page16:新たな日常
ーーーーーーーーーー
【新たな日常】
あれから1週間が経った。
楠木さんから聞いた事件の顛末は、私と寶川さんが気絶している間に、狼男は逃げるためか校門から飛び出し、不運にも車に轢かれて亡くなった、というものだった。
当然、信じてはいない。でも、そう考えるのが1番良いのだと、そう思った。
1週間、私と寶川さんはCAM神奈川支部に入院していた。私は内臓と鼓膜、寶川さんは内臓や肋骨を損傷していたらしいが、目覚めた時には治っていた。訳がわからない。
でも、不可能ではないのだろう。楠木さんや狼男が証明している。
動けるようになってからは、詰め込まれるようにCCを練習させられた。もう、織星さんからも、寶川さんからも、どうするかは聞かれなかった。そのことに、どこか安心してしまっていた。
扉のベルが鳴る。
入店した私たちのもとに、よく知った女性…おば様が小走りでやってくる。
「いらっしゃい!久しぶりじゃない。あら、今日は大勢で来たのね。奥のテーブルでいい?」
「はい。お願いします」
おば様は私と、後ろに続く寶川さんたちを見て案内を始めた。おじ様も軽く会釈してくれる。
カフェ・くつろぎは先日営業を再開したらしい。
サイフォンの数は半分に。入り口近くの座席は撤去されたまま。なんなら入り口の扉のガラス部分はブルーシートで補われている。
「まだ汚くてごめんなさいね。ガス管が破裂したみたいで」
「いえ、お二人が大事ないみたいで良かったです」
私が返すと、おば様はカラカラと笑う。
「なんかねぇ、お店の被害と比べて私たちは大したこと無さすぎるって、警察の人が驚いてたのよ。長生きしてきただけはあるってことかね」
おば様の話を聞いた寶川さんは楠木さんを見上げた。
楠木さんは毛先をいじっていた。時音さんに「うりぃ」と脇腹を突かれている。
奥のテーブル席に案内される。あの日、私が寶川さんと楠木さんを案内した席だ。
「じゃあ、6人ね。少し狭いけど、ごめんね。はいメニュー。お水もすぐに持ってくるからね」
片側3人。時音さん、蓮華さん、私。反対側に楠木さん、寶川さん、織星さん。
席について、時音さんが呟く。
「バイタリティあふれる人だね」
私は頷いた。
「はい。後50年は元気そうです」
「それはもう怪異だよ」
おじ様とおば様の記憶処理について、楠木さんに聞かれた。
私は、「澄空瑞葉はくつろぎの常連客」ということにしてもらった。
私は寮を出て、カフェ・マグノリアに住むことになっている。きっとこの店のアルバイトには復帰できないだろう。それらの理由をこねくり回すよりシンプルだと思ったのだ。
織星さんは楠木さんに尋ねた。
「碧ちゃん碧ちゃん。おすすめは何ですか」
「その呼び方はやめてください…ブレンドしか飲んだことありません。おすすめは澄空さんに聞いてください」
「専属コーチの言うことを聞かない悪いキャリアに拒否権はありません…では、瑞葉ちゃん、おすすめは何ですか」
織星さんは楠木さんの形態変化をよく思っていないようだ。それだけ負荷が大きいことをした、と言うことなのだろう。楠木さんによると、インターバルが必要、とのことでまだ女性形態のままだった。
私は投げられたボールを寶川さんへ。
「だってさ、寶川さん。私の案内覚えてる?」
ニヤニヤしながらの内野強襲のはずが、寶川さんはサラリと答えた。
「…織星さんは基本紅茶派なので私が聞いた案内は使えません」
「…面白くない」
私が知る限り、この店はそこまで紅茶にこだわっているわけでもないことを伝えつつ、ロイヤルミルクティーはちゃんと煮出すタイプだったと言うと、織星さんはロイヤルミルクティーに決めていた。
蓮華さんは端から端までメニューを見つつ、全くメニューを見ない寶川さんへ首を傾げる。
「澪莉ちゃんはメニュー見ないの?」
「私は頼む物が決まっているので」
あぁ、そう言えば。前回注文したものは、届ける前に事件が起きてしまったんだった。
蓮華さんは寶川さんの注文について気になるようだった。
「ブラジルとアップルパイです。ブラジルは"澄空さんの"オススメなので」
さらりと言ってのけた。私は口の端が上がりそうになるのを堪えつつ唸る。
「お、おぉ」
蓮華さんと時音さんは相槌を打ってメニューを確認する。
「じゃあ、私もそうしよう」
「んじゃ私もー。蓮華はケーキ何にする?」
「アップルパイもいいけど、ショートケーキも美味しそうだよ」
賑やかで穏やかな時間が流れる中、楠木さんが時計を確認する。
「…澄空さん、そろそろです」
「…はい」
身を乗り出して窓の外を見ると、やがて小さく軽快な足音と声が聞こえてくる。
「カイセーイ…ファイ!オー!ファイ!オー!…」
そのまま見続けると、広い通りを見覚えのあるジャージ姿が通り過ぎていく。
姉川さん、香芝さんの横顔も見られた。
そして、後を追う自転車に乗って声を出すのは、例のコーチだった。
彼女たちの記憶に、佐藤さんの存在は残っても、狼男は残っていない。
残っていては、彼女たちの日常は守れないのだろう。
私には、正解はわからなかった。それがもどかしい。
「…取り繕った日常は、それでもどこか欠けています」
寶川さんが言った。
楠木さんが続ける。
「欠けたものを何かが補って、新しい日常になります。変わらないものも、きっとあります」
寶川さんは不安そうにしつつ、頷いた。
応えるように、私のスマホに通知が来た。
茜と和美とのグループチャットだ。
ちらりと見た楠木さんが微笑む。
「…マグノリアに呼んでもいいですよ。良かったら、夕食も」
「え、いいんですか」
「はい。澄空さんのお友達なら」
「ひ…日にち決まったらお伝えします」
「よろしくお願いします」
私がスマホで返信を打っていると、時音さんが「じゃあさー」と寶川さんに口を開く。
「もっとこう…瑞葉ちゃんが楽しくやってるアピールをしていかないとね。寶川さんと碧も、瑞葉ちゃんを名前呼びしないと。もちろん逆もね」
「「え」」
指摘された2人と私はポカンと口を開く。
「そもそも店内では名字で呼ぶでしょう」
「呼称よりも環境の良さを伝える方法は沢山あります」
「私はいつでも2人を名前で呼べますよー」
「「え」」
楠木さんと寶川さんは再度驚いていた。
試しに呼んでみよう。
「澪莉」
「あ…ぅ…」
澪莉は可愛すぎるな。というか寶川って文字数多いんだよね。
楠木さんは…いや、なんか普通に上司なんだよな。蓮華さんも名字呼びしてるし。
楠木さんはコホンと咳払いする。
「私はあまりに強情な時音さん以外は名字呼びで統一しています。今更…」
織星さんは碧さんをジトっと見つめる。
「あんまり気にしすぎる方がおじさん臭くて気持ち悪いですよ。ね、蓮華ちゃん」
「え、私!?いや、そんなことは…私も特に理由があって楠木さんを名字呼びしてるわけじゃないし」
「おじさん臭いですよね?」
「え、えっと…」
織星さんにいじられる蓮華さんに、楠木さんは少し拗ねた様子で言い捨てる。
「千歳さん、この後のサンダルは無かったことに」
「えぇっ!?」
「そう言うところがおじさん臭いぞ、碧ー!」
時音さんが軽く叫ぶ。見るからに女性の楠木さんをおじさん呼びする時音さん。側からどう見えるのか。
織星さんはニヤリと笑って澪莉に耳打ちする。
頷いた澪莉は少し申し訳なさそうに楠木さんの袖を引いた。
「楠木さん…すみません。お先に失礼します」
「…?」
澪莉はそのままこちらへ向き直り、思い切るように目を瞑る。
「…み、瑞葉っ……さん」
「…わぁ」
変な反応になってしまった。例えるなら、猫が初めて寄ってきてくれたような。澪莉は顔を真っ赤にしている。
時音さんは実に満足したようにニマニマして口を開く。
「これは記念にお買い物しないとね。女子でお揃いの夏おしゃれサンダルを碧おじさんに買ってもらおう!そのための腹ごしらえだ!」
「…おじさんじゃありません」
楠木さんは諦めたように言って、少し笑って窓の外へ視線を向ける。
その景色は少し変わった日常を照らすように、晴れ渡っていた。
CASE FILE 01: 狼男
Status: Closed.
観測継続。
・最後まで読んでいただきありがとうございました。これにて「CASE FILE 01: 狼男」完結です。
・書き終わったので、「CASE FILE 02:歌声」7/13(月)の20時から分割投稿予定です。CASE FILE 01:狼男より長いので、完結予定は8月中頃かも...?CASE FILE 01:狼男編は導入として世界観の説明が多かったですが、こちらは深堀です。キャラ同士の関係性も楽しんでいただければと思います。
・感想やリアクションが励みになります!どうぞよろしくお願いいたします。




