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page14:狼男と呼ばれたもの

ーーーーーーーーーー

【狼男】


教室に戻ると、皆何も気にせず昼休みを過ごし始めた。先生方は授業の進みがズレることに、後で不思議がるのだろうか。


放課後、部活に顔を出すと姉川(あねかわ)さんも香芝(こうしば)さんも出席していた。


集合場所はグラウンドで、皆残念そうな顔で地面を見つめている。とりあえず、猛暑の結果ということで納得しようとしているようだ。


佐藤(さとう)さんがコーチに確認しつつ、横でみんなに告げる。


「今日は校外ランニングと体育倉庫の整理となりました。グループ分け後、ランニング班はダイナミックストレッチを行った後、2列でAコースを2周走ってください…」


部員は誰にでもなくブーイングを言いつつ、班に分かれ始める。ランニング班は戻ってきたら整理された体育倉庫の清掃を行い、その間に倉庫班はランニングを行う入れ替え式とのこと。


こういう時の班分けは決まっていたらしく、スムーズだった。姉川さんと香芝さんはランニング班だった。


寶川(たからがわ)さんと示し合わせて姉川さんや香芝さんと一緒になろうとするも、私たちはコーチに呼ばれてしまった。


「留学生2人は体育倉庫な。道具の場所を覚えてくれ」


「え、えぇ…」


コーチに言われては抗えない。わたわたしていると、通信機から声が聞こえた。


楠木(くすのき)です。話は聞いていました。姉川さんたちは私と千歳(ちとせ)さんで追います。狼男が1人とは限りませんので、お2人はこのまま』


遠くの日陰からこちらを見ていた楠木さんが立ち上がるのが見えた。それならば、言われたまま動こう。


昼の件で体育倉庫の被害はないようだが、単純に体育祭の後で中がぐちゃぐちゃらしい。


コーチが付いて、私たちに物の場所を説明してくれる。


「その一角が陸上部のものだ。その箱はスターター、奥にタイマーがある。グラウンドで練習するときに出すから覚えてくれ。んで…」


説明を聞きながら、それぞれの中身を改める。


初めに指さされたブリキの箱を開けると、スタイリッシュなスターターと、見るからに古い撃鉄式のスターターがあった。物持ちいいなぁ。採血の後に貼るガーゼのような形の火薬を撃鉄受けに置いて使うのだったか。実際に装填してみると、ヒラヒラと飛びそうで心許なかった。


「勝手にやるなよ」


「…はい」


パズルのように省スペースを目指す中で、各々運び始める。寶川さんは飲み物冷却用のクーラーボックス、私はそのままブリキの箱を持ってコーチについて行った。


コーチは1人で奥の方を漁ると、拾い上げたものを渡してくる。


「あった、これだこれ」


「なんですか、これ」


「なんだ、知らないのか」


コーチはムスッとした顔をした。私が冷や汗を流していると、寶川さんが顔を覗かせる。


「トレーニングチューブ、ですか」


「そうだ。派手なトレーニングだけが重要なわけじゃない。こういうのを使うと負荷を調節したままトレーニングを続けられるからな。しまった場所を姉川に教えておいてくれ」


どうやら姉川さんのために探していたらしい。コーチは以前も姉川さんのトレーニングを気にかけていた。


私はチューブをしげしげと眺めつつ、コーチに聞いた。


「あの、姉川さんの怪我って、どんなものなんですか」


コーチは首の辺りをかきつつ、唸って答えた。


「確か、足首だな。中学の時に無理して走っている時に、階段から落ちたらしい。その時から、佐藤もサポートしてたらしいけどな」


そう言えば、香芝さんも言っていた。姉川さんと佐藤さんは同じ中学だったと。


サポートということは、もしかして。


それを裏付けるように、彼女の走り方がやたらと綺麗だったことを思い出した。


「佐藤さんって、中学の時も陸上部だったんですよね」


あくまで、確認のフリをして聞く。


「あぁ。そこそこいい記録出してたようだが、佐藤も同時に足を壊したっていうから…やる気があるやつがそうなるのは、悲しいよな」


コーチは苦い顔をして、話を変えるように手を叩いた。


「佐藤といえば、もう出したか?入部届け」


…しまった。


昨日は疲れすぎててなんもしていない。


「あ、忘れてました…印刷して明日持ってきます」


「あー、無理して印刷しなくてもいいぞ。綺麗に写真とって、佐藤に送ってくれればデータを

もらえるし」


コーチはなんでもないように言う。佐藤さん、大変すぎないだろうか。


「いや、でも直接の方が良くないですか?」


「まぁ確かに。これまでほとんど佐藤経由だったし、こっちでもらうかな。今はおっさんは嫌われてるのか、こうして直接話すのも気を遣ってな…」


「コーチ、そんな嫌われてないですよ」


聞き込みが証明している。しかし、コーチは苦笑を浮かべた。簡単に信じるほど若くないのか。


コーチはメモを取り出して振り向いた。


「そりゃどうも。じゃあ、今教えてくれればこっちで用意しとくよ。留学生だし連絡先わかればいいだろう」


「あら、本当ですか」


確か、入部届けには、名前、現住所、連絡先、保護者のサインが必要だった。


「っ…!?」



…いや、待て。



この情報があれば、狼男の犯行が可能じゃないか。


控えめに言っても、2年の誰もが伊藤(いとう)さんの住所は知っていてもおかしくないとしよう。でも、3年の住所を知らなければならない。


マネージャーの佐藤さん。


目的や理由はともかく、可能かどうか。


彼女に手段が本当に揃っているのか確認するべきだ。


「コーチ、あの入部届けには、住所を書く欄がありましたね」


「そうだ」


「もしかして、そのデータ、過去のものにも佐藤さんがアクセスできましたか?」


「データを収める時に、収納フォルダを教えてたな…」


「確認ですが、それを教えたのって、部内で佐藤さんだけですか」


「ああ。今所属している中では。あいつはどの学年とも仲良かったし」


…そうか。


まずは手段が揃ってしまった。


私の緊張を感じたのか、寶川さんも息を呑む。彼女にも伝わった。選手だけを見ていた私たちの落ち度。


次に理由だ。


…鳥肌が立つ。


これを聞くべきなのだろうか。


私は、そうしたくない。


佐藤さんの顔と、昼のキャリアの最期が重なる。


奥歯が震えて鳴りそうになった時、寶川さんの手が私の手を覆う。


私を引っ張るのではなく、背中をそっと押すように。


…姉川さんが選手として部活動している中、佐藤さんはマネージャーになった。その上で、なぜより良い走りを求めるのか。


それを知ることができるのは、本人以外におそらく2人。


そのうちの1人…これは願いだ。コーチが本当に慕われる人であれば。


私はその願いを込めて聞く。


「コーチ。ずっと顧問をしてるコーチに伺います。佐藤さんは、何を目的にこの部活をしているんですか」


「なんだ突然…マネージャーでも目指すのか」


「はい。目指します」


「はぁ…?まぁいいか。佐藤は、より良い走りの情報を集めるためにマネージャーになりたいって言っててな…」


コーチは一度区切り、言い直す。



「親友の姉川佳菜(かな)を、もう一度先頭で走らせるための、情報を集めるために」



その言葉を聞いた途端、胸を突き刺されるような心地に襲われる。


『陸上部のエースでした。3年を合わせても、とっても速い方で。佳菜と同じ1500mでは大会でも…』


油断してた。


『佳菜は柔軟をサボりすぎなんですよ』

『佳菜も見習ってください』

『佳菜、留学生を怖がらせないの』


仮定できた時点で動くべきだった。


その理由を、知ることを目的にしてしまった。


不利だ。後ろを取られた。


寶川さんも感じたのだろう。顔を伏せて、口を開く。


「コーチ。そう言えば、校長先生がグラウンドの状態について、コーチから話を聞きたいと、先ほどぼやいていました」


寶川さんの話を聞いて、コーチは血相を変えて走り出す。


「はぁ!?ちょっと、それ言ってくれ…でも、サンキューな!すぐ行ってくる!!…おぉ!佐藤!お疲れ様。ちょっと俺呼ばれたから行ってくるから、あと頼むな」



「はい、コーチ」



その声は、体育倉庫の入り口から聞こえた。


寶川さんに続くように、私も振り返る。


「佐藤さん、コーチを逃してくれて、ありがとうね」


佐藤さんは暗い体育倉庫に足を踏み入れて応えた。


「いえ、コーチは佳菜にも優しかったですから」


「…3年生は、違ったの」


私の問いを受けて、佐藤さんは首を捻った。その問いが不思議に感じたらしい。


「いえ?皆さん優しい方でした。聞いたことは教えてくれましたよ」


「っ…」


澄空(すみそら)さん、無駄です」


逸脱。


その言葉が頭をよぎる。


佐藤さんは寶川さんの発言に反応する。


「…あなた達は何者ですか。私の邪魔をするつもりで、ここに来たんですか」


ビリビリと波打つ気迫に、思わず後退りそうになる。


自然と、狼男というシルエットが彼女に重なる。


寶川さんは答えた。


「そんなこと、あなたには関係ないはずです。あなたの次の目的の方が重要です。あなたが動くと、人が死にます」


「寶川さん!?」


「…訳がわかりません。勝手に死んだ、もう走れない人はどうでもいい。私は、より良い走りを知りたいだけ。次は…寶川さん、あなた」


え。


香芝さんではなく、寶川さん?


…そうだ。報告した寶川さんの記録は香芝さんより速い!


「しまっt」


反射的に寶川さんを庇おうとした私の視線の先に、寶川さんはいなかった。


遅れて、ダン、と壁から鈍い音が響く。


肥大化した足での急加速。


人にしては不自然なまでのシルエットと、その膂力。


寶川さんは狼男に壁に叩きつけられていた。


「が…ふ」


「あなたの足、綺麗ですよね…本当に無駄がない」


その欲望とも呼べる純粋な気持ちは、寶川さんを抑えるために腕まで肥大化させる。


その意識が寶川さんの足だけに行っているのか、寶川さんは血で染まった口を開く。


「狼男…は、物質結合系…です。圏は…張ります。楠木…さんを…あなたは、逃げ…」


「うるさいなぁ…黙っててね」


狼男は左腕で寶川さんの頬を張る。


今度こそ、寶川さんからだらりと力が抜けた。


寶川さんは正しい。


寶川さんしか注意を引けないだろう。


私は楠木さんを待つべきなんだろう。


でも、それ以上に。


『…楠木さんと、寶川さんには、シンドロームはないんですか』


過去に私が言った言葉と、寶川さんの反応を思い出す。


もう、ごめんじゃないか。



「…あなたの脚は、醜いよ」



自然と、口が開いた。

・1日おきに続きを投稿予定です。

・CASE FILE 01: 狼男は完結しています。全16話完結(7/1完結予定)。

・pixivで全編投稿済みです。先が気になる方はこちら(url: https://www.pixiv.net/novel/series/15989613)へ!

・感想やリアクションが励みになります!どうぞよろしくお願いいたします。

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