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からくり娘と三人の魔神  作者: ふたぎ おっと
タイル2.リモナとポンコツ旅とランプの魔神
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2-3.織機修理と密輸③

「すげぇ、本当に全部やってやがった」

 男たちは川沿いの洞窟に集まり感嘆した。

 そこには大小様々の木箱が置いてある。中には酒瓶や香辛料、サフランや茶などが詰まっている。いずれもイルサームから密輸したものらしい。

「水運局のやつら、まったく気付いてなかったぞ……!」

「侵入するのもあっという間だったしな……」

 男たちは放心したようにアズラクを見た。

 アズラクは洞窟の入り口の岩肌に呑気に座っている。いつもの羽織を腰に巻き、代わりにシャツとズボンというこの辺の人間らしい格好を身に付けてみたが、やけに窮屈に感じた。

「なぁ、本当に俺らのこと突き出さないのか?」男らの一人が尋ねる。

「つーか、お前は結局何者なんだ? 神の所業に反してる……」

 アズラクは鼻で笑った。「密輸してる奴らがよく言うぜ」

 男らはぐっと唾を飲んで互いに見合わせた。

 アズラクは、木箱の一つを風で手繰り寄せた。

 それを見て未だに男らがビクビクする。一人は勇敢にも声を上げた。「な、何を持っていくつもりだ?」

「あ? これだけど?」

 アズラクは木箱の蓋を開けた。

 中にはオレンジがびっしり詰まっていた。

 アズラクは一個手に取り、勝手に剥き始めた。

「あ! お前、何勝手に商品に——」

「つべこべうるせえよ。積荷取り戻してやったんだからこれくらい多めに見ろよな」一粒口に入れる。「うわっ酸っぱ! 甘くねえし苦ぇ」ぺっぺっと舌を出す。

「そ……それは置いとくと甘みが増すんだ」誰かが言う。

「あ、バカ! 黙っとけよ」

 アズラクは手の中のオレンジをまじまじ見た。

 これが甘くなっても、ミラージャのオレンジのが美味い気もするが。

「で?」アズラクは手を差し出した。「オレンジは半分もらうとしよう。地図寄越せ。あと今晩の宿も都合しろ」

 外ではもう日が暮れ始め、今日はこの街に泊まるしかなくなった。

 男らは互いに顔を見合わせ、一人が手を上げた。「ちょっと作戦会議くれ」

「なんだそりゃ」

 意味ねえぞ。

 アズラクはオレンジを空中で回した。

「なぁ、あいつ他にも使えねぇか?」

「水運局に前に取られたやつ、奪い返すか?」

「いや、それより領主のところに絹売りに行くついでにあいつに金庫奪わせるか?」

「いや、領主はやべえ。街道の馬車狙うか?」

 おい、俺は地図と宿が欲しいだけなんだが?

 一体それだけのことに、どれだけ面倒なことをやらされるんだ?

 アズラクはため息をついた。

 キリがねえ。

「なぁ、やっぱり領主の城にしようぜ。あいつ、いけ好かねぇし——っておい、木箱が!」

 洞窟の奥に敷き詰めた木箱が、空中に浮き始める。

 男らは一斉にアズラクを振り返った。

「俺、あんまり気が長くないんだ。分かるよな?」アズラクが指先をばらばらに動かすと、木箱が危険な角度に傾いた。

「わ、分かった! 分かった!」一人が悲鳴混じりの声を上げた。「地図はやる!」

「地図だけか?」木箱を高い位置に上げ、恐ろしい角度に向けた。

「宿も! 宿も用意すればいいんだろ!」

「な、なんなら女もつけるからさぁ!」

 女、ねぇ。

 アズラクは思案した。

 何せこの世界に来てから、色男と言われる一方で堕落の化身のように恐れられている。昔は喜んで寝床に迎え入れられたものなのだが。

 少しばかりそっちも腕試ししてみるか?

 そう考えた時、首の後ろの風が、微かに震えた。

——アズ、まだかなぁ?

 リモナに付けた風が伝えてきた。

——あんたが雑に扱ったから、よその女のところにでも行ってんじゃないの?

——男は定期的に相手してやらないと。

 なんだそれは。

 あいつ、何の話をしてるんだ?

——リモナ、ここはそろそろ閉めなきゃいけないんだけど、ここで待つのやめた方が……。あたしんち、近くだから……。

——うん、でもアズが……。

 アズラクは肩をすくめた。

 男らを見る。

「このオレンジと地図だけで勘弁してやる。ほら、よこせ」

 一人がビクビクしながら、懐から紙を出した。広げてみると、確かに地形図のようなものが描かれていた。

 アズラクは浮かしていた木箱を元に戻した。

 男らは安堵の息をつく。

「ああ、言っておくが」そう言うと、男らの緊張感が戻った。「今日のこと、どっかに漏らして俺のこととっ捕まえようとしても無駄だからな」

 アズラクは手をかざして再び木箱を浮かせる。

 男らの顔は蒼白になった。

「俺はキレたら何するか分からねえから。よく覚えとけよ」

 それだけ言うと、アズラクは木箱を戻してその場から姿を消した。

 もちろんオレンジの木箱は頂いて。

 アズラクは一瞬で組合会館の前に戻った。近くにいた人がびくっと身体を揺らす。

 あぁそうだった。

 魔神であることを隠していたんだった。

 面倒くせえ。

「あ、あんた!」女が一人近寄って来た。「格好変わってるから誰かと思った。昼間うちの機織り場に来てたイルサーム人だよね?」

 昼間の機織りのところの女か?

 正直覚えていない。

「あの子、機織り場の前で待ってるよー。あ、それとも」女は馴れ馴れしくアズラクに擦り寄った。「あの子じゃ飽きちゃった? 生殺しなんでしょ?」品を作り、アズラクの腹からゆっくり手を下げる。

 アズラクは女を見た。

 あんまりいい匂いのしない、手慣れた風の女。一応昼間の機織り場で働く女らしいが、アズラクにしてみれば娼婦との違いが分からない。

 腕試しするにしても、こんな場末の女を相手にする気はない。

 アズラクは女の手を掴んだ。

「連れ、待たせてるから」

 そう言うと、オレンジの木箱を持ったふりして浮かせ、機織り場に向かった。

 日が落ちて少し暗くなった機織り場の建物の前に、リモナともう一人立っていた。

「あ! アズ!」

 リモナは大きく手を振った。

 そこまで辿り着く前に、大きな安堵感が伝わってくる。

「待たせた」

「ううん」リモナはアズラクをまじまじ見た。「格好違い過ぎて一瞬分からなかった。すごいねアズ、何でも似合う」

「俺的には動きにくくて微妙なんだが」

 アズラクは腕を動かしてみた。

 シャツよりも羽織のが絶対楽だろ、これ。

「あと、それ、 何?」リモナはアズラクの脇に抱えた箱を見た。

「オレンジ」アズラクは地面に置いて蓋を開けた。「地図も調達したし」

「え! こんなに?」リモナは驚いたように目を見開いた。

「まぁ、ちょっくらひと仕事してきたし」アズラクはオレンジの木箱を抱え直すと、リモナの工具箱を持った。

「とにかく良かったね、リモナ。彼、無事に帰って来て」一緒に待っていた女——ニナがリモナの手を握って上下に振った。

「うん。アズ、あのね、ニナが今日泊めてくれるんだって」

「だってリモナにはたくさん織機直してもらったし。案内するからついて来て」

 二人はニナに案内されるままついていく。

 リモナが珍しく何やらずっともじもじしていた。

「どうしたんだ、リモナ。どっか悪いのか?」

「いや、そういうことじゃないんだけど」言いながらアズラクの腰に巻いた羽織を掴む。

「なんなんだよ」はっきりしねえなぁ。

「アズ、あたし一応雇い主みたいな感じなんだよね?」

「はぁ?」なんだそれ。「まぁ、親方だしご主人様だし」

「そうだよね」リモナはもごもご言う。

 いきなり何なんだ?

 今までそういう感じに扱ってこなかったくせに。

 昼間のモヤモヤが蘇る。

「あのね、親方は弟子の気持ちを汲み取るもんなんだって」

「はぁ……」結局弟子扱いなのか?

「だからあたしになんか不満があったら言ってね。直せるか分からないけど」

 最後はごにょごにょ言ってて、判別できなかった。

 一体リモナはどうしたんだ?

 からくりと飯とオレンジのことしか普段頭にないやつが。

 熱いような寒いような、ぬるっとしてざらっとした風が背中を撫でる。

 アズラクはしばらく逡巡すると、腰の羽織を掴むリモナの手を掴んだ。

「じゃあ言うけど、もう少し俺のこと頼って欲しい」

 リモナは息を飲み、茶色のまんまる目を丸くしてアズラクを見上げた。

 アズラクはリモナの目を覗き込みながら、小さな右手の中指を親指でなぞる。

「俺は、お前の魔神なんだからな」

 リモナは目を見開いたまま、やや顔を赤くし、こくんと頷いた。

 アズラクは満足して手を離す。

 オレンジの香りが、濃くなった気がした。

 前を歩いていたニナは、二人のやりとりを聞きながらどきどきしていた。


 男らは未だに今日見たことを忘れられなかった。

「なぁあの青頭、マジで何者なんだ?」

「俺らやべぇやつに呪われたんじゃないか?」

「いや、あいつ積荷戻してくれたじゃねぇか」

「バッカ野郎。イルサーム人だぞ? 信用ならねぇ——」

「——なぁお前たち」

 愚痴を言いながら街を歩いていると、建物の影から声をかけられた。

 男らは一斉にびくりと肩を揺らす。

「すまない。道に迷ったのだが、領主の城はどちらかな?」

 暗がりから、いい身なりの若い男が現れた。騎士のような見た目だ。後ろに連れている芦毛の馬も立派だった。

 男らは領主の城の方を指差した。

「ありがとう。助かった」若い男は胸に手を当て礼をする。「ところで、先ほど青頭のイルサーム人とか話していたのが聞こえたのだが——」

 男らは互いに顔を見合わせた。

 どうする?

 話すか?

 いや、密輸のことがバレる。

 それにあいつもどこから聞き耳を立てているか分からねえ。

 結局こう言うにとどめた。

「変なイルサーム風の青い髪の男がいたんでさぁ」

「そうか」若い男は沈んだ声で返す。マントに括り付けたイタチの毛皮を撫でる。「この街にいたのなら是非会いたかったのだが」

「はぁ……」

 あんなやべぇやつに会いたいとは、この騎士もなかなかの変人らしい。

「承知した」若い男は馬にまたがった。「もし街で見かけたら、領主の城まで知らせてくれ。今日はそちらに滞在する」

 それだけ言うと、若い男は去って行った。

 男らは互いに顔を見合わせると、それぞれそそくさと家に帰っていった。

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