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page15:ゴールライン

「…あなたの脚は、醜いよ」



自然と、口が開いた。


ピタ、と狼男の動きが止まる。


「…なんて」


「あなたが頑張って創った脚は醜いって言ったんだ」


わかりやすいほどの挑発。でも、本心だ。


「あなたに…何がわかる」


「分からないよ。目の前のことを見ずに、他人を殺して無理やり誰かを1番にする、そのやり方が醜いんだよ」


狼男のプレッシャーは更に増した。


単純な怒り、殺気。


その波からドクンドクンと心臓の鼓動、血の流れすら感じられた。


その怒りを制御するように、狼男は一歩一歩、歩み寄る。その後ろで、ドサリ、とあまりに無関心な音が響く。


「なんで、そんなことを言うの」


「思ったことを言っただけだよ」


即答しろ。すぐに返せ。


狼男の鼓動の間隔に、私の鼓動を合わせに行く。


彼女を止めるには、突き刺さる言葉が必要だ。力じゃ勝てない。


恐れを知られるな。


もっと、鼓動のペースを上げろ。


意識的に呼吸を早める。


『媒介場に共鳴することによって、物理現象や物理構造へアクセスできます』

『だから、共振現象の中でも、音に関するものを共鳴と呼ぶ』

『同じ長さは同じ固有振動数。だから共振が起こる』


彼女に向けて右手を伸ばす。


…その振動を、圧力を。


…掴め!



「私は…私にはこれしか…」



『これしか、佳菜(かな)への贖罪の方法はないのに』



…雨の音、水が跳ねる音。


『佳菜、もう少しスタミナがあれば次の大会でも1番だよ!私も付き合うから!』


『でも雨だよー。危ないよー。やめとこうよー』


『でも私、佳菜と一緒に記録に載りたいのに…』


『しょーがないですなぁ…頑張り屋の(さき)には勝てません』



『…ちょ、咲!階段は本当に危なっ!!咲!!』



雨音の奥に、別の振動が混じった。


言葉とは言えない。


けれど、伝わった物が何を意味しているのかだけは理解できた。



目を開くと、狼男は目の前にいた。



この瞳は空虚なようで、揺蕩んでいる。


私は、静かに言葉にする。


「…こんなことしなくても、ただ一言、"走ってるあなたが好き"って言ってあげれば、それで伝わるじゃん」


姉川(あねかわ)さんは、同じ箇所を痛める恐怖の中でも、少しずつ、前向きになろうとしていた。


そうでないと、続けられない。


狼男は、ついに涙を流した。


「それが言えれば…どうなったって言うの。もう2年。来年まで保つか分からない。その中でより良い方法を探すことの、何が」


そんなの決まっている。


「もう既にあった姉川さんの日常を壊して、いいわけがないでしょう…!」


「っ!!」


止まった。


今….!


私は左手に持っていた箱を開け、中からズシリと重い物を取り出した。


大学で一度だけ触ったことがある。火薬式のスターター。双発式、装填済み。


いくらキャリアと言っても…っ


狼男の耳元で引き金を引こうとした時、視界に映ったのは、


ジワジワと、佐藤(さとう)さんの耳の穴が塞がる様子だった。


「なっ…」


動揺した途端、お腹をとんでもない衝撃が襲う。


「ガッ…ふ」


殴られた。その理解の前に、力が抜ける。


膝が地面につき、グラグラと視界が揺れる。


佐藤さんは、狼男はもう何も喋らない。


ただ邪魔な私を排除して、本来の目的に戻るのだろう。


寶川(たからがわ)さん。


私には、無理なのかな。


狼男がさらに私に近づく。もう確実に殺しに来てる。頭でもちぎるのか。


その一歩を踏み出すその先。


地面が、水面のように揺蕩う。


その一歩で、狼男は体勢を崩した。


寶川さんと目があった。


寶川さんは、静かに頷いた。


まだだ。


まだ終わってない。


チカチカする頭で、するべき行動を選択し、手を動かす。


右手でスターターを拾い、左手で狼男のジャージを引き倒す。


「もう、走らせない…!」


塞がった耳にスターターを押し当てる。


耳を塞いでも意味はない。振動は骨を伝う。


結果的に鼓膜まで届ければいい。私はその効率を高められる。


指先に力を込めると少し遅れて、波が広がった。


その先は、真っ暗だった。


ーーーーーーーーーー


【ゴールテープ】


(あおい)、見えてる物を全部言って』


時音(ときね)さんの連絡を受けた私は、千歳(ちとせ)さんに圏の形成を依頼して、指示に従った。


「体育倉庫の中で、佐藤咲と澄空(すみそら)さんが倒れています。血痕あり。寶川さんは意識がありますが、彼女も救急車に乗せたいですね、今すぐ」


『調停員は送った。…佐藤咲は』


「…死亡しています」


澄空さんの近くに転がる火薬式のスターター。これで澄空さんの考えが伝わる。


そして


視線を移した先、寶川さんの体育着は赤く染まっていた。


「…寶川さん」


「…澄空さんの行動によって、佐藤咲は一時的に行動不能になりましたが、その後、再度襲おうとしたので、スターター容器を刃物に変え、私が」


「もう、やめましょう」


寶川さんは、普段と変わらない表情に見えた。


私は、それでも、彼女を引き寄せ、抱きしめた。


そうするべきだと思った。


「…近くに居られず、すみませんでした」


楠木(くすのき)、さん」


寶川さんはやがて肩を振るわせ、声をあげて泣いた。


こんな声、聞きたくなかった。


同時に、彼女がまだ泣いてくれることに、安心していた。


しばらくして、寶川さんを少し離れた場所で休ませつつ、時音さんと会話を続けた。


「澄空さんの記憶はどうしますか。今なら、まだ間に合います。茅ヶ崎さんには嫌な顔されるでしょうが」


時音さんはしばらく間を開けたあと、答えた。


『…このままにしよう』


そう返ってくる気はしていた。


私は、寶川さんの表情を思い出しつつ、言った。


「…いい加減、私も付き合えませんよ。彼女の扱いについて、納得がいきません」


調査からカフェの事件、潜入捜査。あり得ないことが多すぎる。


時音さんには従う。それでも、このままではやがて裏切ってしまうような気がした。


『碧』


「…はい」



『私はね、知るべき権利がある人は、全てを知って判断するべきだと思うんだよ』



「…なら、教えてください」


そうだよね、と時音さんは言った。



『彼女は、キャリアの行末を決める鍵になる。私たちはこれから、その観測をする。カフェ・マグノリアはそのために作ったからね』

・1日おきに続きを投稿予定です。

・CASE FILE 01: 狼男は完結しています。全16話完結(7/1完結予定)。

・pixivで全編投稿済みです。先が気になる方はこちら(url: https://www.pixiv.net/novel/series/15989613)へ!

・感想やリアクションが励みになります!どうぞよろしくお願いいたします。

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