して飲み込んだ後、口を開く。


「おはようございます」


こちらも返す。


「おはようございます。寶川さん」


「山崎さんでしたか」


「うん。野菜を2箱届けてくれたんだって」


「そうですか」


そこで、一度会話が途切れる。楠木(くすのき)さんを求めてキッチンに意識を向けると、どうやらコーヒーを淹れているようだった。寶川さんの分だろうか。


「今、使いましたね」


寶川さんの言葉で意識が戻る。寶川さんは表情を変えずに続ける。


「少しですが、使ったことが伝わってきました。あまり、無意識に使うことは...いえ、無意識に使ってしまうことを気を付けて下さい」


言われて、改めて気づいた。これが自分本来の感覚ではなかったことを。


「ありがとう。寶川さん。気を付ける」


「はい。きっと五感の延長線上にあるものでしょうから、難しいかと思いますが...どこまでが本来の自分なのかは重要と、そう教わりました」


「どこまでが自分で、どこまでがシンドロームの影響か...」


そういわれて思い返す。狼男の噂。


「寶川さん」


コップの牛乳をクピりと飲んでいた寶川さんは視線でその先を促した。


「狼男と呼ばれる都市伝説を種明かしするとして、実は何だったと思う?」


寶川さんは少し目を見開いた後、コップを置いた。


「それは、"ツチノコだと言われていたものが、実は胃に獲物を詰め込んだ蛇でした"、といった例に倣うとして...ということですか」


「ん?たぶんそう」


楠木さんのレーダーは、確実にシンドローム関係だと思っているのだろう。しかし、ハナからシンドロームについて考えると際限がなくなりそうな気がした。


「ふむ」


寶川さんが考え込む。その仕草は楠木さんそっくりだった。


「その"狼男"の具体的例を知らないのですが、思い付きをあげると...」


寶川さんが挙げたのは、たまたま後ろ脚2本で立っていた大型犬、髪が整っていなかった人、夜間に酔っ払って犬の物まねをしていた人、やたらと足が速い人、などだった。


「なるほどー。そう見える、はそうだよね。"姿勢やシルエットが崩れて、そう見えている何か"」


澄空(すみそら)さんは、他に要素があると思いますか」


確かに、狼男という呼び名のシルエットを想像するならそうだ。しかし、それだけではない、とソワソワする気持ちが伝えている。


「うーん...」


「他に何かありそう、ですか」


寶川さんに言われて、素直に頷く。すると、楠木さんがコーヒーサーバーを持って現れる。


「"狼男に見えたもの"を考えるのと、"なぜ狼男と呼ばれたのか"を考えるのは、似ているようで逆ですから」


そうだよな、と思いつつ、これ以上考えるには、まだ情報や知識が足りない気がした。


ーーーーーーーーーー


軽く準備を整えた後、カフェの車庫にある楠木さんの車で、噂の基地へ向けて出発する。


楠木さんが運転席で、当然のように寶川さんが助手席に座る。乗用車とスポーツカーの間といった車で、セダンタイプだが私の座る後部座席は少し狭かった。


楠木さんから、「土地や道を覚えてください」と指示があったので、外の景色に集中する。音も重要だろうと窓も開けてもらった。


「楠木さん、"トマ運転"なんですね。オートじゃなくて」


見てみると、楠木さんはしっかりとハンドルを操作している。


「一応マニュアルも取りましたが、基本はオートマですね。完全オートは一度痛い目を見ていまして」


「あー…」


結局、責任帰属先が"ブレーキを踏む運転手"と決まってから、オート運転は急激に普及した。私は当然、オートも、トマも、マニュアルも持っていない。高すぎる。オートなんてブレーキを踏むだけなのに。


楠木さんはミラー越しにこちらと一度視線を合わせて口を開いた。


「先ほども言ったように、ここは羽鳥です。カフェ・くつろぎからもそこまで遠くはありません。今から向かうのは横浜の基地です。30分ほどでしょうか」


なるほど、と思いつつ、助手席に尋ねた。


「あの、寶川さんって、高校に通っているんじゃ...」


「私のスクールはその基地の複合施設です」


「そういうのもあるんだ」


もう、なんでもありなんだな。


「...さすがに、大学相当の施設はありません」


「限度はあるんだ」


謎の安心感を得たところで、脇の歩道をこちらに走ってくる集団が視界に入る。同時に、楠木さんが軽く息を吐いたのを感じた。


「あれ、噂の湘南海成(かいせい)高校のジャージです」


「狼男、ですか」


寶川さんが察して答えた。


私は目を凝らして確認する。


数人の女子生徒と、後ろから自転車追いかける女の子。マネージャーだろうか。口を開いて、控えめながら叫んでいる。


姉川(あねかわ)さん!ペース落ちています。膝の高さを意識してください」


すると、姉川らしき人が少しペースを上げた。1番後ろにいた人だ。それを察した他の選手も負けじとペースを上げる。


近づいてきてわかった。全員が必死に走っている。およそ、学校生活という言葉でイメージする表情ではない。


負けたくない、遅れたくない。


『1番の景色を見たい』


そして、すれ違う瞬間。



「…あ」



これだ。


ふと漏れた言葉に、寶川さんが振り返る。


「どうかしましたか」


考える前に、私の口は開いていた。


「あれ、狼男だと思う」


「…少し、車を寄せます」


楠木さんは車を路肩に寄せ停車すると、車の窓を閉じて振り返った。


「どういうことですか」


「ずっと考えていたんです。シルエットがそれっぽかった何かが、"なぜ狼男と呼ばれたのか"。犬でもただの狼でも、獣でもなく、狼男」


『じゃあ私が代わりに襲っちゃろう』


茜と和美とのやりとりがフラッシュバックする。


「それはきっと、明確な殺意に似た…"目的に向けた衝動"があったからじゃないでしょうか」


…人は、理解したいものに名前をつける。


見た目、言動、様子…そして何より。


「雰囲気…あれは、他の何でもない、他の人を怖がらせるオーラがありました。噂がある程度本当なら、あの中に、いるんじゃ…ないか…なって」


2人に注目されている状況でだんだんと自信がなくなってくる。


「…。」


楠木さんは一度、口を開こうとして、止めた。そして、寶川さんに向けて聞く。


「寶川さんは、どう思いますか」


「…その衝動を感じた人が、無意識に"獣"から"人だったもの"によせたラベリングを行った…少なくとも、一つの可能性だと思います。これまでの事件でも、確か似た噂の流され方をしたケースがありました」


「そうですね…では、行きましょう」


楠木さんは後続車両を気にしながら、車を発進させる。


「どこへ…?」


私が問いかけると、楠木さんは答える。


「目的地は変わりません。でも、目的を変えます…カフェ・マグノリアのもう一つの仕事をしに行きます」


「もう一つ…?」


私がわからずオロオロしていると、寶川さんは荷物からスマートフォンを取り出して通話を始める。


「寶川です。時音さんのお電話ですか…はい。楠木さんの判断です…ええ。関連ファイル閲覧の許可を…えっ。少々お待ちください」


寶川さんは驚いた様子で楠木さんに報告する。


時音(ときね)さんからです。澄空さんと一緒に、第3会議室へ来てください、と。狼男関連と思われる死体が、今朝方見つかったそうです」


「…事件化、ですか」


なんだか、雰囲気が変わった。その予感を決定づけるように、寶川さんが頷く。


「はい。我々、湘南支部預かりのキャリア関与想定事件となります」


・1日おきに続きを投稿予定です。

・CASE FILE 01: 狼男は完結しています。全16話完結(7/1完結予定)。

・pixivで全編投稿済みです。先が気になる方はこちら(url: https://www.pixiv.net/novel/series/15989613)へ!

・感想やリアクションが励みになります!どうぞよろしくお願いいたします。

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