表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
4/16

page4:噂

夕飯はおいしかった。本当にカフェで楠木(くすのき)さんが言っていた通りのメニューだった。今は、お風呂をいただいている。


楠木さんは明日の仕込み、寶川(たからがわ)さんはスクールの課題とのことで、風呂はもう少し後になるらしい。


「はぁ…」


温かいお湯に包まれて、思わず声が出た。


熱。


その感覚から、カフェの光景を思い出す。


「シンドローム、か」


そんなこと言われても、と思ってしまう。


でも、それ以上に、これまでの違和感に理由がついたことに少し安心している。


それでも。


『この力を自覚せず、コントロールできない人は、もっと怖い』


『あの男は、あなたが力を抑えられていれば、あの場であんなことはしなかったのではないでしょうか』


『現状、死亡者はいません…あの男を除いて。ただ、火傷を含めて重症軽傷それぞれいると聞いています…すみませんでした』


3人の言葉を思い返す。


"一般的ではない"。その言葉に、昔感じた息苦しさが少しだけ重なった。


私の"いつも"はなんだったんだろう。


(あかね)和美(かずみ)は美味しいパン、食べたのかな」


あの2人と次に話すのはいつなんだろう。


やっぱり、私がパン屋に行っていたら、そうすれば…。


いや、それはただ、私が壊れるのを待つだけだった気がする。


「…おじ様、おば様」


もう会えなかったら、どうしよう。


もっとこうしていれば、というのは思い浮かばなかった。


ならば、どうするべきなのだろう。


そう思った時に思い出したのは、どうしてか、寶川さんのことだった。


『他責するのは簡単です。私も言い訳しません』


澄空(すみそら)さんが今日知ったことは、私にとってもう日常でしたから』


あの子にとっては、これが普通なのだろう。


「あの子、強いな…」


つい、声に出ていた。そして、自然と立ち上がっていた。


このまま、昨日までの私に戻ってはいけない気がした。


ーーーーーーーーーー


【始まり】


目覚ましの音で目が覚めた。


これが2回目。1回目は15分前に鳴っている。


この意図的な2度寝があるかないかで目覚めの心地良さは変わると思う。


現在時刻5:30


『明日は8:00にここを出て少し大きな…そうですね、基地といいますか。そこに向かいます。特にドレスコードはないですから、気楽に準備してください』


昨日、楠木さんにそう言われた。普段の私なら6:30までは余裕で粘れた。でも、楠木さんや寶川さんの生活習慣はこの時間には始まっている。そんな予感がしていた。


軽くストレッチして立ち上がる。


念のためゆっくりと扉を開けて廊下に出ると、階下からはすでに良い匂いがしていた。


ランチメニューの仕込みだろうか。


急かされる気持ちになりつつ、洗面台へ。簡単に身支度を整え着替える。


「……。」


用意された服に絶句しつつ、一階へ降りた。


「おはようございます」


キッチンに予測をつけ挨拶すると、楠木さんが振り返る。


昨日よりはラフな格好で野菜を切っていたようだ。


「おはようございます、澄空さん。着替え、問題ありませんでしたか?」


「はい…あの、問題がなさすぎるというか。スカートの丈が少し長いくらいで。なんでこんな上等なものを」


用意されたのはインナーの他、白のTシャツ、デニムの若干フレアがかったスカート、ネイビーのコットンニットのジャケット風カーディガンだった。


いや、ジャージの上下とかだと思ったのに。


尋ねると、楠木さんは一度手を止めて、2秒ほど考えてから言った。


「あー、インナーとTシャツ以外はお下がりみたいなものです。買ってみたら思ったより着なかった、と」


「なるほど…?」


このサイズ感は時音さんでも寶川さんでもないだろう。他に、関係者がいるということだろうか。


考えていると、楠木さんが続ける。


「そうそう、朝ごはんの準備ができていますから、食べてください。温めは必要ないかと」


そう言って仕込み作業に戻ってしまった。


手伝いを申し出ようかと思ったが、今は自分のタスクをこなすのが優先だろう。


「ありがとうございます。いただきます」


テーブルを見ると、昨日私が座った席には、朝食が準備されている。バタートースト、ベーコンエッグ、オニオンスープ、サラダ。


なんと豪華なことか。昨日までは朝食といえばトースト1枚だったというのに。


そして、私の朝食の隣に、同じものがもう一つ用意されている。寶川さんの分だろうか。


感動しながらありがたくいただいていると、カフェ入り口の方が賑やかになった。


「碧くーん、今日のお野菜届けにきたよ!」


「山崎さん、いつもありがとうございます」


初老の男性だろうか。明るい声が聞こえた。


空にした食器を台所まで運び、そのままチラリと入り口を覗いてみる。


楠木さんが抱える程度のコンテナを2つ受け取り、そのままテーブルへ促す。


「もう結構暑かったでしょう。よかったらアイスコーヒーを飲んでいってください。ブラックの軽めでしたよね」


「あー、いいのかい。ありがとうねぇ」


コンテナをキッチンまで運んできた楠木さんと目が合う。


「朝ごはん、もう済みましたか」


「はい。美味しくいただきました。ごちそうさまでした」


楠木さんは少しだけ嬉しそうに微笑んだ。


「よかった。サラダの中にカラフルトマトと紫玉ねぎがあったでしょう。あれは、あの山崎さんの畑で取れたものです」


なるほど。地元のものだったのか。あそこまで美味しくなるとは。


「はい。瑞々しくて。今回のコンテナのものも、きれいですね」


「ええ。6月に入ってからこのセットで依頼していまして、今朝私たちがいただいたのは少し時間が経ったものでしたが…それでもただスーパーで買うよりは良いものだと思いますよ。さて、一つ依頼をしても良いでしょうか」


コンテナを置きつつ、楠木さんがこちらに視線を合わせる。


「カウンター前でお湯を沸かしています。あれを2度移し替えて山崎さんに提供いただけますか」


「あ、はい。わかりました。温度調整ですね」


「その通りです」


頷くと、楠木さんはカウンターとは反対に配置されたグラインダーで豆を挽き始める。


倣ってカウンターに出ると、山崎さんは私に気づいたようだ。


「見ない顔だね」


「はい。昨日からお世話になっています。澄空といいます」


嘘ではない。


「澄空さんね。綺麗な響きだ。湘南の空はいい。…このカフェもいい場所に建てたね」


…そういえば、このカフェってどこにあるんだろう、と思ったところ、楠木さんが拾う。


「この羽鳥という場所を選んだのはマスターですが、私も気に入っています」


あ、羽鳥なんだ。話を合わせ、私も続く。


「もっと海沿いだと観光客も増えますし、落ち着いた雰囲気にするにはぴったりですよね。都内より空気がよくて、風が心地よくて、比較的静か…私も良い場所だと思います」


おじ様がカフェを開店するにあたって悩んでいた場所について話していた。聞いておいてよかった。


山﨑さんは頷く。


「私も農園をここにしてよかった」


「あ、紫玉ねぎとカラフルトマトは私もいただきました。色も綺麗で、美味しくいただけましたよ」


「それはよかった。美味しく、綺麗に、食卓を彩るのがあの子たちと私の喜びだよ」


1度移し替えた白湯を2度目の移し替えとしてカップへ注ぐ。これで十分に粗熱は取れたはずだ。山崎さんに配膳すると同時に、楠木さんがアイスコーヒーを配膳した。


朝の光を受けて、琥珀色に煌めくアイスコーヒーだった。軽め、とはこういうことだったか。私にまで果実感のある香りが漂う。


アイスコーヒーと白湯を交互にちびちびと楽しんでいた山崎さんは、ふと思い当たったように顔をあげた。


「そういえば、2人は知っているかい。狼男の噂。次女がね、噂の高校に通ってて。実際に怪我人が出たってんだから驚きだよ」


狼男。昨日も聞いたワードだ。茜の妹経由の噂だったはずだ。


「藤沢周りの噂と聞いています。確か部活のエースが狙われる話だとか」


私が答えると、楠木さんも引き継いだ。


「娘さんは湘南海成(かいせい)高校でしたか」


「そうそう!あれ、前に話したっけ」


「いいえ。カフェはいろいろなお客様が来ますから。海成の制服を着た人が話していたもので。娘さんは陸上部に?」


「いや、うちの子は文芸部。でも同学年に怪我をした子がでたって。なんでも足をやられたらしい。とんでもないよね」


けがというか重症なのではないか、それは。


「それは...穏やかではないですね」


楠木さんも口元に手を当てて考える。山崎さんが続けた。


「澄空さんももしかしてと思ってね。寶川?さん?だっけ。彼女も同じくらいの年齢かと」


あ、高校生かと聞かれているのか。寶川さんは確かにそう見える。制服着ていたし。しかし、私が答える前に楠木さんが答えた。


「確かに、気を付けたほうが良いですね。伝えておきます...さて、澄空さん、そろそろ準備の時間ですね」


言われて、時計を見ると7時が近づいていた。焦る時間ではないと思うが、楠木さんの意図があるのだろう。私は頷く。


「そうでした。では、山崎さん、ごゆっくりお過ごしください」


「そうか。ありがとうね。でも私もそろそろ帰らないと。ここでゆっくりしていると妻が羨ましがる」


山崎さんの言葉に、楠木さんは微笑んだ。


「でしたら、また営業時間にいらしてください。私たちなりにあの野菜をうまく使った料理を出しますよ」


「それは楽しみだ。今度は家族で来たいね。じゃあね!ご馳走様」


山崎さんがトラックを駐車場から出した後、楠木さんが振り返る。


「突然、失礼しました」


「いえ、あの程度はいつもやっていましたから」


「...澄空さんは、どう思いますか、あの話」


楠木さんは尋ねる。それは、つまり。


「シンドローム関係か、ということですか。私には...」


「少なくとも、ありえない、とは言わないですよね」


そう言った楠木さんの表情は、ポジティブなのかネガティブなのか、私にはわからなかった。

・1日おきに続きを投稿予定です。

・CASE FILE 01: 狼男は完結しています。全16話完結(7/1完結予定)。

・pixivで全編投稿済みです。先が気になる方はこちら(url: https://www.pixiv.net/novel/series/15989613)へ!

・感想やリアクションが励みになります!どうぞよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ