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からくり娘と三人の魔神  作者: ふたぎ おっと
タイル2.リモナとポンコツ旅とランプの魔神
37/38

2-12.ランプの魔神——ラシード

 祭壇の上に立つ赤い髪の男。

 頭には白いターバンを被り、白い長衣の上には派手な金飾りが首から下がっている。猫のような神秘的な金色の瞳に、人間離れした美しい顔立ち。

 じっと見ていると、アズラクを初めて見たときのようなゾクゾクが、身体を駆け抜けた。

「お前が新しい主人?」赤髪の男は値踏みするようにリモナを眺めた。「これが?」あからさまに顔を歪める。

 リモナは目をぱちくりすると、ムッとした。「アズ。これがアズの友達?」

 アズラクはどっちに何を言うべきか唸った。「ラシード、久しぶりだな」とりあえずリモナを無視することにした。

 ランプの魔神——ラシードは、扉の向こう側のアズラクを見た。

 瞬間、顔が和らいだ。

「アズラク、久しぶり」しかし次の瞬間、表情を戻した。「で、何でこんなの主人にしてるの?」

「何でって、まぁ成り行きだが」というか成り行き以外に主人を選べないものなんだが。

「ふふん、教えてやろう」リモナが得意げになって鼻を揺らした。「あたしが親方で、アズが見習い弟子なの」

 ラシードは冷めた目でリモナを見た。

 そして無視した。「この人、頭大丈夫?」再びアズラクを見る。

「それが平常運転だ」アズラクは唸りながら言う。「なぁ、ところで何で俺そっちに行けないんだ?」

「それに踏み石ないけど、どうしよう」リモナも思い出したように質問を重ねた。

 ラシードは肩をすくめた。

「まずアズラクの質問だけど、なんかアイツが魔法陣作ってなんかしたみたい。まぁ、結局アイツもここで飢え死にしたんだけど」

 そう言って、部屋の端っこを手で示した。

 そこには金縁の白い長衣を着た骸骨が転がっていた。

「うわっ、あんなのあったの?」リモナは今更怖がった。

「あの礼服……」アズラクは白い長衣を見て眉間に皺を寄せた。あれはアズラクを海に捨てたヤツがよく着てた神官服だ。

「それからお前の質問だけど」

 ラシードはリモナを見下ろした。

 するとリモナの身体が浮いた。

「うわっ、アズの魔法みたい。あなたも風の魔法なの?」

 ラシードは眉をひそめた。

 この女、ランプを取りに来た割にそんな程度の知識なのか?

 リモナは泉の対岸へ降り立った。ラシードもタッと祭壇を飛び、対岸へ降りる。

「で、新しいご主人様——」

「リモナ、だ」アズラクが差し挟む。

「そう、リモナ。よろしく」リモナは右手にランプを抱えたまま、反対側の手を差し出した。

 ラシードは、指輪の嵌ったリモナの右手と、差し出された手を交互に見て、眉根を寄せた。

「リモナ」ラシードは結局リモナの手を取らずに話を進めた。「僕はお前のしもべ。お前の願いを何でも叶えてやろう」形式的にお礼をする。

「へ?」リモナは茶色のまんまる目を丸くした。「しもべ? 何で?」

 ラシードは猫のような金色の目を細めた。「お前がランプをこすったんだろ」

「リモナ、そいつはランプの魔神なんだ。だから——」

「あ、分かった! ラシードもあたしに弟子入りしたいの?」リモナはアズラクの話半分に両手を叩いた。

「はあ?」ラシードはアズラクを見た。

「うん、まぁ、分かるよ。俺もそんな反応だった」アズラクは呆れたため息をついた。

「よく付き合ってられるね」ラシードは珍獣を見る目でリモナを見た。「で、何かないの、願いごと」

「願いごと? うーん」リモナは頭に指をついて考える。「まずはお腹空いたでしょ」

 ラシードは再びアズラクに助け船を求めた。

「んで、あ、そうだ。そろそろ昇降滑車やらなきゃたがら、オルテンザに帰るでしょ」リモナは腕組みした。「んで——」

 ぐうぅぅ。

 リモナはお腹を押さえた。

「ねぇ、二人ともお腹空かないの?」

 アズラクは口を押さえて笑いを堪えた。


 洞窟を出ると、滝壺の広場にヒヒが集まっていた。

「ウワッワ<赤いの、赤いのが出てきた>」

「ウワッキッキッ<赤いの、青いの!>」

「キャッキャッ<あのちんちくりんが穴開けた!>」

 ヒヒたちは何やら楽しそうに興奮していた。

 アズラクとリモナを連れてきたヒヒが、三人の前までやって来た。

「あ、なんかいっぱい持ってる!」リモナが指差した。

「ウワゥ……<これを>」ヒヒは、腕いっぱいのザクロやイチジク、バナナやオレンジを、三人の前に置いた。

「オレンジある! アズ、オレンジあるよ」リモナはまっすぐオレンジを手に取った。

——この女、いつもこうなのか?

 ラシードは風でアズラクの耳元に囁いた。

——ほぼ食い気とからくりだ。

 アズラクも同じように返した。

「みんなで分けよ。ほらヒヒ君も」リモナは早速オレンジを剥くと、一粒ヒヒに差し出した。

「ウワゥ……<あげたものを食べるのは行儀悪い>」ヒヒは手を上げて首を振った。

「え、食べないの? まぁいいや。アズ、はい」リモナはヒヒに出した一粒を口に入れると、残りの三分の一をアズラクに差し出した。

「ありがと」アズラクは受け取った塊を丸ごと口に入れた。「お、久々に美味い」

「だよね」へへとリモナは笑うと、残った片方をラシードに差し出した。「ラシードも、ほら」

 ラシードは眉間に皺を寄せたまま、目を丸くした。リモナとオレンジを交互に見る。

——もらっとけよ。こいつはそういうやつだ。

 アズラクは風でラシードの耳元に囁いた。

 ラシードは未だに不可解な顔をしている。

 無理もない。リモナが謎生物だからな。

 すると焦れたリモナは、ラシードの口にオレンジを押し付けた。「ほら、オレンジ食べたら機嫌直るから」

 ラシードは瞬きしながらオレンジを齧った。眉間の皺が、少し薄くなった。

 リモナは満足そうに頷く。「あんな洞窟にずっといたんじゃあ、そりゃあ不機嫌にもなるよね」残りのオレンジを自分の口に放り込みながら言う。

「お前、僕がそれで機嫌悪いと思ってるの?」ラシードは静かに聞いた。

「ん? 違うの?」リモナは茶色のまんまる目を丸くした。「じゃあ何で?」

「ていうか機嫌が悪いわけではないんだけど」お前が理解不能過ぎて困ってるんだけど。

「ええ、それは嘘だね。ずっと顔ぶすっとしてる」リモナは自分の眉尻を指で吊り上げた。「オレンジは好きじゃないのかな、アズならオレンジでイチコロなのに」

「お前、俺を何だと思ってるんだ」

 アズラクは額を押さえた。

 確かにオレンジは気に入ってるけれども。

 隣からラシードが半目で見る。

——本気でこれに手懐けられてるの?

——……お前もそのうち分かるよ。

「ねえ、ラシードは何が好きなの?」リモナはヒヒがくれた果物をより分ける。「イチジクは?」

「イチジクは食べ物じゃない」ラシードは被せるように言う。

「食べ物だけどなぁ。まぁ、ちょっとくどい甘さだよね。うーん、それなら……この黄色いの何?」

「バナナだな、それは」アズラクが答えた。「ここを剥いて——」

「ほお、すごい! こんな果物あるんだ」

 リモナはバナナの黄色以上に目をキラキラさせた。ラシードに選り分けていたはずのそれを、リモナは一口かじりつく。

「うわ、これは新しい味! あまーい、うまーい、おいしい!」リモナは嬉しそうに房からもう一本バナナをもぎ取った。「ラシードもほら、めっちゃおいしいよ!」

「何でこの人は餌付けしたがるの?」ラシードは風に乗せるのもやめて普通に尋ねた。

「そういうやつなんだ」アズラクはそれしか答えられなかった。

 リモナは首を傾げた。「果物好きじゃないの? 好き嫌い激しいなぁ。そしたらアズの風に乗って、ラシードが気にいるもの一緒に探すしかないね」

「は?」ラシードは口をぽかんと開けた。

「ほら、アズが色んなところに連れてってくれるから、それで機嫌直そ」リモナは馴れ馴れしく励ますようにラシードの肩を叩く。

 ラシードは、完全に理解不能な顔で固まった。

 アズラクは笑えばいいのか、親友を気遣えばいいのか分からなかったが——結局笑った。

「お前、相変わらず魔神というのを理解してねえなぁ」

「ん? どういうこと?」リモナはアズラクを見上げる。

 いや、多分それを聞きたいのはラシードの方だろうが。

「前に言っただろ。こいつはどんな魔法も使える。何でも叶えられるんだよ。どんなところに行くのも、一瞬だ」

「ふーん?」リモナはいまいちピンと来ていない顔で首を傾げた。「じゃあヴェントーリ卿の屋敷に戻るのも?」

「はぁ」ラシードはため息をついて、両手をぱんぱんと叩いた。

 すると一瞬にしてヴェントーリ邸のリモナの部屋に移動した。

「え、すご! 本当に?」目を丸くした。

 突然現れた三人に、リモナの部屋にいた侍女が腰を抜かした。「か、か、神よお救いを……」

「あ、ただいま」リモナはのんきに片手を上げた。

「リモナ様? あ、アズラク様も……」侍女は新たに見る赤髪の男を見て首をふるふる振った。「だ、旦那様!」慌てて部屋を出る。

「今の時代ならあれが普通の反応だよね」ラシードは冷めたように言う。

「お前、今の時代分かってるのか?」アズラクは目を見開いた。俺は指輪から出て世界を把握するのに時間かかったのに。

「知ってるよ」ラシードは肩をすくめて言う。「ランプの中からでも、ちゃんと世界は見えるからね」

 アズラクは、世界の動きを眺めながら何千年もあの洞窟の奥でランプに閉じ込められる暮らしを想像してみた。指輪に閉じ込められて何千年も海で流されるのとどっちが良いのか、全く分からない。

「あーでも一瞬で帰って来ちゃったから、ヒヒに挨拶もしてないし、果物置いて来ちゃったね」

 ラシードは再び目を丸くした。

 アズラクは顔を逸らした。全能の魔神を前にしても相変わらずだな、リモナは。

「えっと、こうすればいい?」ラシードは困惑しつつ、両手をぱんぱんと叩いた。

 するとリモナの部屋に、ヒヒがくれた果物が現れた。

「え! どうしたのこれ? すご!」リモナは茶色のまんまる目を丸くした。

「あと、はい」ラシードはもう一つ、両手を叩いた。

 すると、三人は一緒にしてさっきの滝壺に戻った。ヒヒが目を丸くして飛び跳ねた。

「ウワッワッウワッワッ!<帰ってきた! 帰ってきた!>」

「ほわ、すごい! どうなってんの?」リモナはきょろきょろした。

「もう説明面倒臭い」ラシードが言う。

「いや、お前何にも説明してねぇだろ」リモナを珍獣のように見てただけだろうが。

 リモナは案内してくれたヒヒに手を差し出した。「へへ、果物ありがとうね。あと案内も」

 案内より果物なのかよ。

 アズラクはガクッとした。

 確かにリモナらしいけど。

 ヒヒは躊躇う様子もなくリモナの手を取った。

「オルテンザにも遊びに来てね」リモナは握った手を振った。「あ、そうだ、なんか困ったらからくり作りに来てあげる」

「ウワゥ……<よく分からんが、達者でな>」

「全く会話の意味が分からないし、ヒヒにあんな挨拶する人間見たことない」ラシードが隣で言う。

「うん、俺もだ」それにリモナは永久に理解不能生物だ。

 リモナは満足した様子で振り返った。「よし、帰ろっか」

 アズラクとラシードは互いに顔を見合わせた。

「リモナ、帰るのは良いがそれ、無くさないようちゃんと毎日付けとけよ」

 アズラクは、リモナのローブのポケットに雑に入れられているランプを指差した。

 リモナは目をぱちくりすると、ローブを捲り上げ、ランプの取っ手をドレスのリボンに巻きつけた。「これでいい?」

 アズラクとラシードは揃ってため息をついた。

「アズラク、ちゃんと教育しとけよ」

「善処する」

 そしてラシードは両手を叩いた。

 再びヴェントーリ邸のリモナの部屋に戻った。

 部屋の前には、ヴェントーリ卿とルカが来ていた。

 二人ともびくりと驚くが、ルカの方がいち早く向かってきた。

「リモナ、帰ってきた!」ルカはまっすぐやってきて、リモナを抱きしめた。「あぁ良かった! 急に消えたから心配して……」

 アズラクは思い出したようにムッとした。あいつ、心配だったのはいいが、やっぱり馴れ馴れしいな。

 ラシードは不可解そうに親友を見た。

「リモナ、無事なのか?」ルカは身体を離してリモナを見た。

 リモナはケロッとした様子で頷いた。少しだけ顔が赤い。

 部屋の気温が数度下がった。

「それはそうと、そちらは……」ヴェントーリ卿がラシードを見た。

 ルカも今気がついたようにラシードを見る。

「あ、紹介しますね」リモナはなけなしの礼儀作法を思い出して言う。「彼はラシード。アズの友達で、何だっけ? ランプの魔神?」リモナは首を傾げた。

「ランプの魔神?」ヴェントーリ卿とルカが同時に声を上げた。

「まさか……指輪の魔神に続いてランプも……」ヴェントーリ卿は目を見開いて、青と赤の魔神を交互に見た。

「なら、リモナ……」ルカは困惑の眼差しをリモナに向ける。

 リモナは何にも分かっていない顔で首を傾げた。

——あっちの二人のが、まともに状況理解してそうなんだけど。

——いや、うん。その理解は正しい。

「ねぇそれよりルカ」

 ルカは驚き冷めやらぬ目でリモナを見る。「何かな? 疲れたよね?」

 リモナは首を振った。

「昇降滑車。そろそろ部品揃ったかな?」

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