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page13:整理

ーーーーーーーーーー


私と寶川(たからがわ)さん、蓮華(れんか)さんが屋上で待っていると、楠木(くすのき)さんが…寶川さんたちが言うには楠木さんの人が、ガラガラと扉を開けて登ってきた。


当然、鍵がかかっていたのだが、寶川さんが私との手錠を即席の鍵に変えて開けてしまったのだ。


「お疲れ様です、皆さん」


その女性は言った。当然ながら声も違う。凛としつつ、落ち着いた声だった。


楠木さんの線をさらに細くしつつ、肉感やボディラインが女性的になっている。当然ながら喉仏もない。


髪はいくらか長くなっているが、ボブ寄りの寶川さんよりは量も少なく、短い。制服は不思議なことによく似合っていた。


ただ、話し方を聞くと、確かに楠木さんだとわかる気がした。


楠木さんは忘れていたように黒縁のスクエアとウェリントンのミックスのようなメガネをかけつつ、フェンスに寄りかかった。


「さて、じゃあ情報を整理しましょうか」


楠木さんが手を合わせて言ったのを慌てて止める。


「あの、流石に、気になります」


言うと、楠木さんはクスリと悪戯っぽく笑う。その表情や動作は、どこか織星さんと重なる気がする。


「失礼しました。この姿は…物質結合系を用いた形態変化の応用です。寶川さんがスプーンを折り鶴にしたのと、基本は同じことをしています」


いくらか細くなった指先を立てて話してくれた。


「ってことは、寶川さんが?」


私の視線を受けて、寶川さんは首を振る。


「私にあそこまではできません。それに、人体への適用は、少しのミスが文字通り命取りです。他人になどもっての外です」


「でも、楠木さんは私と同じ圧力・振動系だって」


私が楠木さんに視線を向けると、楠木さんは指をもう一本立てる。


「私は、圧力・振動系と物質結合系のダブルキャリアですから」


ダブル、キャリア。


すごい、とかではなく、そんなことが可能なのかという考えが真っ先に浮かぶ。


1つの制御ですら、大変だったのだ。たった一つのシンドロームと共に過ごしてきたこれまでで、どれほど苦労したか。


「そんなことが、できるの…?……あ」


できるわけがない。


だからだ。


昨日の晩に聞いた深度の話。だからこそ、楠木さんは逸脱しかけたのだ。


私の反応に頷くと、楠木さんはポケットから黒く、手のひらほどの長さの何かを取り出した。


四角いそれを組み替えると、ストローのような口が露出する。


「…失礼します」


楠木さんは顔を逸らすとそのストローに口をつけ、離す。


その口からは白煙が昇った。


「タ、タバk「電気式シーシャです」


私の声にかぶせるようにして楠木さんは訂正した。


あ、今の表情は明確に楠木さんだ。


「ニコチン摂取はしません。マグノリアの営業妨害になりますよ」


風で少し流れたその白煙からは、私も知っている少し甘いホワイトティーの香りがした。


「…流石に、これほどの形態変化をした後は落ち着かなくて。織星先生からの処方みたいなものです」


わざとらしく"先生"と言った楠木さんは2~3回吸ってポケットにしまった。


そこで、私はカフェテリアから屋上に移動させた意味を理解した。そこまでして、吸いたかったのだろう。それほどに落ち着かなかったのだ。


改めて、楠木さんは口を開く。


「お待たせしました。では、改めて、情報を整理しましょうか」


楠木さん以外は、食事をとりながら会話を進めた。


グラウンドでは、まだ調停員さんたちが作業を進めている。蓮華さんと調停員さんが圏を張り続けることで、生徒たちは何も知らぬまま意識を失っている状態らしい。


初めに、楠木さんから熱循環系の男について共有された。


昨日の深夜から海成高校付近で目撃情報が出たため、楠木さんが準備していたこと、潜入された場合、カフェテリアのような人が集まる場所にいると被害が拡大するため、馴染める制服姿で待機していたこと。


男性の姿はカフェでさらしていたため、女性形態で待機することになったという経緯を話してくれた。


そして、この襲撃でわかったことは以下の通り。


まず、狼男は十中八九ここの生徒であること。


次に、狼男は熱循環系の男から"アウター"なる劇物を受け取り、それによりキャリア化している可能性が高いこと。そして、これまでの情報から、逸脱傾向にあることが予想されること。一方で、圏内で活動している陸上部員はみられなかったこと。


「となると、まずいですね」


楠木さんがリッド付きのカップでコーヒーを飲みながら言った。


蓮華さんが頷きつつ、私たちを見る。


「狼男は圏内の一般人の様子を知っていて、今回は演技をしていたことになる。その間、活動している2人を見ていた」


「寶川さん、結構な力で肩をたたいてましたけどね」


「そこまでではありません」


否定した寶川さんに対し、楠木さんは笑いかける。


「構いません。意識的に圏を抑えられては、なかなか気づけませんから。こちらから圏を出して反応を見る方法もありますが、あの時はしなくて正解です。あの男がお二人向かうと大事になっていました」


しかし、問題は問題のまま。


「つまり、狼男は、私たちがキャリアであることを知っている可能性が高いと」


楠木さんは頷く。


「キャリアとして見られているのは間違いありません。その上で、CAMや警察のような存在であることも予想するでしょう」


寶川さんも頷いた。


「確かに、このタイミングでキャリアがたまたま留学してくるとは思わないでしょうね」


「あ、そっか。じゃあ...アウトサイド?じゃないにしろ、自分を捕まえに来ていると思うのか」


「そうだと思います」


となると、と楠木さんは飲み口を親指でぬぐいながらこちら見る。


「狼男は動くでしょうね...では澄空(すみそら)さん、狼男が動くとすると、何をすると思いますか」


え。


狼男の、根源的な欲。


「...わざわざキャリアになってまでしたかったことを成し遂げるんじゃないでしょうか」


「目的と標的は」


目的。何だろう。


これまでの噂、被害が全て狼男のせいだとして。


成績か?名誉か?


違う気がする。だとしたら、この学校で収まっていても意味はない。大会にはどの学校の生徒もくるし、より強敵がいるはず。ならば、噂はもっと広がる。


恨みか、復讐か。


それはない。3位を殺害し、1~2位が怪我で済んでいることに理由がつかない。それに、噂となった夢...記憶と合わない。


...なら。


「より良い記録、速さ。順位ではない...もっとよく走ることへの渇望...」


私のつぶやきを拾って、寶川さんが考え始める。


「より良い記録、ですか。3年が話していた夢の内容が本当だとしたら、足を褒められたという点も通る気がします。足の構造を知るために、家を訪れていた。その間、圏が作られたので、記憶がおぼろげになった」


それがエスカレートして伊藤さんの事件が起きた。そういうことならば、現場の写真や伊藤さんの被害も筋が通る気がする。


しかし、それならば対処は簡単ではないか。


「なら、香芝(こうしば)亜実(あみ)さんと姉川(あねかわ)佳菜(かな)さんをこちらで保護すればいい。どちらかが標的で、狼男なんですから」


私の発言に、楠木さんが首を振った。


「それはできません」


「え」


「まず、被害者の保護ですが、いつまで続くか見通しが立たない。狼男が保護...監視された状態で尻尾を出すかどうかもわからない。CAMにはそれを粘る人員はいませんし、狼男のシンドロームが何かもわからないまま警察に任せるのはリスクがあります」


「じゃあ、どうするんですか」


私が聞くと、蓮華さんが首をひねる。


「対象が2人だったら、二手に分かれて、それぞれの家に張り込むのはどう?動き出した方をどうにかすればいい」


蓮華さんの提案に、楠木さんが頷く。寶川さんへ視線を移す。


「住所はわかりますか?」


「いえ。ただ、校内の資料をみれれば…」


「手配します」


楠木さんや寶川さんが準備を進めていると、いつの間にか温かな圏の感覚がなくなっていた。


「蓮華さん、もういいんですか」


蓮華は少し目を丸くして頷いた。


「よく気づいたね。さっき、調停員さんが引き上げたって連絡があったから、少し弱めたんだ。2人が教室に帰ったら完全に解くよ」


「あ、まだ弱めただけだったんだ…。それにしても、校庭は酷い。今日も走るのは無理そう」


「そうだね。2人が入部してから結局走ってないまま…」


私と蓮華さんの視線の先は、熱にやられたゴム質のグラウンドが見えている。


そういえば。


「ねぇ、キャリアが事件を起こした場合って、どうやって捕まえてるの?手錠とか意味ないキャリアもいるでしょ」


「あ、えっと…」


先ほどの会話から気になっていたことを聞くと、蓮華さんは視線を逸らす。


少しの間、誰からも答えは返ってこなかった。


…え、なんで黙るの。


やがて、楠木さんが口を開いた。


「…例が、ありません」


「え、でも犯罪がなかったわけないし」


「少なくとも、長期的な捕縛の例がありません。おっしゃる通り、手錠や縄、鉄格子といった道具は意味をなさないことがほとんどです。それに加え、今回のように自決したり、逸脱の結果亡くなったり、CAMや警察との戦闘の結果亡くなったり。これまでに捕縛の例はありません」


「…みんな、死んでるってことですか」


「結果として、そうなってしまっています」


楠木さんが口を開かなかったのは、どう伝えるか悩んでいたからだろう。意識的に殺すべきだと思っているわけではないようだった。


「じゃあ、今回の、狼男が…姉川さんや香芝さんだったとして…」


私が言おうとしたその先を、寶川さんが止めた。


「やめてください。まだシンドロームすら不明なんです。方法があるなら捕縛します」


「…そう、だよね」


私は自分に言い聞かせるように、そう言った。

・1日おきに続きを投稿予定です。

・CASE FILE 01: 狼男は完結しています。全16話完結(7/1完結予定)。

・pixivで全編投稿済みです。先が気になる方はこちら(url: https://www.pixiv.net/novel/series/15989613)へ!

・感想やリアクションが励みになります!どうぞよろしくお願いいたします。

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