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からくり娘と三人の魔神  作者: ふたぎ おっと
タイル2.リモナとポンコツ旅とランプの魔神
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2-7.魅惑の香①

 ふへへ。

 たらふくオレンジ。

 柑橘類の甘酸っぱい爽やかな匂いに誘われて、リモナは気持ちよく目覚めた。

 ベッドのカーテンを開けると、部屋の床には見たこともない量のオレンジとレモンがびっしり転がっていた。昨夜見たときはびっくりしたけど、うん、圧巻圧巻。爽快爽快。

 部屋を見渡すと、端っこのソファでアズラクがオレンジを剥いて食べていた。リモナはオレンジとレモンの隙間を縫って、そちらへ向かう。

「オレンジの絨毯~」リモナは一つ取ってソファに座った。皮を剝いて一粒食べる。「あ、木箱のオレンジより美味しい」

「あの組合のやつら、放っておいたら甘くなるとか抜かしやがって、まったく甘くならねえ」アズラクはもう一個剥いて食べる。

「あ、でも酸っぱいオレンジは砂糖漬けにしてジャムにするといいらしいよ。お姉ちゃんがよくやってた」リモナはやったことないけど。

「へぇ」

「あと、腐ったオレンジはよく、インク消しに回してたな」リモナは部屋の端に置かれた木箱のオレンジを見た。「でもあれ全部搾ったり刻んだりするのめんどくさいな。瞬間粉砕果汁搾り機……うーん」

 アズラクは声を上げて笑った。「結局からくりかよ」

「へ? うん。でも考えてみてよ、一瞬で搾れたらオレンジ湯にオレンジ酒にオレンジオイルに……」あ、考えたらよだれ垂れてきた。もう一個食べよう。

「オレンジばっかりだな」自分で運び入れたことを棚に上げて言う。「一瞬で粉砕したいなら、やってやろうか?」

「いや、それはせこい」リモナは片手を出した。「ここは親方の腕に任せたまえ」

「そうか。期待してまっせ、親方」

 得意げにふんぞり返るそばかすだらけのほっぺたを、アズラクは指でつついた。

 すると、扉を叩く音が聞こえた。

「リモナ様、入りますよ」

 侍女は扉を開けるなり、絶句した。

 オレンジ。

 オレンジ、オレンジ。

 オレンジ、オレンジ、オレンジ、たまにレモン。

 それからこの場にいるはずのない超美形の男性。

「あ、おはよぉ!」リモナはのんきに手を振った。「ねえねえ、オレンジいっぱいあるんだけどさ、一個食べる?」

 侍女は――その場に卒倒した。


「今日はなんだかオレンジとレモンが多いな」朝食の席でヴェントーリ卿が言う。

「どこかで柑橘祭りでもやっていたんですかね?」ルカがタラのレモン掛けにナイフを入れた。

 リモナはオレンジの皮を半分くりぬいて詰められた果肉を、匙ですくって口に含む。

 はわぁ。しあわせ。

 しかもこんな食べ方があるんだ。

 その隣でアズラクは作りたてのマーマレードをそのまま食べる。

 甘い。けど苦い。

 チェザーレ夫人は、舌鼓を打つリモナと澄ました顔のアズラクを、静かに眺めた。

「リモナ」ルカが話しかけた。「今日も昨日の続き、色々聞かせてもらってもいいかな?」

 アズラクがやれやれと目を回す横で、リモナは何も考えずに頭を縦に振りかけた。

「ルカ卿」チェザーレ夫人が鈴を鳴らすような声で言う。「今日はリモナを婦人の会に招待しようと思いまして」

「婦人の会」ルカは小首を傾げた。「しかしリモナの時間は有限だ。申し訳ないが、ここは譲ってくれないか? 滞在期間中に余すことなく聞いておきたい」

「たいそうご執心なのですね」チェザーレ夫人は低い声で呟いた。

 アズラク以外は首を傾げた。

「すまない、なんと言ったのかな?」ルカが聞き返す。

 チェザーレ夫人はにっこり笑って言う。「まったく、殿方は熱くなると大事なことを見落としがちですね。リモナも年頃の娘、しかも色んな所へお披露目したいのでしたら、女性の力が必要ですわ。ね、リモナ」夫人はリモナに優しく微笑みかけた。

 ルカを見たり夫人を見たりで首を振るのに忙しかったリモナは、よく分からないけど夫人の言葉に頷いておいた。

「ルカ」ヴェントーリ卿が言う。「夫人の言うとおりだ。リモナにも女性のつながりが必要だ。今日のところは諦めろ」

「仕方がない、分かりました」ルカは未練がましく肩をすくめた。「リモナ、帰ってきたら時間をもらえるかな?」

 アズラクが再び目をぐるりと回す横で、リモナはオレンジケーキを口に入れながら頷いた。

「では、リモナ。また後ほど」 

 チェザーレ夫人は先に朝食の席を失礼する。

 自室に向かっていると、侍女に呼び止められた。階下に向かうと、泥酔状態の夫が床に突っ伏していた。

 夫人はそれを冷たく見下ろした。

「頭から水でもかけておやりなさい」

 まったく。どうしてこんなのと結婚しなくてはならなかったのかしら。

 世の中本当に理不尽極まりない。

「――にしても、旦那様もルカ卿もどうしてあんな娘をちやほやするのかしら」屋敷の台所からそんな話し声が聞こえた。「朝っぱらからあのイルサーム人を引き連れているのよ? しかも起き抜けに二人でオレンジ食べて!」

「やだ、はしたない! お屋敷が(けが)れちゃう」

「まったく、あの部屋の片づけをするのも億劫なんだから。一体どんないかがわしいことをしていたのかと思うと、あぁ恐ろしい」

 夫人は目を細めた。

 やっぱり、思った通り。

 あの子のからくりのどこが素晴らしいのか分からないけれど、まったく現実離れしすぎてどれも胡散臭く聞こえる。ルカ卿も熱に浮かされ過ぎではないの?

 先ほどの朝食席で、ルカ卿がリモナの時間をたいそう欲しがったところを思い出すと、ざらついた気持ちが湧いてくる。

「さて、どうしましょう」

 チェザーレ夫人は庭に涼みに出た。

 屋内は柑橘類の匂いが充満しすぎて、吐き気がする。

「もし、そこの奥方」

 夫人は振り返った。

 庭の端に、見慣れない男がいる。

「あなた、どちら? どうしてこちらにいるのでしょう?」

「あたしはしがない商人。今朝方旦那様をこちらにお連れしたんですよ」

 そう言って、夫人が出て来たばかりの厨房の方へ目をやった。

 まったく。こんな得体の知れない男に介抱されるとは。

「礼を言います。いくら欲しいのですか?」夫人は男を見下して言う。

 商人は手を振った。「いえいえ、金が欲しくて来たんじゃありません」

 夫人は首を傾げた。

「奥方、見たところによると何かお悩みのご様子で。何かあたしに出来ることはございませんか?」

 

***


 今日もリモナがお貴族共に捕まっているせいで、アズラクは一人で街をぶらぶら歩いていた。

 からくり談義なら半分付き合ったんだが、またもや男子禁制。

 まったく、この時代は男子禁制が好きだな。

 どうせ寝台の上では裸同然で男を連れ込んでいるくせに。

 そう思いつつ、オレンジの香りで幸せそうにむにゃむにゃ言うリモナの寝顔を思い出す。本当に、どこまで能天気なんだか。

 しかし、ヴェント―リ邸の面々の様子が少々きな臭くなってきた。

 修道士は元より、ヴェントーリ卿とルカのリモナへの入れ込みようが、段々過剰に思えてくる。リモナの才能に感動するのは分かるし、二人からは悪巧みの空気は感じない。

 だが……考えすぎか?

「あれ、アズラクさん」通りの向こうからエンリコが歩いて来た。「おひとりですか? リモナさんは?」

「女の集まりだとよ」アズラクはヴェントーリ邸を親指で示した。「そうだ、お前に用事があったんだった」

「ええ、僕ですか?」エンリコは不安そうに眉をひそめた。

「取って食いやしねえよ」

 アズラクはそう言って、昨日リモナと歩いた路地へエンリコを連れて行った。

 ああ、今日は見つけられた。

 青いタイル焼きの工房。

「お前が言ってたやつ、ああいうのだろ?」アズラクは工房の奥にかかった複数のタイルの一枚絵を指差した。

 エンリコはそのタイル画をうっとり眺めた。「僕はまだまだこの域のは描けませんが」

「じゃあ描けるようになったらでいい。例のミラージャの青いタイル絵、オレンジ色も混ぜてくれ」

「オレンジ、ですか?」エンリコは目を丸くした。「それはなかなかタイル絵では見ない配色ですが……」

「ならお前が色々工夫すれば良いだろ。新進気鋭な芸術家」アズラクはエンリコの肩を叩いた。

「なかなかあなたも無茶振りしますね……」エンリコはじと目でアズラクを見た。「まぁ考えましょう。まずはミラージャを見るところからなんですから」

「頼んだぞ」

 アズラクは軽く笑みを浮かべた。

 エンリコはそれを見てドキッとした。

 それからアズラクは一人で付近をぶらぶらし、昨日のガラス工房にやって来た。オレンジの形のクリスタルのランタンを見上げる。

「お兄さん、今日も来たんすかぁ?」工房の職人が出て来た。「よっぽどこれが気になるんですね」職人はオレンジ型のランタンを吊り糸から外した。

 アズラクは懐から新たな金袋を出した。昨日チェザーレ一味から巻き上げた金だ。

 アズラクはそれを職人に渡した。「これで足りるか?」

 職人は目を剥いた。

 ちらりとアズラクを見て欲深そうに逡巡する。

「欲しいだけ持ってけよ」別に俺らのでもないし。

 職人は七割程度懐に収めた。

 それが多いのか少ないのかはアズラクには分からない。

 アズラクはオレンジ型のクリスタルのランタンを手に取る。外側はオレンジの皮をへそから剥いたときのような形になっていて、中にオレンジのまんまるを模したガラスが重なっている。頭には緑色の葉っぱがついていた。

 これをあのオレンジだらけの部屋に置いたら、あいつ喜ぶかな。

 想像してアズラクはふっと笑う。

「お兄さん、さっき多めにもらったんで、これサービスしておきますよ」

 今更後ろめたくなったのか、職人は工房の奥からいくつか小さなろうそくを出してきた。青い花を精巧にかたどったろうそくだった。

 ふわっといい香りがして、アズラクは気に入った。

「横の隙間から入れてお使いください」

 アズラクはランタンと蝋燭を持って、まっすぐヴェントーリ邸のリモナの部屋に向かった。

 床一面のオレンジとレモンは、すっかりきれいに片付けられていた。

「なかなか融通が利かねえやつらだな」

 もう一回、昨日のところからオレンジを持って来るか。

 そんなことを考えながら、丸テーブルの上にオレンジ型のランタンを置いた。横の隙間から青い花のろうそくを入れた。部屋の壁に灯されたろうそくを風で浮かせ、ランタンの青い花のろうそくに火をつける。

 ぼうっと付いた火はランタンのオレンジ色を更に色濃くし、真ん中の青色がオレンジの皮に包まれているように見えて神秘的だった。

 香りが部屋に立ち込める。

 昨夜の柑橘類とはまた別の、花の香り。

 どこか、懐かしい香りだった。

 爽やかでいて甘みがあって、時々棘がある。

 アズラクはだんだんぼんやりしてきた。

 珍しい。疲れるほどの力の使い方は全くしていないのに。

 しかし、本当にいい匂いだな。

 アズラクはうっとりしながら、ソファに横になった。

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