page10:部活動
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あっという間に放課後になった。
海成高校の陸上部は男子陸上部と女子陸上部に分かれて、順番に運動場を使っているらしい。
今日の放課後は、女子は室内でウェイトなどを行うとのこと。
更衣室で着替えて、体育館の片隅に集合した。
体育館のほとんどは球技系の部活が使うみたいだ。今日はバレー部が練習している。
初めに、香芝さんたちが仲介して部員に対し私たちの紹介が行われた。
今日は集まったのはすでに見知った3人の他には各学年2〜3人と少なく感じた。
「あの、姉川さん」
挨拶の後、各々が順にメニューをこなす中、姉川さんに話しかける。
「ん、どったの?」
「陸上部メンバーってこれだけ…?」
「…あー。今いるのは半分くらい。残りは学校ごと休みだって」
姉川さんによると、昨日の時点で、被害者について"死因は不明"としか聞かされていなかったらしい。
部活内では、伊藤さんが不審死を遂げた、と噂となった。最近、ただでさえ不調者や怪我人が増えていることもあり、部活内不和による自殺、新種の感染症、殺人を疑う人が学校を休むのも当然のことだろうと姉川さんは話した。
死因を知るのと想像しかできないの、どちらがマシなんだろうか。
そんなことを考えつつ、寶川さんと並んで、なんとか他部員と同様のメニューをこなす。
私は痩せ我慢だが、寶川さんは本当に表情を変えていない。恐ろしい子だ。
あの細い身体に何が詰まっているのか、と思ったが、レッグレイズやランジの際の足を見ると、太ももやふくらはぎなど、しっかりと筋肉がついていることがわかる。
「…努力の成果、かぁ」
ため息をつきつつ見渡すと、姉川さんは他部員と少しズレてメニューをこなしている。コーチの言いつけを守っているわけだ。
途中、休憩をしていた香芝さんに近寄る。
「お疲れ様、香芝さん」
「あら、お疲れ様。筋トレは苦手?」
「まぁ、そうね…姉川さんほどじゃないかもしれないけど」
視線を姉川さんに向けつつ言うと、香芝さんは少し悩んでいる様子で話してくれた。
「佳菜は中学の最後の大会前で大きな怪我をしちゃったの…しかも大会と関係ない場所で、ね」
「…え」
「私は大会で、咲は佳菜と同じ中学校で、知ってたんだけどね。それから、怖くて全力を出せなくなったみたいなの…残酷よね」
あの飄々とした物言いや、食事などに出る香芝さんたちとのストイックさの違いは、そこにあるのかもしれない。
「昔の佳菜は、私の前を走ってた…私の目標だった。負けたいわけじゃないけど、また彼女には私の前を走って欲しいと思うの」
そう言う気持ち、以前の私にもあった気がする。それを思い出しながら引き継いだ。
「じゃないと、追い抜けないもんね」
私の言葉を受けて、香芝さんはニヤリと笑った。
「…わかってるじゃない。だから、私は私にできることをするの。いつでも、トップは私だって言えるように」
そう言った香芝さんの表情は、獰猛な狩人のように見えたし、スポーツマンシップ輝く選手のようにも見えた。
そのどちらに寄っているのか、わからなかった。
それでも、私は吸い込まれるように、寶川さんと同じメニューの練習に戻っていた。
練習の後半、佐藤さんが選手の様子を見ながらタブレット端末に必死に記録しているのが見えた。佐藤さんは女子陸上部のマネージャーだ。様々な記録を知っているだろう。
最近の不調者や怪我人が狼男と関連していた場合、記録を見ることでその傾向を探れるかもしれない。
近づいて声をかける。
「あの、佐藤さん」
「はい、どうしました?」
佐藤さんは顔をあげてこちらをみた。
「私と寶川さんって、北海道での記録伝えておいた方がいいのかなって思って」
「あー、確かに、あるとありがたいです。明日はグラウンドを走れると思いますし、記録が近い人同士走った方が燃えますしね」
「なるほど...あと、もしよかったら、みんなの記録を見せてもらうことってできる?北海道の人たちと比べて、いいトレーニングとかあれば持ち帰りたいからさ」
少し踏み込みすぎたか、と思ったが、佐藤さんは少し考えて頷いてくれた。
「記録は部内で公開されていますし、大丈夫だと思います。あ、データを送るのとかは流石に...」
「あ、そこまでは大丈夫」
「じゃあ、ページ出しますね」
佐藤さんはタブレットを操作して、持ったまま角度を変えた。後ろから見てくれということだろう。
私は寶川さんを呼んで、ありがたく記録を見せてもらった。そのページは、部内1500mの選手の記録一覧だった。
思っていたより、学年は関係が無いようで、3学年入り乱れて上位を争っている。
1500m選手は全部で6人。その中には、被害者の伊藤さんの名前もあった。堂々の3位だ。
...3位、かぁ。
正直、パッとしないと感じてしまった。恨みつらみではないということだろうか。1位だから殺されたわけではないということがわかってしまう。
香芝さんは次いで4位。姉川さんは5位。
寶川さんは、記録を見てつぶやく。
「なるほど、海成の皆さんは素晴らしい成績をお持ちですね」
「あ、はい。おかげさまで」
佐藤さんの反応からしても、良い成績なのだろう。よくわからなかった。
寶川さんが不意に視線を耳へ。楠木さんからの指示だろうか。
すると、寶川さんは不意にやや棒読みを発動した。
「澄空さんは、自分の成績にしか興味ありませんからね。もっと世の記録を知るべきです」
そして、画面へ向けて指をさした。
「姉川さんは6人中5位ですが、姉川さんの記録でも区大会程度であれば表彰台は固いでしょう」
「な、なるほど?」
「上位4名...香芝さん以上においてはここ2~3年の関東大会出場者の記録と比べても遜色ありません」
なるほど。寶川さんはここら辺の知識を抑えてきてくれたのか。楠木さんはそれを私に共有してくれたのだろう...いや、姉川さんの記録でさえ、直近の私の体力テストと比べるとすさまじい差があるのだが。
私が冷や汗をかいていると、佐藤さんは苦笑する。
「流石に、これはここひと月の最高記録です。本番でこれが出せれば、そのぐらいまで進めるということですね」
「まぁ、この世界はコンディション調整も実力のうちだもんね...ん?」
それっぽいことを言っておきつつ、上位3名に注目したが、その名前は今日の自己紹介でいなかった気がする。
「このお三方、今日は休み?」
私が聞くと、佐藤さんは気まずそうに言った。
「...怪我で。3人共です」
「...そっか」
寶川さんと顔を見合わせる。寶川さんは頷いた。狼男では、という読みだろう。
自分より上の記録保持者を狙った…?そんな理性的な犯人が、狼男と呼ばれるか…?
結論は出なかったが、今日集められる情報は集めきったと思う。
私は姉川さん付近の記録、寶川さんは香芝さんより少し早い記録を佐藤さんに報告したところで、活動を終えた。
更衣室で、姉川さんに話しかけられる。
「そういえば、お2人とも、この後ご飯どう?新歓的な」
「あー、いいね」
反射的についていく方で答えたが、どうなんだろう、と悩んでいると、香芝さんが姉川さんにデコピンする。
「おバカ。まっすぐ家に帰るに決まってるでしょうが。これ以上コーチの胃を悪くさせないの」
「うーぃ...」
姉川さんたちの様子を苦笑して眺めていた佐藤さんは、寶川さんを見て聞いた。
「そういえば、お2人はどこら辺に泊っているんですか?」
「私と澄空さんは、私の親戚の家に泊っています。羽鳥の方です」
寶川さんの答えに、姉川さんと香芝さんはそれぞれ反応を見せる。
「え、通いやすそうじゃん。いいなぁ」
「え、一緒に暮らしてるの!?」
佐藤さんはそういえば...とカバンからスマホを取り出す。楠木さんのフィルムスクリーン型とは違い旧型の薄型スマホだ。まだまだファンが多い。
「コーチから、入部届を出してくれと伺っています。連絡先をいただければ書式を送ります」
「あ、じゃあこの機会に我々も交換してもいいですかな?」
「もちろん」
5人のグループができるまでの速度が速い。これがJKパワー...と慄いているうちに、佐藤さんから書式が送られてきた。
名前、現住所(これは注釈の上でこちらでの仮住まいで良いらしい)、連絡先、保護者のサインが必要とのこと。
保護者はどうするんだろう。楠木さんあたりが「寶川」って書くのかな。
「これは印刷してコーチに渡せばいいの?」
「はい、そうしてください。印刷が手間なら、私に送っていただければ毎朝のミーティング中に渡しておきますよ」
「それはありがたい」
佐藤さんの確認が取れたところで全員着替え終わった。みんなで藤沢本町駅へ向かい、3人を見送った。
示し合わせたように、楠木さんの車が到着する。
「お二人とも、お疲れ様です。どうぞ乗ってください」
楠木さんが窓を開けてねぎらってくれた。
私と寶川さんがそれぞれ乗り込む。
「お疲れ様です...お迎えまでありがとうございます」
「ありがとうございます。失礼します」
革素材の座席に座ると、急に力が抜けた。途端にズシリと身体が重くなる。
思ったより、疲れているのかもしれない。
そんな様子を感じ取ったのか、楠木さんはどこか微笑ましげに口を開く。
「久々の高校生活は疲れたでしょう」
静かなモーター音を聞きながら頷く。
「疲れました…」
「ただの学校生活ではなく、身分を隠した調査ですからね。余計疲れたでしょう。短い間ですが、寝てても構いませんよ」
寶川さんも振り向いて頷く。
「CCも随分と行なったと思います。相当疲れているはずです。休んでください」
「…じゃあ、お言葉に甘えて」
争うことなく瞼を閉じると、重心が底抜けに落ちていくようだった。
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【澪莉】
スゥスゥと澄空さんが寝息を立てる。その姿に、私はどこか安心感を覚えた。
隣を見ると、楠木さんも同様のようだ。
「昨日の今日で、彼女はやりすぎです」
私の一言に、楠木さんは驚きつつ、どこかプレゼントをもらった人のように微笑んだ。
「…そうかもしれませんね。私からも時音さんに言っておきます」
「……何か」
「いえ、寶川さんが誰かのことに言及するのは、珍しい気がして」
そうだろうか。そんなことはないと思う。
ただ、今日1日彼女に頼りっぱなしだった自覚がある。そんなに負担をかけるつもりはなかった。しかし、彼女でなければ、1日でここまで陸上部との関係性は作れなかったはずだ。
「…私だけでは、ここまでできませんでした」
「…うん」
「彼女に、あまり負担をかけたくないと思います」
「そう、ですか」
しばし無言。赤信号に差し掛かり、ウィンカーの音が響く。
楠木さんはこういうところがある。私が欲しい言葉を知りつつ、言わない。時音さんや織星さんにはしない行動な気がする。
「…私は、力不足でしょうか」
「私は、そう思いません」
ただ、聞いたことには答えてくれる。
「現状、役割分担といいますか。澄空さんは相手のことを掴むのが上手い。対応が上手いかはともかく…相手の機微がわかる。だからこそ、この調査は上手くできるのでしょう」
一度私と視線を合わせて、楠木さんは続けた。
「ただ、澄空さんはまだ想像力が足りない。陸上選手の記録水準を調べていなかったり…きっとこの先起きるであろうことへの対処には限界があるでしょう。そこは、今日のように寶川さんがフォローする必要があります。今日の成果は2人の…あなたたちバディのものです」
昼間の私のセリフを聞いていたのか、楠木さんは悪戯っぽく言った。そのままハンドルをゆっくりと切り、ちらりと澄空さんを見る。
「彼女と組むのは…どうですか」
「…特に」
なんと言い表していいのか分からず返すと、楠木さんは間を空けず頷いた。
「それはよかった。マイナスがない人間関係は貴重です。潜入調査自体は寶川さんも初めてですから、頼れるところは頼りましょう。お礼を伝えると、きっと喜ばれますよ」
そう言うものなのだろうか。私が澄空さんの寝顔を見つつ考えていると、楠木さんは続ける。
「寶川さんが澄空さんに感じている以上に、澄空さんは寶川さんのことを頼りにしていると思います。そしてそれ以上に…」
私の視線を再度受け止めて、楠木さんは言った。
「私は、寶川さんを頼りにしています。無理に頑張る必要はありません。寶川さんには充分な知識と準備がありますから」
「…頑張ります」
それしか言えなかった。なんと答えればいいかはわからなかったけれど、楠木さんからの期待は不思議と重荷にならない。
それにしても、と楠木さんはバックミラーで澄空さんを確認する。
「彼女は、何者なんでしょうね」
確かに、不思議な人だ。
「CCを実地で…結果的にそうなる場合もありますが、ここまで詰め込む例は聞いたことがありません」
「時音さんには考えがあるのでしょうが…この先に起こり得ることは、あまり踏み込んでほしくないんですがね」
「……。」
キャリア化した人たちは何人か見てきた。ただ、キャリアが起こしたであろう事件に係るキャリアは一握りだ。キャリアといってもシンドロームを抑えればただの一般人。彼女はその一線を超えている。
キャリアがシンドロームを使うと、大抵の場合何かが起きる。そして、血が流れることも多い。
彼女は、それがわかっているのだろうか。
不安の波に足元を攫われるような感じを覚えると同時に、いつの間にかカフェ・マグノリアが見えていた。
・1日おきに続きを投稿予定です。
・CASE FILE 01: 狼男は完結しています。全16話完結(7/1完結予定)。
・pixivで全編投稿済みです。先が気になる方はこちら(url: https://www.pixiv.net/novel/series/15989613)へ!
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