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からくり娘と三人の魔神  作者: ふたぎ おっと
タイル2.リモナとポンコツ旅とランプの魔神
24/38

2-5.ヴェントーリ邸②

 リモナは、袖をすらないよう慎重にテーブル中央の大皿に手を伸ばす。

 すると隣から皿を掬い取られた。

「無理しないで」

 ルカ卿はニッコリ笑顔を向けると、中央の皿から肉料理と野菜料理を取り分け、リモナの前に置いた。

「あ、あ、ありがとうございます」

 リモナはぎこちなく頭を下げた。

 するとテーブルの下で横から足を蹴られた。

 反対側の隣を見上げる。

「アズ、今蹴ったでしょ?」リモナはなるべく小声で言う。

 アズラクは肩をすくめて素知らぬ顔をし、酒を飲んでいる。

 服装もすっかりいつもの羽織姿だ。

 なんでアズはこれで許されるの?

 リモナはアズの側だけ頬を膨らませて、料理を口に運んだ。

 はわぁ、うまぁ。

「叔父さん」ルカ卿が話しかけた。「僕はこの数日間、西から旅をしてきたんですが、たびたびこの二人の話が噂になっていたんです」

「ほう、どんな?」ヴェントーリ卿が尋ねる。

「森を歩いていた時、一人の猟師がこれを見せたんです」ルカ卿は懐からイタチの毛皮を出した。「この二人はふらりと現れ、この毛皮を作ったそうなんです」

 ヴェントーリ卿はイタチの毛皮を手に取り、息を飲んだ。「なんと、これがイタチの毛皮? 素晴らしい出来じゃないか」感心の目をリモナに向ける。

 リモナはえへへと頭を掻いた。

「それだけじゃないんです。途中の町では、チーズ削り機をその場で万能細切り機に改造したとか」ルカ卿は熱を込めて言う。

「大したことはないんですけどぉ」リモナは両の人差し指をツンツンしながら言う。

「なんかそれはそれで胡散臭くないか?」チェザーレ卿がぼそっと言う。

「実は私も友人から度々噂を聞いていてな」ヴェントーリ卿が言う。「ミラージャの町に技術革命を起こす娘――なんて友人は言っておったが。他にはどんなからくりを作ったのかな?」

「えっと、網巻き取り機とか」

「網巻き取り機?」ヴェントーリ卿とルカ卿が声を揃えて言う。

 リモナは頷いた。「えっと、ミラージャは漁師町なので、漁師さんがいっぱいいるんです。で、漁師網片付けるの大変そうだなと思って、簡単に巻き取れるような機械を作ったり」リモナは身振り手振りで説明した。

「へぇやっぱり田舎なんだな、ミラージャ」チェザーレ卿がぼそっと差し挟む。

 ヴェントーリ卿とルカ卿には聞こえていなかった。

 二人は目を輝かせて聞く。

「他には?」

「他? えっと、水車で連結できるような串焼き機とか、あ、パパの書類を整理する用のびっくらぽん箱とか」

「びっくらぽん箱?」ルカ卿は目を丸くした。「どんなのか見てみたいな」

「部品さえあれば簡単に作れちゃうんですよ」リモナは緊張も忘れて組み立てる動作を見せた。「あ、それから最近は転写機作ってました!」

「転写機?」これには修道士も混ざって声を上げた。

「もう、パパの写本を作るのが面倒くさくて。でもまだ完成してないんですけど」

 リモナは無邪気に皿の料理を口に入れた。

 せめてミラージャを出てくる前に試しておけばよかったなぁ。あのときは状況が変わりすぎて、試す間もなく出てきてしまったから。

 口に入れた野菜が、なんか嚙み切れない魚の皮みたいな感触がした。

「転写機……それはつまり、記録を複製する機械、ということかな?」ヴェントーリ卿が慎重に尋ねた。

 リモナは首を傾げつつ、頷いた。

 ヴェントーリ卿とルカ卿と修道士は、しみじみと息を飲んだ。

「完成していないというのは、一体どのような段階なのでしょう?」修道士が尋ねる。

「うーん」リモナは人差し指を顎に当てた。「試作二号機の第一回実験は失敗しちゃって、組み直して第二回実験する直前かな」

「試作二号機……」修道士は考え込んだ。

「おい、リモナ。そんなべらべら喋っていいのか?」アズラクが小声で聞く。

「え、何で?」リモナは首を傾げた。

「だってお前……」それはそんなべらべら喋る内容じゃないぞ。アズラクはこの晩餐室に広がる空気から、それを察した。

「いや、まさかそこまで……」

 ルカ卿は驚いた顔を隠さなかった。

 彼はリモナの手を両手で握った。

「リモナ、君は素晴らしい!」

「へ?」

「そう思いませんか、叔父さん」ルカ卿はリモナの手を握ったままヴェントーリ卿を振り返った。

 ヴェントーリ卿は大きく頷いた。

「是非とも色々詳しく聞きたい。あ、そうだ。このあたりの学者を呼んでもいいかね? 君の話はきっと参考になる」

「待ってくれ」リモナが何か言う前にアズラクが遮った。「俺たちは旅してるんだ。この街に長居するつもりはない」

「そうなのか?」

 ルカ卿とヴェントーリ卿が、肩を落とした。

 アズラクは肩をすくめた。人間側の事情なんぞ、知ったことではない。

 しかしリモナは、落胆するルカ卿とヴェントーリ卿を見ると、アズラクを見上げた。

「ねえねえ、アズ。あたしらも数日は動けないよ?」

「は?」アズラクは目を丸くした。

「だってエンリコの昇降滑車やらなきゃだし」

「え……」アズラクは言葉が出なかった。

「そうだ。あの、ヴェントーリ卿」リモナはヴェントーリ卿に顔を向けた。「この街の鍛冶屋さん、教えてくれませんか?」

「ああ、構わないが……」ヴェントーリ卿は甥と顔を見合わせた。

 ルカ卿が尋ねる。「リモナ、数日は滞在するんだね?」

 リモナはルカ卿の目を見て頷いた。

「しかもからくりの修理をする」ルカ卿は更に尋ねた。

 リモナは再び頷いた。

 ルカ卿とヴェントーリ卿は、再び嬉しそうに笑った。

「素晴らしい! 是非とも作業を見せてほしいし、色々ご教授願いたい!」

 二人に熱く迫られ、リモナは人差し指で頭をついてえへへと身体を揺らした。

 隣でアズラクがつま先を何度も踏みしめていた。


***


 リモナとルカ卿とヴェントーリ卿のからくり談義は、晩餐後も続いた。

「あ、この場合はここをこうすると良くて」リモナは石盤に雑に絵を描いた。

「え、どうしてそうなる? ここをこうした方がいいんじゃないの?」ルカ卿が石盤に線を足した。

「いやいや、ルカ。それは違うな。私ならこうする」ヴェントーリ卿も線を足した。

「あー違うんですそれは!」

 リモナは石盤の前で身振り手振りで説明した。

「はぁ、いつまで話してるんだ、あいつらは」

 チェザーレ卿が居間のソファに斜めに座り、酒を煽った。その隣で夫人が静かに刺繍をしている。

 アズラクは途中までリモナたちの会話を聞いていたが、途中でついていけなくなった。ソファの端でちびちび酒を飲む。

 なんだよ、あいつ。

 さっきまであんなにがちがちに緊張してたのに、すっかりいつも通りじゃねえか。

 嬉しそうに顔を輝かせながら話すリモナを見ると、安心するやらもやもやするやら。昨日密輸売人から頂戴したオレンジを剥いて、口に入れる。

 やっぱり酸っぱい。

「アズラク殿」

 修道士が気配を消して――いるつもりで、アズラクの隣に座った。

 アズラクは無言で修道士を見る。

 頭頂部を剃り痩せ細った顔は、やや狡猾そうに見える。この男の纏う空気は、やはり妙に怪しい。

「あなたとあのお嬢さんは、どのように知り合ったのですか?」修道士は尋ねた。

 アズラクは目を細めた。「何故そんなことを聞く?」

「いえ、ただ少し気になりまして」

 修道士はリモナに目を向けた。

 正確には、石盤に何かを描こうとしているリモナの右手を。右の中指には、サファイアの指輪が嵌っている。

 アズラクは肩をすくめた。「海の中を流れていたところを、たまたまリモナに拾われた。それだけだ」

「海の中を流れていた……」修道士は小さな声で復唱した。

「俺もお前に聞きたいんだが」アズラクは修道士を値踏みするように眺めた。「最近までイルサームに行っていたって?」

「ええまぁ」修道士はアズラクに顔を戻した。

「俺たちもイルサームに行こうと思っている。今の情勢を教えてくれ」

 修道士は目を見開いた。「なぜ今、イルサームに? 戦争中ですよ」そこで修道士はアズラクとリモナを交互に見た。「からくり技師と魔神……。まさかあなたたち、向こう側に――」

「んな下らねえ憶測してんじゃねえよ。俺は今更人間の争いに巻き込まれるつもりはねえし、リモナも巻き込まねえよ」

「では一体なぜ……」修道士は眉をひそめた。

「いいから教えろ」アズラクは一段声を落とし、サイドテーブルに置いてあるクリスタルキャンドルを小刻みに揺らした。

 修道士はつばを飲み、佇まいを正した。

 オルテンザ――今リモナたちがいる国――と海の向こうの国イルサームは、この数十年間、戦争状態にある。最初は海運と水上都市の権益を巡る争いだったのが、近年はイルサームがオルテンザの海岸都市に対し攻撃を仕掛けているとか。

 しかし膠着状態が長く続き、断続的に交戦しては停戦し、を繰り返している。

「ですから、あなたたちのような存在がイルサーム側に知られると、非常にまずいのです」修道士は言い聞かせるように言う。

「なら、知られないようにすればいいのか?」アズラクは修道士を値踏みする。

「そういうことを言っているのではなく――」

「なあリモナ」アズラクはからくり談義中のリモナに声をかけた。「お前、オルテンザ語以外話せるか?」

 リモナは目を丸くした。

 ルカ卿とヴェントーリ卿も目を丸くしている。

「どういうこと?」リモナは首を左右に傾けた。「オルテンザ語以外の言葉なんてあるの?」

「えっ」修道士とルカ卿とヴェントーリ卿が一斉に声を上げた。

 チェザーレ卿はいびきをかいて寝、夫人は黙々と刺繍をしている。

「ありがとう。もうそっちの話戻ってくれ」アズラクは雑に手を払い、修道士を見る。「な、これで大丈夫だろ?」

 修道士は絶句していた。「はぁ……」

「リモナ、こんなに素晴らしい知識と技術があるのに……」ルカ卿が息を飲んでリモナを眺める。

「へへへ、ありがとうございます」

 リモナはへらへら笑って頭を掻いた。

 その拍子に小花柄の白いレースがずれた。


***


「ふーわぁ! おっきい部屋におっきいベッド!」

 リモナは黄色のカーテンが引かれた天蓋付きベッドに寝転んだ。

 窮屈なコルセットからもようやく解放された。美味しいレモン酒も飲んでふわふわ気持ちいいし、ヴェントーリ卿とルカ卿とのからくり談義も楽しかったし。

 リモナはベッドにごろごろした。

 この部屋にも色鮮やかなクリスタルのキャンドルが、壁に掛けられている。天井には白とオレンジの花が大理石で彫られ、大きなタペストリーが壁の一面を埋めていた。

 そういえばアズはどこの部屋なんだろう。

 ここのところずっと一緒にいたから、部屋が離れてるのは少し違和感があった。

 それに、今日はこの屋敷に来てからずっと不機嫌だったな。

 リモナはぼんやりと右の中指の指輪を見た。

 こすったら現れるんだっけ?

 特に深く考えずに表面のサファイアをこすってみた。

 するとカーテンが激しく揺れ出し、窓が閉じたり開いたりする。

 そして次の瞬間には、ベッドの天井にアズラクがいた。

「わあ、本当に現れた」リモナは寝ころんだまま、天井を見上げて言う。

「なんだよそれ」アズラクは意味不明そうに顔を歪めた。

「しかも先週よりも登場地味じゃない?」

「はぁ」

「前はほら、波がざっぷんざっぷん、竜巻ぐるぐるしてたじゃん」

「あれは海だったからじゃねえの?」アズラクは天井から降りてリモナの横に座った。「どうしたんだよ、珍しく指輪で呼んだりして」

「んふふふ。ちょっと実験してみたの」リモナはごろんと寝返りを打ってアズラクの羽織を掴んだ。

「はぁ、お前なぁ」

「アズ、今日ちょっと怒ってた?」リモナはアズラクを見上げた。

「どうしたんだ、急に」

 アズラクはリモナをまじまじと見た。

 窓は閉じているのに、風があっちへこっちへうごめいている。

「ううん、ちょっと気になって。そうだ」

 リモナはベッドから飛び上がった。

 裸足で丸テーブルまで歩き、かごのマンダリンを手に取ってベッドに戻る。

「それ、昨日のオレンジじゃないな」

「うん、ヴェントーリ卿がくれたマンダリン。あたしも初めて食べるんだ」言いながら剥き、半分アズラクに渡した。

 アズラクは一気に口に入れる。「いつもの味と違う」

「うん、あんまり酸っぱくないね」リモナも一粒食べた。「もう一個食べる?」

 アズラクは頷いた。

 風でかごごとベッドに持ってくる。

 リモナはマンダリンを剝きながら、へへっと笑った。

「なんだよ」

「アズ、オレンジ好きだよね」リモナはマンダリンを口に放り込んだ。

 アズラクは一瞬息を飲み、気まずそうに目を逸らした。「うん、まぁ」

 かごのマンダリンは一瞬でなくなった。

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