2-9.イルサーム②
やがて三人は、ある崖の下に到着した。
「本当にここか分からないぞ……」長衣の男は、崖下の洞窟の入り口に転がりながら言う。
さっきまでの土臭い雰囲気と違って、ここはひんやりしていた。
「しかし暗いな。お前、火になるもんないか?」アズラクは簀巻き状態の男を見下ろした。
「なら、これを解けよな」男はうんざりした。
付近に燃えるものが無かったので、絨毯を燃やして浮かせた。
「こういうことのために調達したんだ」アズラクはいけしゃあしゃあと言う。
「わーもったいないけど便利ー」リモナは乾いた声で言う。
男は青ざめた。「お前ら、まとめて地獄に堕ちろ……」目減りした財布の中を見て涙を流す。
三人は洞窟の奥へ進む。
ぴちゃん、ぴちゃん。どこかで水が落ちる音がする。チュウと、どこかでネズミが鳴いた。
「ひえぇ、なんか不気味だねぇ」リモナはアズラクの背中に張り付いた。
アズラクは少し身を固くしつつも、リモナの腕を自分に巻きつけた。「お前も怖がることあるんだな」
「そ、そりゃあ、あたしにだって……うわぁ! なんか踏んだ!」リモナはわっと飛んだ。「うわ! 骸骨!」
「ひぃぃっ」長衣の男が身震いする。
「お前、人攫いする割にこんなので怖がるのかよ」アズラクはしっかりリモナの腕を掴んで前を歩く。
「てかアズの友達、何でこんなところにいるの? 趣味悪くない?」
「言ってやるなよ。あいつも好きでいるんじゃないだろうし」
しかし、創造神とか言われるくらいのランプの魔神が、こんな入り口も塞がっていないガバガバな洞窟にいるものだろうか?
あいつを隠したやつがアズラクを海に捨てたやつと同じなら、もっと面倒臭い細工をするはず。
「ひっ、何この、頭に響く音」リモナはアズラクの腰から手を離して耳を塞いだ。
アズラクは少し残念に思いながら、洞窟の天井を見た。「なぁ、この奥に何があるか知ってるか?」
「〜〜<金ピカ、金ピカ>」天井にぶら下がる蝙蝠が答える。
「ひぃっ頭に響くっ」リモナは目をぎゅっと閉じた。
アズラクは風でリモナの耳を塞いで、前を進んだ。長衣の男は、泡を食い始めている。
更に温度が下がり、大きな水たまりに到着した。奥に火をかざせば、ここが行き止まりらしい。
水たまりの向こうには、色鮮やかな宝石と金が、山と積まれていた。
長衣の男は目を見開き、涎を垂らした。「ま、まさか、こんな……」
「おい、あんまり水たまりに近付くなよ」アズラクはリモナの腕を再び腰に巻きつけて言う。「水ヘビいるぜ」
「ひぃっ」リモナと男は同時に声を上げた。
「ここはハズレだ。さっさと戻るぞ」アズラクはリモナと一緒に浮いた。
「う、うん。早く出よ!」リモナはぎゅっとしがみつく。
「お、おい。あれを回収せずに出るのか?」男は動揺した。あれがあれば、一生楽して暮らせるのに。
「勝手にしろよ。俺らは出ていく」アズラクは無慈悲に来た道を向いた。「あ、火はもらってくぜ」
男は涙目になってアズラクたちを追いかけた。
洞窟を出ると、すっかり外は暗くなっていた。
リモナはローブの中でぎゅっと身を縮こめた。昼間はアズラクの風がないと暑くて仕方なかったのに、夜は中にドレスを着てても少し冷える。
長衣の男は歯をガタガタ言わせながら、ぶつぶつ言っていた。「これが軍神とかふざけるなよ」
「とにかく今日はここまでだな」アズラクは燃え尽きた絨毯を見下ろした。「これ燃やしたの痛かったな。リモナ、地べたに寝たことないだろ」
「うーん? 砂浜でひなたぼっこはぺぺとよくやってたけど」リモナは付近を見渡した。ここはひどく冷えそうだ。
「ちょっと待ってろ」
アズラクは両手を広げた。
すると砂漠の砂が渦を巻いて舞い上がる。さらさら揺れる砂は四方にばらけ、やがてそれぞれで壁を作り始める。
「わぁ、すごい! 家だ」リモナは目をきらめかせた。
「砂が乾きすぎてるから脆いけどな」
アズラクは両手を空にかざし、左右に振った。
湿った風が飛んできて、ぺたぺた砂の壁に張り付く。
「よし、これで一晩くらい保つだろう」アズラクはぱんぱんと手を叩いた。
「わーい、砂の家!」リモナは砂漠に足を取られながら、砂の家に駆け込んだ。
当然ながら家の床は砂漠のままだが、端にちょんと寝心地の良さそうな形の砂のベッドが出来ていた。
リモナはまっすぐベッドに転がり込んだ。「おおーいい感じ」
「気に入ったか?」アズラクが覗き込んだ。
「うん! あ、めっちゃ星が見える」リモナは吹き抜けの天井を見上げた。「ミラージャと星の配置が全然違うんだね、すごい近い!」
アズラクは天井を見上げた。
昔よく見慣れた夜空。それをリモナと一緒に見ているのが不思議だった。
「あ、あのさ……」長衣の男が控えめに言う。「俺のベッドは?」
「あ? お前まだいたのか?」アズラクは宙に横になりながら言う。「砂でもかぶっとけ」
「認めない……認めないぞ、あれが軍神なんて」男は渋々壁の端に横になる。
「はー今日は色々忙しい日だったねぇ」リモナはベッドの上で身体を伸ばした。
「忙しいってお前、攫われてたんだぞ」そこにいる男に。
「うん。でもアズが来てくれたし、イルサームにも来たし」リモナは寝返りを打ってアズラクを見た。
「相変わらずのんきだな、お前」アズラクはため息をついて、ベッドの横に座った。「こんな状況で動じてないとか、かなりの強者だぞ」
「そうなの? うーん。さっきの洞窟は怖かったけどなぁ」リモナは寝ながら首を動かした。「あ、あと指切られそうになったときも」
「そうか」アズラクの声が低くなった。
壁で寝ている男に鋭い風が打ち付ける。「いてっ、いてっ、いてっ」
アズラクはリモナの右手を取った。中指のサファイアの指輪を、親指でなぞる。
「なぁ、やべぇと思ったら今日みたいに指輪を擦るんだぞ」
「うん」リモナは気のない返事をした。
「そしたら俺を呼べるんだからな」
「うん」
「それから何があっても外すんじゃないぞ」
「うん」吐息のような相槌。
「俺は、お前にずっと指輪を——おい、聞いてるか?」
リモナはすぅと寝息を立てて寝ていた。無防備な幸せそうな寝顔。
アズラクはムッとして鼻を摘もうとして、やめた。代わりにそばかすだらけのほっぺたをつつく。
仕方ない。今日は色々あったから。
「軍神が落ちたものだな」長衣の男がぼそっと言う。
「うるせえ、ほっとけ」
アズラクはぶっきらぼうに言った。




