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page3:シンドローム

「さて、改めまして、ここのマスターの神蔵(かぐら)時音(ときね)です。時音って呼んでね。よろしくね、瑞葉(みずは)ちゃん」


「は、はぁ…」


とりあえず会釈する。この会話を仕切っているし、彼女がここのマスター…なのは本当なのだろう。というか、ここはなんなのだ。


クラクラとなりそうなところを堪えていると、時音さんは苦笑を浮かべながら言った。


(あおい)には、混乱するだけだしあまり一気に詰め込まないようにって言ってあるけど…まずは瑞葉ちゃんからの質問をもらう時間にしようかと思ってるんだけど…どうかな」


苦笑といっても、自然な笑顔だと思った。これが、心から明るい人の笑顔なのだろう。茜に似ているかもしれない。


「…質問は、たくさんあります。どこから聞けばいいか、わからないくらい」


「そうだと思う。思いつくもの、全部言っていいよ」


時音さんの言葉に頷き、数秒考える。


「…まず、楠木(くすのき)さんの話によると、私は"ローマー"と言うらしいのですが、それは本当ですか。そもそもローマーってなんですか」


時音さんは額を抑えて答えた。


「ざっくり言うと、一般の人と違うことができたり、感覚を持っていたりする人、かな。いろんなタイプがいて、瑞葉ちゃんは"振動関係に強いタイプ"だと思っているよ」


あっさりと私のことを話す。


当然だが、楠木さんは私がローマーであることに気づいて監視のためにカフェに通っていた。そこで見立てを立てており、当然時音さんにも共有されていた、と言うことか。


しかし、振動と言われて納得はしたが驚きもある。ただ耳がいいのとは異なるのは本当らしい。


なんか、他人事みたいに考えてしまう。あまりに実感がない。


「タイプ、があるんですね」


「そりゃあね。例えば…瑞葉ちゃんが見た不審な男。彼がどうなったか覚えてる?」


どうなったか。


思い出そうとして、やめていた。


最後に見た光景と、最後に聞こえた音。それが示すものは容易に想像がついたから。


「…破裂、ですか」


時音さんは頷く。流石に、真剣な表情をしていた。


「…そう。ごめんね、嫌なことを思い出させて。碧と澪莉ちゃんからの報告によると、その男は身体内部で出血、膨張して、破裂した…少なくともそう見えた。この時、瑞葉ちゃんは何か感じなかった?」


「何か…」


あの時のことを思い出す。1番引っかかるのは、皮膚に届いた…


「熱、です。あの男からジワジワと熱を感じました」


「だよね。外にいた誰かが、男の体内に干渉した。熱が関係していたのは、たぶん間違いない」


「すごく、怖いですね。そんなの」


素直に言うと、時音さんは少し安心した表情をした。


「うん。この力自体はシンドロームって呼んでる。それを使う人だから、"ローマー"。俗称だから、私たちはそう呼ぶのを嫌ってるけどね。シンドロームを、今回みたいに使う人は怖い。でも…」


時音さんは一度言葉を区切り、こちらを見る。


「この力を自覚せず、コントロールできない人は、もっと怖い」


「っ…」


私のことだ。


私は、ただストレスか疲れかで音に過敏になっているものと疑わなかった。


視線を落とすと、時音さんは楠木さんに呼びかける。


「碧、あのニュースを」


「…容赦ないですね」


楠木さんはスマートフォンを取り出し操作をすると、画面をこちらに向けて置いた。シート展開式のAR画面のやつだ。


視線を送ると、ネットニュースのようだ。


「…ここ、私の」


思わず声に出すと、楠木さんが続けた。


「はい。バイト先のカフェ、くつろぎです。表向きには、ガス管の破裂ということになっています」


斜め読みだが、そう報じられているようだ。小さな事故扱いで、文は短い。


でも、添付写真の内容はひどい有様だ。道路にガラスが散乱し、店内のテーブルや椅子は入り口を中心に吹き飛ばされ…いや、待て。


「…おじ様とおば様は!?あの時いたお客さんは!?」


立ち上がり、楠木さんを見る。


頼む。


無事だと、いってほしい。


楠木さんは時音さんを一瞥した後、口を開く。


「現状、死亡者はいません…あの男を除いて。ただ、火傷を含めて重症軽傷それぞれいると聞いています…すみませんでした」


楠木さんの声は震えていた。


その理由はわかっている。それでも、気持ちを抑えられなかった。


「…楠木さんと、寶川(たからがわ)さんには、シンドロームはないんですか。わかってて、あの場にいたんじゃないですか」


何を言おうとしているのか、わかったのだろう。時音さんが口を開こうとして、遮ったのは寶川さんだった。


「…私たちにも、あります。ただ、これはそんな便利なものではありません。そして、私たちはあの男の乱入と、外部からの攻撃は想定していませんでした」


「そんなことっ!」


「そして何より」


寶川さんも立ち上がり、近くから私を見据える。


私より背が低く、顔立ちも幼いのに、彼女の眼には逸らさせない力があった。


「あの男は、あなたが力を抑えられていれば、あの場であんなことはしなかったのではないでしょうか」


「なっ…」


「あの男を仕留めたのは元締めか何かでしょう。あの男が突発的な行動をしなければ、殺害の必要はありません。結果だけ見れば、あなたの波が引き金になったとも言えます」


「やめて、澪莉(みおり)ちゃん」


時音さんが言っても、寶川さんは無視をした。視線すら逸らさず、続ける。


「それだけ、自覚というのは重要です。他責するのは簡単です。私も言い訳しません。だからと言って…楠木さんを責める権利はあなたにはありません」


「…やめてください。寶川さん。まずは座りましょう」


楠木さんが言うと、寶川さんは席についた。その肩は、少し震えているように見えた。


私も、力が抜けていくのに任せて腰を下ろした。


「…すみませんでした」


3人に頭を下げる。


目頭に熱が集まるのを感じた。


数秒沈黙があり、初めに口を開いたのは楠木さんだった。


「シンドロームを持つ人同士は、その力を使う時に、あなたの言う"波"のようなものを放ちます。つまり、お互いに気付けてしまう。あの男が焦ったのはあなたから波を感じたからでしょう。初めのうちは、緊張やストレス、焦りなどによって波が起きてしまいます。それはしょうがないことです」


時音さんは「だからこそ、」と続けた。


「瑞葉ちゃんは悪くないよ。でも、こうして気付けたからには、練習して欲しい。今、私たちからも…正面から話した澪莉ちゃんからも、その波は感じなかったでしょ?」


確かにそうだ。


寶川さんには、不躾に責められた怒りもあっただろうに。


私が少し顔を上げたことを肯定と受け取ったのか、時音さんは頷く。


「とにかく、今日は休んで。明日まで少し行動を制限しちゃうけど、明日には色々区切りつけるから」


時音さんの説明によると、シンドローム関係のことを管理する組織があり、その組織にはそれだけの権限があると言う。


優しい言い方をしているものの、時音さんには相応の権力があると言うことだ。


また、おじ様やおば様についても、関係する医療機関で治療中とのことで、今は面会が難しいのだと言う。


要するに、大人しくするしかないと言うことだ。スマホやカフェに置いて来た上着は回収されていると言う。


「…えっと、明日まで、ここで?」


おずおずと聞くと時音さんは頷く。


「ここは碧と澪莉ちゃんも暮らしてて、監視…ではないけどね。安全ではあるから安心して!あ、着替えは簡単だけど用意したから。お風呂関係は澪莉ちゃんから借りてね」


それだけ早口で言うと、時音さんは出ていってしまった。


「……。」


呆然とする私に、楠木さんは申し訳なさそうに声をかける。


「えっと…すみません、澄空(すみそら)さん」


ギリギリと錆びたネジのように首を回すと、楠木さんは指を3本立てて続ける。


「今からやることは3つです。栄養摂取、入浴、睡眠。これだけ。まず、ご飯は喉を通りそうですか」


「…少しなら」


「ならよかった。先ほど目覚めた部屋のテーブルスペースにいてください…寶川さん。この後のことを伝えるので、こちらへ」


私には、「もう行ってどうぞ」と手で示す。聞かないでくれ、ということだろう。


私はキッチンスペースを通ってリビングスペースに辿り着く。


テーブル席に椅子は4つある。キッチンスペースにあったシンプルすぎるデザインのコップや箸が置かれた席があるので、そこが私、ということだろう。楠木さんや寶川さんのものと思しき席には、デザインがあしらわれたコップや箸が置かれている。


ぼんやりと眺めていると、寶川さんが来た。


澄空(すみそら)さん。この後は夕飯を待っていてください。私は諸々準備がありますので」


よく見ると、寶川さんの目尻が赤くなっている。先程の会話について反省会があったのだろうか。あれは私が悪いと思うのだが。


それは、それとして。


「…あの、何かお手伝いできることはありますか」


何か、手を動かしていたいと思った。このまま待っているだけでは、頭がおかしくなりそうだった。


寶川さんは少し考えた後、頷く。


「では、2階の案内を先に済ませます。こちらへ」


キッチン入り口の脇に登り階段がある。寶川さんはそちらへ歩く。


階段を登ると、開けた廊下に出た。


「正面と右手が個人の部屋です。あなたは1番奥の部屋を。物置兼客人用の部屋なので少し簡素ですが」


「ううん、寝られるだけでありがたいです」


伝えると、寶川さんは少しバツが悪そうに4時方向へ視線を向ける。


「あちらが手前からベランダ入り口、脱衣所や洗面所、お風呂、お手洗いです。澄空さんの着替えは一応干しておいたので、取り込んだら部屋に運びます」


「あ、それ私がやります。その、見ちゃいけないものがなければ」


「…個人の部屋でなければ特に、ありませんが」


「じゃあ、いって来ます」


小走りでベランダに近づき、手前の洗濯カゴを手に取って出る。


開けた視界。澄んだ空気。月明かりと虫の声。


思わず、長く息を吐いてしまう。


「…気が遣えず、すみません」


後ろから声をかけられ、振り向く。寶川さんが視線を下げていた。腰の前で手のひらを少し強めに組んでいる。


私は冷めた頭で考えていたことをそのまま伝えた。


「えっと…あれは、私が悪かったと思う。むしろ、寶川さんが言ったことは正しかったんじゃないかな」


時音さんを含めた会話を思い出す。


きっと、このまま彼女に視線を向けているのは、良くないのだろう。


風に当ててあった簡素なスウェットやインナーなどを手に取る。


…え、ウソでしょ。私が普段使ってる部屋着よりずっと肌触りがいい。


変なところに驚きつつ、カゴを入れようとした時、それは目に入った。


「…え」


無意識だった。


1番奥に、隠すように干されたYシャツ。


サイズ的にも、ボタンの感覚的にも男性用に見える。


目を引いたのは、その背中の箇所が、アイロンを長時間当てた時のようにたわんで縮み、箇所によっては穴が空いてる。


「それは、楠木さんが今日着ていたYシャツです。捨てようとされていたのですが…」


声が出なかった。


彼はYシャツの上からジャケットも羽織っていたはずだ。


その下のYシャツが、こんな。


「…楠木さんは」


「楠木さんもシンドロームがありますから、傷は残っていません。楠木さんがいなければ、今重症の方々は亡くなっていたかもしれません」


「そして、寶川さんがいなければ、その前に私も」


「っ…いえ、私は、別に。楠木さんの指示通り投げただけで」


やっぱり投げフォークは彼女らしい。今思うとあの刺さり方は上手すぎるのではないだろうか。


「改めて、ありがとうございました」


向き直り、深々と頭を下げる。


1秒ほどたって、小さく、寶川さんが言った。


「...私こそ、失礼なことを」


疑問符を浮かべながら顔をあげると、寶川さんは自身の方を抱くようにして話す。


「澄空さんが今日知ったことは、私にとってもう日常でしたから。突然そう言われた上、身近な人が危険になった人のことを、全く考えずに...楠木さんにも、言われました」


「寶川さん...」


人の心なんてわかるはずがない。それはそう思うし、実際事実だ。だから怖いし、すれ違う。でも、こうして話してくれるのなら。


少し、胸にじんわりとしたものを感じていると、階下から鮭が焼ける匂いがしてきた。


寶川さんが1階を気にしつつ口を開く。


「楠木さんを待たせるわけにはいきません。着替えは澄空さんのお部屋に」


「わ、わかった」


私は洗濯かごごと案内された部屋におくと、寶川さんと並んでリビングへ向かった。

・1日おきに続きを投稿予定です。

・CASE FILE 01: 狼男は完結しています。全16話完結(7/1完結予定)。

・pixivで全編投稿済みです。先が気になる方はこちら(url: https://www.pixiv.net/novel/series/15989613)へ!

・感想やリアクションが励みになります!どうぞよろしくお願いいたします。

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