2-3.織機修理と密輸①
丘を抜けると、大きな川沿いに円形に出来た赤い屋根の街が見えてきた。
「アズ! 街だよ街!」リモナはアズラクの竜巻クッションの上から指差した。
「あぁ、ようやくだな」アズラクは不思議そうな顔でその情景を眺めた。
人通りが少なそうな道で、リモナを地面に下ろした。ついでに浮かせていた食料のかごや工具箱も、例によって運んでいる風に見せかける。
「あのおじさんのところにいるときからずっと気になってたんだけど」リモナは不思議そうにアズラクを見上げた。「何で魔法隠すの?」
「それでミラージャで変な目向けられただろ」
それも呪いだの魔物だの異端だの。そのほとんどはあのミヒャエルとか言う聖職者の入れ知恵だが、ミラージャの町民は簡単に信じた。
結局今の時代の宗教がどうなっているのか分からないままだ。警戒するに越したことない。
「でもアズ」
「ん?」
「魔法なくても、多分アズは変な目で見られるよ」リモナはアズラクを上から下まで眺めて言う。
「まぁ、確かに服装は浮いてたな」アズラクは身体を捻って、何千年前から変わらない自分の羽織を眺めた。「金が足りるなら買うか?」
「うん、それもあるんだけど」
「あ、これか」アズラクはじゃらじゃら鳴る腕の金飾りを揺らした。「こんなんで目立つとか、現代人は……」
「うーん、まぁいいや」リモナはだんだん面倒くさくなってきた。「あの街、オレンジあるかなぁ」
老神父が渡したオレンジも、あと残り二個。リモナとアズラクにとっては由々しい問題だった。
「とにかくあそこで色々調達と情報だな」
二人は街に向かった。
行ってみると、案外慌ただしい街だった。
「どいたどいた!」バランスの危うい馬車が、通りの真ん中を走っていく。
「そこのお偉いさん、ちょいとこの麻織物どうだい? 涼しくて快適だよ」老婆が両腕にボロにも似た布を大量に引っ下げて練り歩く。
「そこのお熱いお二人さん、おたくらの未来を占ってやるよ」怪しげな布を被った女が、焼き物のお椀に茶葉を入れて擦り寄ってきた。
リモナは毅然と片手を上げた。「あたし、占いは信じない派」
女が目を剥いているのにも構わず、リモナは歩いて行く。アズラクはリモナという生き物がやっぱり謎だった。
魔神の魔法は信じてるのに。
——おい、あの二人見ねえ顔だな。旅人か?
——男はありゃあイルサームじゃねえか? えらい色男だな。
——女の方は頭空っぽそうだぞ。どっちいく?
何千年時代が変わり、街の雰囲気は変わっても、結局人間は変わらないんだな。風に乗って聞こえてきた声に、アズラクは肩をすくめた。
後ろから、つかつか近づいてくる誰か。人の流れの中で、一際風の流れが速い。
そいつはアズラクに近づくと、羽織の中に手を入れようとした。
風で跳ね返した。
しかし諦め悪く、ぶつかるふりして羽織に手を伸ばす。
それもまた風で跳ね返した。鬱陶しいので、風の壁を作ってそいつを遠ざける。
すると別の男三人が、リモナの前に立ちはだかった。
「お嬢さん、この街初めて?」
「なんか芋っぽ……素朴な感じでいいねぇ」
「なんか探してるのかい?」
「うん」リモナは素直に応じた。「地図とオレンジ探してるの。知ってる?」
知ってる? じゃねえよ。
アズラクはリモナの近くに寄り、男たちを睨んだ。
男二人は目を泳がせるが、身の程知らずにも一人はアズラクを見て笑みを広げた。
「なんだよ、すっげぇ色男じゃん。お嬢さん、お目が高いねえ」男はアズラクをべたべた触る。
「まぁね」リモナは鼻を揺らした。
「しかもイルサーム人だってよ。こりゃあ母ちゃんに自慢したいだろ」男はリモナとアズラクを見比べた。「いい品があるんだけどよ」
男は懐から小さな木箱を取り出した。横に取っ手が付き、側面に細い切り込みが横に入っている。
「これさぁ、チーズ削り機なんだけどよ、どう、兄さん」
男はカビたチーズを上面の穴に入れ、取っ手を回した。
アズラクは少し気になった。別の男が羽織に手を突っ込まないように風の盾を張ったまま、男の実演を眺めた。
側面の切り込みから、チーズが薄く削られて出てくる。
すげえ。こんなのまで作るのか?
「あーそれね。知ってる知ってる」リモナは冷めた様子で返した。「魚削るのに使ってたし、あたし作ったことあるよ」
「は?」男たちは目を丸くした。
リモナはチーズ削り機の上面の穴を指差す。「昔チーズやったことあるけど、ここ詰まるんだよね。で、詰まらない改造したの」
「は? え?」
「そもそもこれ、上下に回す式じゃん? これ上から横に回す式のが削るの安定したんだよね。あとこの刃、割とこぼれてるね、一回分解して研いだ方がいいよ。それから——」
気が付いたら、わらわらと周りに人が集まり、リモナの高説を聞いている。
男はだんだん顔を赤くし、乱暴にアズラクにチーズ削り機を押し付けた。「もういいよ、くそがっ。ズラかるぞ」
男たちは人混みの中に消えていった。
「あれ、なんで?」リモナは呑気に首を傾げる。
「いや、まぁお前が……」茶色のまんまる目に見上げられて、アズラクは黙った。
にしてもそんなに凄くないからくりなのか、これ。
「これどうする?」感動してしまったことを悟られないよう澄まして聞く。
「あたしら別に削んなきゃならないのないしなぁ」リモナはチーズ削り機を手に取った。「分解して工具箱にしまうか」
「え、わざわざ分解するのか?」
「うん。ちょっと工具箱貸して」
二人は道の端に寄り、工具箱を開けた。リモナはネジ巻き工具を取り出し、手際よくネジを外していく。
チーズ削り機は見る見る原型を失って行き、アズラクはちょっと落胆した。その隙を狙うスリには容赦しないが。
「あー箱がいまいちなだけで、中の歯車と木軸は結構ちゃんとしてる」
言いながら部品を外して工具箱に入れていく。
道行く人が変な目でリモナの作業を見る。
「へっイルサームの野蛮人と田舎娘が技師ごっこしてらぁ」
通りすがりの誰かが言った。
リモナの手元が止まった。剣呑な目で顔を上げる。
瞬間、アズラクは危機を察知した。
「誰が言ったのか知らないけど」リモナは声を低くして言う。「その言葉、絶対後悔させてやる」
いよいよリモナは路肩に腰を下ろして部品をいじくり始めた。
おい、俺たちオレンジと地図探しに来たんじゃなかったのか?
リモナのからくりは見たいが、この流れにアズラクは額に手を当てた。そんな隙も狙うスリにはやはり容赦しない。
わらわら人が集まりだす。
「え、なになに? 路上からくりショーかなんか?」
「イルサームの魔術じゃねえの?」
「芋嬢ちゃんより隣のイルサームの。めっちゃ色男だね」
「なんで芋に美男?」
群衆が言いたい放題言っている中、リモナは黙々と木軸を分割し、歯車を互い違いに噛ませ、取手を取り付けていく。工具箱からハンマーを取り出し、こぼれた刃を叩く。誰もがぞっとするような叩きぶりだった。
そうして刃を取り付ける。
「よしっ完成!」リモナはレンチを振り上げ、アズラクを見上げる。「アズ、オレンジの皮ちょうだい」
アズラクは言われた通りに取っておいたオレンジの皮をかごから出した。リモナはそれを、新しく作ったからくり木箱の穴に入れ、取っ手を動かす。
すると側面の切り込みから、細切りになったオレンジの皮が出てきた。
「「「すげぇ」」」アズラクの声が誰かと重なった。
「でしょ」リモナは得意げに鼻を揺らした。「名付けて、小型万能細切り機」
「い……いや! オレンジなんて柔らけぇじゃん!」誰かが言う。
「じゃあニンジンでも持ってきてよ」リモナは手を出した。
「このカピカピになったパンでもいい?」
少年が差し出した。
さっきからアズラクの羽織に手を突っ込もうと無駄な奮闘をしていたヤツだ。
「いいよ」
リモナは少年の手から硬いパンを受け取った。穴に入れ、取っ手を動かす。
ゴシャッシャッゴシャッ。
鈍い音はするものの、一応細切りとなったパンが出てきた。さっきよりは粉っぽさも混ざるが。
「すげえ」少年の目がキラキラし始めた。「芋姉ちゃん、このからくりもらっていい? それさっきゆすったやつだろ?」
「ゆすった? 失礼言わないでよ。勝手に押し付けられたんだから」
それも本物のゆすりからな。
アズラクは少年に注意を戻した。
少年はリモナの手から万能細切り機を受け取り、色んな角度から眺める。「これでパン食べる時に歯折れないで済むや」
「たまには削り刃手入れしてね」
リモナは手を振り、少年は走り去っていく。
群衆がどよめいた。
「お、おい、嬢ちゃんいいのか、そんな簡単にやって」
「あれなら高く売れただろうに」
リモナは目を丸くした。
アズラクも息を飲む。
確かにリモナのからくりはすごいが、一体どれくらい価値があるものなんだ?
「うーん、まぁまた作ればいいし、あたしらオレンジと地図が欲しいだけだし」リモナはのんびり工具を片付け始める。「アズ、お腹空かない?」
こいつ、やっぱり強者だな。
周りの奴らの反応に動じてねえ。
「俺は大して腹減ってないけど、まぁ昼前に食って以来だしな」森を抜ける直前に仕留めた川魚二匹。
「ね、ねえ!」
群衆の一人が声をかけた。
リモナくらいの年頃の娘だ。
「うちに壊れたからくりがあるんだけど、見てくれない? ご飯出すから!」
案内されたところは、大きな石造りの建物の一階。
「わぁっ圧巻!」
「すげぇ」
リモナとアズラクは感嘆した。
そこには織機がずらっと並んでいた。
各機械の前には女性が一人ずつ座り、足のペダルを操作しながら糸を操り布を織る。ガシャンガシャンと不規則な音が響いている。
リモナとアズラクが中に入ると、女性たちは赤面したり渋面を作ったり、騒がしくなった。
「ちょっとニナ、何よその人連れて来てんの」ママくらいのおばさんが、案内した娘——ニナに詰め寄った。
「この子、からくり技師なんだって。通りであっという間にからくり組んでた!」ニナが言う。
「そう、あたしはリモナ親方」リモナは得意げな顔をした。「で、こっちの青いのが弟子見習いのアズラク」
「ども」アズラクは殊勝に頭を下げた。
おばさんと女性たちは胡散臭そうに顔を歪めた。
ニナを引っ張ってこちらに背中を向ける。
「あんた、こんな芸人みたいなのじゃなくて、ちゃんとした職人連れて来れなかったの?」
「職人組合行ったらみんな出払ってるか、酔っ払ってて」ニナは困ったように言う。
「だからってこんな……」
おばさんは、垢抜けない娘と女性に悪影響しか与えなそうな青髪の異国人を見た。
「ちょっとちょっと」リモナは割って入る。「侮ってもらっちゃ困るよおばさん」
「おば……っあんたね」
「ニナ、壊れたからくりってどれ?」リモナはニナに聞く。
「えっとね」
二人はおばさんを無視して部屋の奥へ向かう。
おばさんは歯噛みしつつも、一緒について行こうとしたアズラクは止めた。
「あんた、ここは男子禁制だよ」おばさんはアズラクを睨む。
「男子禁制って実在するのか?」少なくとも昔は男子禁制の花園に招かれまくったのだが。
アズラクが気怠げに首を傾げると、おばさんは顔から火が出そうなほど赤くなり、口をぱくぱくさせた。
「俺、見習い弟子兼助手なんだよ。見てちゃダメか?」
おばさんは更に口をぱくぱくさせて、何も言えなくなった。
後ろで見ていた女性が色気立つ。一人はブラウスの一番上のボタンを外し、一人は頭を巻いている頭巾を外す。一方、頑なにアズラクを見ないようにする女性もいた。
「仕事終わったら、あたしが街を案内してあげようかぁ?」一人が馴れ馴れしくアズラクの肩に肘を置いた。
「い……っいけません!」おばさんが声を張り上げた。「いけません、いけません! ここはそういうところじゃないよっ」
おばさんはアズラクを入り口へ追いやる。
アズラクは奥へ消えていったリモナを眺める。「いや、でも親方がさぁ」
「知ったもんか、外で待ってな!」
おばさんはアズラクを押しやる。
くっなんだいこの男!
びくともしやしない。
こんな怪しいやつを女の子たちに近づけてなるものか。
すると奥からリモナが戻って来た。「アズ、工具箱ーって何してんの?」
「俺入れないらしい」アズラクは答えた。
「あんた、ここは女の職場だよ。こんなやつ入れてらんないよ」おばさんが言う。
「ふーん」リモナは首を傾げた。「まぁ仕方ないんじゃない?」
「は?」アズラクは目を丸くした。
「そういうこともあるよ」リモナはアズラクの手から工具箱を受け取った。「あ、こっちは大丈夫。織機の修理なんて腐るほどやってるから」
「いやでもお前」こんな知らないところで一人で——。
「終わったら待ってるからさ、アズはオレンジと地図よろしく」
そう言ってリモナは奥に戻っていった。
取り残されたアズラクは呆気に取られて立ち尽くす。
するとおばさんに押された。「そういうことだよ」
なんだよそれ。
アズラクはおばさんを睨んで出て行った。
一応リモナに風の護衛を残したまま。




