2-3.織機修理と密輸②
なんだよ、あいつ。邪険にしやがって。
俺がいなかったらとっくに野垂れ死んでたか、変なやつに連れて行かれただろうに。
アズラクは荒んでいた。
街の人から変な目で見られるのも構わず、堂々と道の真ん中を歩く。
これでも魔神だぞ?
昔はこぞって指輪争奪戦まで繰り広げられたってのに、今では便利な弟子扱いだ。その上、おつかい任されるし。
確かにオレンジは大事だが。
「なぁあんた」アズラクは通りで停まっている馬車の運転手に話しかけた。「この辺で地図を売ってるところ知らないか?」
運転手はまじまじとアズラクを見た。「なんだおめえ、イルサーム人か? どうせ碌でもねえことに使うんだろう」
まったく。
どいつもこいつもイルサーム、イルサームうるせぇ。
「イルサームなんて知らねえんだよ、そんな国、昔はなかったからな」アズラクは馬車の車輪に足をかけた。「で、どこで地図手に入るか知らねえか?」運転手を睨み上げる。
「しょっ職人組合か領主のところでも行けば買えるんじゃねえか?」運転手は縮み上がった。
「職人組合か領主……」領主のところには行きたくないな。面倒臭くなりそうだし。「職人組合ってのはどこだ? 案内しろ」
運転手に渋々案内され、街の中心にある立派な建物にやって来た。アズラクが中へ向かうと、運転手はそそくさとどっかに行った。
「なぁ、地図が欲しいんだが」
アズラクは中に入るなり通る声で言った。
長机が沢山並んだ広い空間の割に、端の数個に男が数人座っているだけだった。
男の一人がアズラクを胡散臭そうに見た。「おい、ここはイルサーム野郎が来るところじゃねぇんだが」男らは腰に下げたナイフに手をかけた。
「なら安心しろよ、俺はイルサーム人じゃねぇ」アズラクは男らがナイフを抜けないよう、風でナイフを固定した。
「嘘つけ。明らかにてめぇ、怪しいんだよ」別のやつが言う。
「さっさと国に帰って母ちゃんの乳でも吸ってな」
話にならねぇ。「じゃあ国なりなんなり帰るから地図寄越せ。俺ぁこの街がどこかも知らねえんだよ」
男らから笑いが起こった。「こりゃケッサクだ。迷子のイルサーム人とは」
「そんなやつにくれてやるもんはねぇ。こちとらイルサームとの戦に男取られて忙しいんだ。一昨日きやがれ」
そう言いながら、酒杯片手に絵が描かれた紙を交換し合う。机の中央には雑に置かれた硬貨が散らばっていた。
忙しい——ね。
アズラクは風を送り、机の中央に置かれた硬貨を更にバラバラに散らした。
「わっなんだ!」
男らが声を上げる。
何人かが絵柄付きの紙を机に放った。
アズラクは更に風を送り、紙を混ぜこぜにした。
「あー俺の持ち札がぁ!」
「な、何が起こってんだ!?」何人かが再び腰のナイフに手をやるが、ナイフは抜けない。「おい、何かおかしいぞ」
「それはおめー、雑魚ナイフなんて使ってっから——ってあれ?」他のやつも眉をひそめる。
「お前」一人がアズラクを振り向く。「黒魔術か何かしたか?」
「知らねえ」アズラクは飄々と部屋の奥の棚から酒瓶を取り出し、勝手に飲んだ。「まずっ。お前らだから臭えのか」
「お前、いい加減に——」
「なぁやべえぞ。水運局に嗅ぎつけられてよ」
新たな人物が組合にやって来た。そいつはアズラクを一瞥すると、男らの一人に耳打ちした。
「積荷没収されちまった」
アズラクには筒抜けだった。
「なんだって? くそぅ、またぱーかよ」男の一人が頭を抱える。「あいつらだってイルサーム品使ってるくせに、これだから役所は」
「領主の注文どうするよ。あいつ、その辺の絹じゃ納得しねぇよ」一人は天井を仰いだ。
なんだ、こいつら。
散々イルサームを敵視していたかと思えば、イルサームから密輸でもしているのか? 時代が何千年変わっても、人間のやることは結局変わらないらしい。
「なぁ」アズラクは声をかけた。「没収されてった方向分かるか?」
男らが一斉に振り返った。
「何で聞こえたんだ?」
「地獄耳か?」
動揺が走る。
一人が顔を歪めて前に出た。
「何をする気だ?」
アズラクは嘲笑うように空中にあぐらを掻いた。
男たちが一斉に息を飲み、目を見開く。一人は椅子を倒して尻餅ついた。こぼれた酒が机の上に広がる。
「お、お前、ばっ化け物か!?」
「やっぱり黒魔術か!?」
「どっちでもねえよ」アズラクは肩をすくめた。「だが場所が分かれば、お前らの積荷取り戻せるぜ、それも無傷で」
「な……なんだって?」
男らが驚き怯える中、アズラクは机の上の硬貨と絵柄付きの紙を風で巻き上げ、自分の方へ寄せる。
「お、俺の金がっ」
「積荷を取り戻すのも、水運局とやらにお前らを突き出すのも造作もない」アズラクは自分の周りで紙と硬貨を回す。「さぁどうする?」
男らは互いに顔を見合わせ、唾を飲んだ。
一人が慎重に尋ねた。
「本当に取り戻せるのか……?」
アズラクは笑みを深くした。
「タダではやらねえけどな」
ふぅ。これで最後。
リモナはスパナを手に持ったまま、額を拭った。
「ねえ、これで動かしてみてよ」
女性の一人が、糸を通して足踏みペダルを踏んだ。「あ、すごい、滑らか」
「ギィギィ言わなくなったね」別の女性が機織りしながら言う。彼女が扱っている織機も、先程リモナが調整した。
「すごい、リモナ。固くて足痛かったんだよね」別の女性が快適そうに足を動かした。
「あんた、本当にからくり技師だったんだねぇ」先ほどアズラクを追い出したおばさんが、感心したようにリモナを見た。「しかもこの辺の修理屋よりもちゃんとしてる」
「ふふふん」リモナは得意げに鼻を揺らした。「これでもミラージャ一のからくり技師のリモナ親方ですから」そう言われたことはないんだけども。「これでも先週まで転写機作ってたんだよ」
「転写機?」誰かが首を傾げた。「なにそれ」
「簡単に写本作る機械なの。いちいち書類写すの面倒くさいからさぁ」リモナは手を動かして転写機を表現してみた。
しかし女性たちの反応は薄かった。
写本どころか、読み書き出来ないからよく分からない。
「それにしても、リモナ」ニナがリモナにお茶を出した。「あの外国人風のお弟子さん、あんな風に追い出しちゃって大丈夫?」
リモナはお茶を飲みながら首を傾げた。「大丈夫じゃないかな? 男子禁制なら仕方ないよね」
「もちろんです。あんないかがわしい見た目の男性など特に」被せるように、おばさんが言う。
いかがわしい……。
まぁ確かにアズラクって、直視するとゾクゾクするから、いかがわしいのかな。リモナはもう慣れたけど。
「そう言って女工長もちょっとドキドキしてたじゃあん」女性の一人が混ざる。ところどころ髪がほつれている。
「ドキドキしてませんっ」おばさんは赤い顔でお茶を飲んだ。
「でもリモナ」ニナが顔を向ける。「あの人、本当に弟子なの? その……なんていうか」言いながら顔を赤くしてもじもじする。
「はっきり言いなよお」髪がほつれた女性が身を乗り出した。「で、彼、あっちの方はどうなの?」
「あっちの方?」リモナは首を傾げた。
「やめなさいっはしたない!」おばさんが声を上げる。
「いやでも気になるでしょお? で、どうなの? 上手いの?」
おばさんは声にならない悲鳴を上げ、ニナは顔を真っ赤にして耳を塞いだ。他の女性たちは、ニナと同じような反応をするか、興味深そうにリモナに注目している。
あっちの方——って何のこと?
リモナは本気で分からなかった。
おばさんやニナの反応と、ミラージャにいた時のお姉ちゃんたちの反応を比べる。
あぁ、もしかしてアズラクの風の魔法のこと知ってて、言いにくいのかな?
「すごい気持ちいいよね」
すると一斉に悲鳴が上がった。
聞いて来たほつれ女性までも顔を赤くしている。おばさんは目眩を起こして天井を仰いだ。
「アズと一緒にふわふわ飛んでると気持ちいいし、暑くなるとひんやりさせてくれるんだよねー」リモナは両手を広げて気持ちよさを表現してみた。
「それでそれで?」ほつれ女性は身を乗り出した。「夜、どんな風に迫るの? どっちから誘うの?」
「夜? 誘う?」リモナは更に首を傾げた。「そういえば、夜はまだ飛んだことないな」
「いやぁぁああ!」耳を塞いでいた女性らが声を上げた。「やだ穢らわしい!」
「あんたら、昼間にやってんの?」ほつれ女性は手で口を塞いだ。
おばさんは天井を向いたまま、放心している。
「あ、そうそう。あんまり高く上がりすぎると、息苦しくなるんだよっ」
「どんな激しい行為やってんのよ」ほつれ女性はちょっと引いた。「あーあ。こんな処女っぽい田舎娘でもやることやってんのねぇ」
ちょっとこらっ、と一部の女性が彼女を嗜める。
しかしリモナは首を反対側に傾げた。「あたし、処女だけど」何の関係があるのか分からないけど。
すると女性らは——ほつれ女性もおばさんもニナも含めて、目を剥いた。
「いや、嘘でしょ」
「え、本当だけど」リモナは茶色のまんまる目を見開いた。「え、なんで?」
「なんで? こっちのセリフなんだけど」ほつれ女性はリモナの両肩を掴んだ。「え、なにあんた。あんな色男、生殺してるの!?」
リモナは困惑した。「どういうこと? ただ一緒に旅してるだけなんだけど」
おばさんとニナが互いに顔を見合わせた。
「一応聞いておくけど、あんたたちは男女の関係じゃないの?」おばさんが尋ねた。
「男女の関係……」
リモナはつぶやいた。
一同が固唾を飲んで見守る中、リモナは大笑いした。
「やだなぁ、そんなわけないじゃん。アズはアズだよー。親方と弟子で、主人と魔神」
リモナは何でもないように笑いながら、手を振った。
女性らは互いに顔を見合わせる。
「なーにそれぇ、あんな男といて何にもないとか意味分かんない」ほつれ女性が肩をすくめた。
「ここはそういうことにしときましょう」おばさんが咳払いしながら言う。
「いやいや、それはそれであんたさぁ」ほつれ女性がリモナの肩に肘を置いた。「なかなかえげつないんじゃない?」
「どういうこと?」リモナは首を傾げた。
「だってあんな色男でしょ? で、あんたは生殺してるわけじゃん?」
生殺し、の意味がさっきからよく分からないんだけどな。
「あんな男、野放ししてたら、すーぐ誰かに持ってかれちゃうよ」
ほつれ女性は、意味ありげに笑った。
リモナは目を丸くしながら、右の中指にはまったサファイアの指輪を見た。




