2-11.いにしえの洞窟
ヒヒが案内する道のりは、なかなか困難だった。
崖を登り、谷を越え、岩壁を這う。確かにこれは、生きては辿り着けない。
「こんなのアズいなきゃ無理でしょ」リモナは後ろからアズラクにしがみついて、一緒に浮いた。「しかも全然森の奥とかってレベルじゃなくない?」
「まぁそんなもんだ」アズラクは何でもないようにヒヒについて行く。
すると岩と岩がぶつかり合って出来た隙間に、ヒヒはするりと入っていく。アズラクはリモナを連れて、ヒヒに続いた。
ギザギザの葉っぱに囲まれたそこは、小さな泉のようになっていて、上から長い滝が降りていた。
「すごい、神秘的!」
リモナは通ってきた岩と岩の隙間と、隠れたようにある滝壺を眺めた。長い滝は、上の方は水が降りてるのに、下の方は水が消えて霧になっていた。
「ウワッワッ」
ヒヒは滝壺の奥の岩壁を顎で示した。
そこには大きな岩が鎮座していた。
「あそこが入り口か……」
アズラクが呟くと、ヒヒは頷いた。
ヒヒは近くの木に登って、二人を見守る。
「とにかくあれを動かすか」
アズラクは岩に向かって両手を伸ばし、岩を浮かそうとする。
しかし岩は動かない。
アズラクは首を捻って、更に強い風を送り浮力を強めた。
しかし、やはり岩は動かない。
「ウワッワッ」ヒヒが何か言う。
アズラクは眉を顰めて怪訝な顔をした。
「なんて言ったの?」リモナは尋ねる。
「お前、あの岩に向かってこう言え」
「うん?」リモナは岩に向かった。
「開けゴマ」
「開けゴマ?」リモナは首を傾げてもう一度叫ぶ。「開けゴマ!」
リモナの叫び声が、岩に反響して増幅した。ただ、それだけだった。
岩は何も動かない。
「おい、動かねえじゃねぇか」アズラクはヒヒに言う。
「ウワゥ……」ヒヒは肩をすくめた。
曰くそんな伝説があったとかなかったとか。
「マジかよ。こんなところまで来て詰むのかよ」アズラクは途方に暮れた。
「ねえねえ、アズ」
「あ?」
「ここは物理作戦考えようよ」
風も物理なんだがな。アズラクは内心つっこんだ。
「てこの原理で行こう。なんか大きい木持ってきて横に転がすか、前に倒す」
「その大きい木、誰が運んで動かすんだ?」
「あ」リモナはアズラクを見上げた。そして得意げに鼻を揺らした。「ごほん。頼むよ見習い弟子君」
「いや、いいけどさ」
風の魔法でびくともしなかった岩が、てこだとしても魔法ありきでどうにかなるのか?
アズラクは首を捻るが、まずは試してみることにした。
まずは岩と岩の間から、外の木を運び入れる。この滝壺周りの木を切るのは、悪い祟りが起こる気がしたのだ。
「で、どうすればいい?」アズラクは上空に木を浮かせながら聞いた。
「えっとねぇ」リモナは岩の近くによじり寄って、まじまじ観察した。
岩はぴったり隙間なく岩壁にくっついている。これ、もしかして岩がもたれてるだけじゃなくて、栓みたいになってたりするのかな。
「こっちと、こっちと、こっち」リモナは岩の左右と上を指差した。「で、まっすぐ押して引き抜く感じで」
アズラクは言われた通りに岩の三箇所に木の端を当てた。「つーか、それなら魔法で岩をこっちに引っ張ればいいんじゃないか?」
「あ、まぁそうかもだけど、今はてこだから」リモナは片手を振り上げた。「はい、押す!」
「はいはい、親方」アズラクは言われた通りに風で木に力を掛けた。
「ウワゥ……」ヒヒが興味を引かれたようにじっと見る。
ズズズ……。
「おぉ、開けーゴマ!」リモナはそれらしく腕を動かした。
ズズズ……。
「あ、やっぱり! 段になって細くなってる」少しずつ出てきた岩を見て、リモナは手を叩いた。
「マジかよ……」アズラクは唇を噛んだ。「なぁ、そろそろ魔法で岩引き抜いていいか?」
「抜いちゃって! 開けーゴマ!」リモナは楽しそうに岩の横で踊った。
アズラクは正面から岩に手をかざし、ゆっくり腕を曲げる。
ズズズ……と音を立てて岩は前に出てくる。
「あ! なんか隙間が見えてきたよ!」
「よし、あと少しだな」アズラクは更に風を強めた。
岩はようやく穴から完全に出た。アズラクはそれを洞窟の隣に岩をずらして置く。
「わーい! 穴が空いた!」
「ウワッワッキャッキャッ!」
ヒヒは木から降りてきて、リモナとハイタッチした。ついでにアズラクの肩を叩く。
「ウワッワッ!」
「あぁ、ありがとよ」アズラクは脱力した。
「よし、早速行こ!」
昨日は洞窟で怯えていたのも忘れて、リモナはまっすぐ洞窟に飛び込んだ。不思議とこの洞窟は暗くないし、点々と松明が燃えていた。
「おい、あんまりサクサク行くなよ」
アズラクは風でリモナを押さえた。
洞窟が開いたのはいいが、何で何千年も封じられていたはずの洞窟に火が灯るんだ? ここにあいつがいるからか?
奥から伝わる空気に、馴染み深さと荘厳さと、そして嫌な欲を感じた。
「すごいね、なんか壁に彫ってあるよ」リモナはまじまじと壁を見た。
天秤、サソリ、弓矢、壺。ヘビやライオンみたいなのもある。反対側には、人のような形の何かが彫ってあった。
どちらも波打った模様が描かれていた。
「これ、エル=シャハームの言葉だ……」アズラクは眉を顰めて呟いた。当時の地名や人名が、無数に刻まれている。
何だ?
何を意味しているんだ?
幅があまり広くない洞窟の中を道なりに進む。曲がって上がって、更にまた曲がって降りて。その間ずっと規則的に松明が炊かれ、壁には絵や文字が刻まれていた。
やがて、大きな金色の扉が現れた。
アズラクは取っ手に手を掛けた。
突然身体が震えた。
足から力が抜ける。
「アズ、大丈夫?」リモナがアズラクを支える。
「あ、あぁ……」アズラクは困惑して扉を見る。
何だ? 何が起きた?
取っ手を触った瞬間に、力が吸い取られる感覚がした。
「アズも流石に魔法使いまくって疲れたんじゃない?」リモナは立ち上がって取っ手に手を掛けた。
「あ、おい! 考え無しに触るな——」
「へ?」リモナは取っ手に力を入れた。
扉はズズズ……と横に開く。
「マジかよ……」アズラクは未だ膝をついた状態でげんなりした。
開いた先には泉が広がり、泉の真ん中の島には、祭壇のようなものがあった。島までは細い踏み石が浮かんでいる。
「ここが一番奥なのかな? アズの友達いなくない?」リモナは当たり前のように扉をくぐった。
「多分、その祭壇——くそっ」
「ん? アズ?」リモナは振り返った。
アズラクは扉の向こうに立ったまま、片手を上げている。
「どうしたの? 何で入ってこないの?」
アズラクは困惑してドア枠を眺めた。再度入り口をくぐろうと足を上げるが、見えない壁にぶつかって先へ進めない。
「え、入れないの?」リモナは目を丸くした。
「そう、みたいだ……」アズラクは戸惑いながら、首を振った。「リモナ、やめよう」
「え?」リモナはぱちくりした。「何で? ここまで来たのに? 確かにアズの友達はいないけど」
アズラクは泉の真ん中の祭壇を見た。「いや、多分いるにはいるんだが……」
リモナも祭壇を見た。
遠目に分かりづらいが、両側にろうそくが立って、小さな屋根みたいなのが建っている。
「ちょっと見てこようか?」
「いや、お前——」
「うん、ちょっと見てくるね」リモナは部屋の奥へ足を進めた。
「リモナ、待て! おい!」
リモナは構わず踏み石に足を掛けた。「うわっ」
石は一気に沈む。
リモナは慌てて次の一歩を出した。
しかし次のもすぐに沈むので、リモナは急いでぴょんぴょんと石を飛び越えた。
「見てられねえ……」アズラクは手で目を覆いつつ、指の隙間から見守った。
「へっへ。日頃ぺぺに鍛えられてるだけあって、あたしのバランス感覚は——わぁあ!」
「リモナ!」アズラクは見えない壁に両手をついた。
リモナは何とか石を飛んで、真ん中の島に着地した。「ふぅ、セーフ」
「はぁ、俺生まれて初めて心臓が止まるの意味を知ったわ」アズラクはへなへなとしゃがみ込んだ。
「大丈夫大丈夫! 落ちても泳げばいいんでしょ?」
「ふざけんなよ、お前……」あのへらへら顔を手で掴んでやりてえ。
リモナは三段の階段を上がり、祭壇の前に到着した。
小さな屋根の下には、金色の紋様が描かれた赤いランプが、金房の付いた黄金のクッションの上に置かれていた。
「ランプがあるよ!」リモナはアズラクに向かって言う。
「ランプ……」
アズラクは再び見えない壁に両手をついた。
やっぱりここにあったのか。
あいつはそこに——。
リモナはランプを手に取ってみた。
すると瞼の裏に、ありったけの金銀財宝——じゃなくて、最新の工具とからくりとオレンジが広がった。
うわぁ、最高。
——いや、そうじゃなくない?
そんな声が聞こえたかと思うと、工具もからくりもオレンジもパッと瞼の裏から消えた。
「あれ、オレンジぃ、スパナぁ」リモナは瞬きする。
「は?」アズラクは目を丸くした。あいつ何言ってるんだ?
リモナは再びランプを見た。
すると再び瞼の裏に、彩り豊かなドレスや宝飾品——じゃなくて、勝手に回る工具と空飛ぶ乗り物とオレンジが広がった。それから一瞬で文書を読み取り複製する機械も。
うわ、なにこれ! こんなのあるの?
——いや、お前おかしくない?
いやいや、むしろもっと仕組み見せてよ。
リモナはふふふんと身体を揺らしてランプをこすった。
するとどこからか、もくもくと煙が立ち始める。
リモナはハッと瞬きした。
あれ、今の夢はなに?
てか何で煙?
「リモナ、リモナ!」アズラクが叫ぶが、煙に阻まれて見えない。
「え、アズ! これどうなってるの?」
リモナは慌てて祭壇の階段を降りるが、島と向こう側を結ぶ踏み石は無くなっていた。
煙は部屋を充満する。
——僕を呼んだのはお前か?
煙の中からそんな声が響く。
けれど、この展開には覚えがあった。
「ちょっとアズ、急にここに来て悪ふざけとかやめてよね」リモナはランプを持ったまま、腰に両手をついた。
「いや、俺じゃねえし」煙の向こうから、呆れたアズラクの声が聞こえる。
——僕を無視するな。
煙の中から再び声がした。
「無視してないじゃん。まったく、アズったら時々悪ふざけ」
「だから俺じゃねえし、お前に言われたくねぇ」アズラクは再び言う。「おい、そいつにそのノリ効かねえぞ」
——そんな人間がいるものか。僕を——
「ねぇ、ところでお腹空いた」リモナのお腹がぐぅと鳴る。
「お前なぁ……」
「——ちょっと、僕久々の登場中なんだが!」
煙の中で誰かが地団駄を踏んだ。
リモナは目を丸くする「へ?」
次第に煙が晴れ、赤い髪の男が祭壇の上に現れた。




