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からくり娘と三人の魔神  作者: ふたぎ おっと
タイル2.リモナとポンコツ旅とランプの魔神
26/38

2-6.からくりとオレンジと賭博②

「んんん! 一番最初に肉にレモン絞った人、天才じゃない?」

「お前、エビが食いたかったんじゃないのかよ」

 二人は坂の塀に並んで座り、肉串とエビ串を食べていた。

 リモナはぺろりと両方平らげる。

「毛皮のおじさんのところでいっぱい肉食べて飽きたと思ってたけど、これならいくらでもいけるや」リモナは口の周りについたソースを指で拭って、それをまた舐め取った。「あっちの路地裏にあった豚の丸焼きも気になるよねー」

「お前の胃袋どうなってるんだ?」アズラクは自分の分の肉串をリモナにあげた。「あんまり食べると、今晩食えなくなるんじゃねえの?」

「はっ」

 リモナは肉串にかぶり付こうとして固まった。

 しばらく肉串をじっと見つめ、結局口に入れた。

「食うのかよ」

「うん、だってヴェントーリ卿のご飯美味しいけどさぁ」リモナはもぐもぐ食べながら言う。「袖汚しそうで落ち着いて食べられないんだよねー」

「ふぅん」アズラクはリモナを眺めながら、昨夜のオレンジ色のドレス姿のリモナを思い出した。「確かに昨日、緊張してたもんな」

「そりゃあ、あんな貴族の家初めてだったし、あんなに手触りのいいドレスも初めてだったし」リモナは足をぶらぶらさせた。「むしろ何でアズは緊張してないの?」

「緊張するもんなのか、あれで」

 リモナはアズラクを斜めに見上げた。「アズって時々常識疑わしいよね」

「お前に言われたくねえよ」どの口が言ってんだか。

「はぁあ。でもアズといるときが一番落ち着くやぁ」

 リモナは行儀悪く塀に身を投げ出した。

 アズラクは、目をつぶってのんきに日に当たるそばかすだらけの顔を覗き込んだ。鼻の頭にソースがついている。

 こいつはなかなか末恐ろしい。

 こんな主人、つくづく初めてだ。

 アズラクはその間抜けな鼻を指でつまんだ。

「んふがっ! なにするっ」

「親方ぁ、弟子見習いにも行儀作法の見本をよろしく頼むぜ」

「ふががっ! 弟子なら親方を敬うべし!」

「なぁ、それなら俺にも今度、からくりの仕組み色々教えてくれよ」アズラクは手を放した。

「え? 別にいいけどさぁ――」

 リモナは摘ままれた鼻を撫でながら身体を起こす。

 すると。

「あ、リモナ! こんなところに」

 通りの向こうからルカ卿がやって来た。

 アズラクは嫌なため息をついた。

 リモナはぴょんと塀から飛び降りた。「ルカ卿、どうしました?」

「ルカでいいよ。敬語も要らない」ルカ卿はまっすぐリモナの手を取った。「それより隣町の大学の学者が何人か来て、是非君の話を聞きたいらしいんだ。いいかな?」

 リモナは頷いた。

 ルカ卿は嬉しそうに顔を輝かせた。

「よかった! 早速行こう!」ルカ卿はリモナを引っ張った。

 リモナはアズラクを振り返った。「あれ、アズは?」

 アズラクは塀に身を投げ出して、片手を上げた。「先行けよ。俺あとから行く」言いながら、リモナに風の護衛を付けた。

 リモナはルカ卿に付いて行こうとして、再びアズラクを振り返った。

「今日もマンダリン!」

 アズラクは顔を上げた。

 リモナは既にルカ卿と一緒に路地の向こうに消えていった。

「何がマンダリンだよ」

 アズラクは独りごちた。

 人をオレンジで釣られると思いやがって。

 しかし気分は悪くなかった。

 どうせあいつといてもリモナは落ち着かないわけだし。

 そう考えると、アズラクは満足げな笑みを浮かべ、さっきの路地に向かう。

 まったく。迷路みたいな街だな。

 さっきのタイル焼の工房が見つからない。

 すると、ガラス工房の方が先に見つかった。入り口に掛かっているオレンジの形のクリスタルのランタンを、アズラクは見上げる。

「お兄さん、さっきも来てましたよね」工房の職人が声をかけた。

「あぁまぁ」アズラクは濁した。「これ、いくらなんだ?」

 職人は値段を示した。

 アズラクは、ミラージャを出る際にリモナの父親から預かった金袋を確認した。いや、足りるのかも分からねえし、これを使うのは違う気がする。

「おお、こんなところで会うとは偶然だな」

 顔を上げると、馬に乗ったチェザーレ卿が現れた。

 後ろには取り巻きっぽい連中も。

「あのからくり娘はどうした?」嘲り交じりにチェザーレ卿が尋ねる。

「からくり談義」アズラクはヴェントーリ邸の方を指差した。

「なるほど」

 チェザーレ卿は値踏みするようにアズラクを眺めた。

 後ろの取り巻き連中は、好奇心旺盛にアズラクをじろじろ見る。

 リモナと過ごした後に会うには、揃いも揃って臭いし純粋さのかけらも感じられない連中だ。

「なぁお前、これから時間あるか?」チェザーレ卿が尋ねる。

 アズラクは顎で先を促した。

「俺たちと少し、遊びに行かねえか?」


***


 チェザーレに連れて来られたのは、酒と香水と汗の匂いが充満する酒場だった。

 要するに臭い。

 端の方では既にお楽しみも始まっている中、チェザーレと取り巻き共は、あるテーブルに座った。絵の描かれた紙を交互に混ぜ始める。

「イルサームではこういうカード遊びするのか?」チェザーレが見下したように言う。

「カード?」この絵札のことか?「ていうか、今のイルサーム知らねえし」アズラクは気だるげに返す。

「こいつ何言ってんだ?」取り巻きの一人が馬鹿にしたように言う。

「いくら巻き上げられっかな」別の一人が小声で言うが、全部筒抜けだ。

 あぁ、やっぱり付いてくるんじゃなかった。

 アズラクはぐるりと目を回した。

 リモナもいないし特にやることもなかったから暇つぶしにと思って来てみたが、昔の海賊どもよりも程度が低そうだ。

「どちらにせよ、俺賭けるものもねえしルールも知らねえけど、その辺は手加減してくれるのか?」あまり答えを期待せずにアズラクは聞いた。

「もちろんだとも」チェザーレが気前よく言う。「なかなかお目にかかれないイルサームの色男。しかも噂によれば魔神だという。俺は信じちゃいないが、客人はもてなすのがオルテンザ流だ」

 どうだか。

 アズラクは鼻で笑った。

 まぁいい。

「お手柔らかに頼むぜ」

 アズラクは腕の金飾りを外してテーブルの真ん中に置いた。

 チェザーレと取り巻きが目を丸くし、欲深そうにほくそ笑んだ。

 暇つぶしだ。

 付き合ってやろう。


 賭ける際はまず新参者を気持ちよく勝たせる。

 どの時代になろうがどこの国に行こうが、こういう鉄則は変わらないらしい。

 初戦、二回目、三回目と、アズラクはあっさり勝った。

「流石イルサームの魔神殿。俺たちでは、全然歯が立たないな」

 チェザーレが大げさに言うと、取り巻きたちがそれに呼応した。

 まったく、バカげた茶番だ。

「あぁ俺たち、今日も一文無しになっちまう」取り巻きがげらげら笑いながら、手持ち金をテーブルの中央に置いた。

「これは相当な強者だぞ。そろそろ俺も本気を出すかな」チェザーレも新たな手持ち金をテーブルに置いた。

 アズラクは回収した金を、テーブル中央に置く。

「おっと待った」チェザーレが手を挙げて止めた。「どうせならもっと面白いもの賭けないか?」

 アズラクは鼻で笑った。「お前たち、負けている割には強気だな」まぁこういう流れになるのも予想はしていたが。

 チェザーレは笑みを深くした。「ゲームだからな、最高に面白くしないと」

 アズラクは顎で促した。

 チェザーレはナマズみたいな目を、卑しく細めて言う。「女」

「女?」

「そう」チェザーレは口角を片方吊り上げた。「こうしないか? 俺は嫁を賭けよう。お前は――」

 リモナか?

 アズラクは狼のような青い目を細めた。

 チェザーレは、給仕女の腰を捕まえて言う。「お前のような色男だ。きっとそれなりに経験もあるはず。そんなやつが、あのからくり娘と二人旅だ。相当あっちの具合がいいんだろうな」

「昼間街で見た雰囲気だと、そこそこ肉付きが良さそうだったぜ」取り巻きの一人が言う。「修道院上がりの生娘と違って反応も良さそうだし」

「それともあっちもからくり仕立てなんじゃないか? へっへ、それはそれで見てみたい」別の男が言う。

 こいつらまとめて空の上から突き落としてやろうか。

 アズラクは冷え切った目で、目の前の男たちを睨んだ。給仕女が一緒になって笑っているのが、更に腹が立つ。

 しかし言い返したところで、こいつらにリモナの価値は一寸たりとも理解できないだろう。むしろ却ってあることないこと言いふらしそうだ。今ですらリモナの足元にも及ばないのに。

 さて、どうしてやろうか。

「で、どうだ? 乗るか?」片手を給仕女の服の中に突っ込んだまま、命知らずにもチェザーレが尋ねた。「嫁で足りないなら、俺の弟もやるぜ」

「弟?」どこまで腐ってるんだ、この男は。

「あぁ、ミラージャで神父している。見た目は悪くないぞ」そう言って取り巻き共とげらげら笑う。

 ミラージャで神父――ミヒャエル神父のことか?

 アズラクはチェザーレをじっと見た。

 なるほど、あれが弟でこいつが兄か。

 兄弟揃いも揃って程度が低いな。

 自分が金鉱山ほどの価値だと思ってやがる。

「どうだ?」チェザーレは給仕女を膝に乗せて催促した。

 リモナを賭けに使うのは気が進まないが、このままあいつを馬鹿にされたままでは引き下がれない。

「いいだろう」

 チェザーレと取り巻きは笑みを濃くした。

 そうして笑っているがいい、虫けらども。

 俺の主人を侮辱したことを後悔させてやろう。

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