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からくり娘と三人の魔神  作者: ふたぎ おっと
タイル1.リモナと指輪の魔神
2/38

1-1.リモナ

 ここを三番のボルトで締めて、ここに腸管通して隙間をグリスで埋める。

「やった! 出来たぞ!」

 リモナはスパナを持つ手を振り上げた。

 今回の試作は長かった。前回、前々回の失敗を見直し一から図面を引き直したから、五週間もかかってしまった。

 けれどようやく組み上がった。あとはこれを動かすだけ。

 でも試運転の前にちょっと休憩。

 リモナは窓際のかごに入ったオレンジを取った。皮を剥こうとして、手が油まみれなことにようやく気がつく。

「手、洗うかぁ」

 渋々立ち上がり、腰を左右にひねる。ずっと変な姿勢でいたから、身体が凝り固まっちゃった。

 リモナは腕をぶんぶん回しながら、手洗い場に向かう。散らばった図面をわきに寄せ、間違えて使えない板金の廃材の間を踏み越える。

 手洗い場に行くと、金属管の横についているレバーを上下に動かし水を出す。井戸の水をいちいち汲み上げるのが面倒くさくて、ポンプで汲み上げられるようにしたのだ。出てくる水が海水なのは気になるけど……まぁ別にいいか。

 雑に手を洗うと、リモナは作業場に戻った。オレンジを手で剥きながら、今回の完成品をしげしげと眺める。

 ふふふん。

 にやにや。

 これが動き出したら転写がどんなに楽になるかと想像すると、顔が緩んで仕方がない。もう本当に面倒くさかったのだ、パパの資料の写本を作るのが。

 役場勤めの父は大量に書類を持ち帰り、写本作りをよく家族に手伝わせる。字が汚い人の書類の転写なんて本当にうんざりする。手も真っ黒になるし——などと、普段オイルと煤にまみれていることを棚に上げて、リモナは思う。

 オレンジを食べきると、その辺にあった布でオレンジ汁を拭い、装置の前で姿勢を正す。

「さぁ、これから儀式を始めます」

 一人しかいない作業部屋で、リモナは仰々しく手を合わせる。

 まずは、装置の左側にインクのタンクを置き、中に管を入れる。管の反対側は装置に繋がっている。

 次に真ん中の文字盤だ。アルファベットが刻まれた四角のボタンが、二十六個分ある。それらを、LIMONAの順に奥に押し込む。これで準備完了だ。

「うわ、どきどきする」

 いよいよ本番だ。リモナは右上のレバーを握り、下に押し下げた。

 するとLのボタンから伸びたピアノ線が一瞬沈み込む。ピアノ線が戻ると次にIのボタンのピアノ線。その次はMのボタン。装置の下に敷かれた羊皮紙には、LIMの字が印字されている。

「おお!」

 リモナは戦慄した。自分で設計して組んだ装置が思い通りに動くと、身体が震えるものだ。

 しかし、Oのピアノ線は沈んだまま浮き上がらない。ギアの噛み合わせが悪かったのだろうか。

 リモナはピアノ線を推しているハンマーを、指先で突いた。すると——。

「うわぁあ!」

 ハンマーが勢いよく跳ね上がる。その反動で各ボタンから繋がっていたピアノ線がぽろんぽろん外れ、腸管からインクがどばどば流れ出す。

「わぁあ! 待って待って!」

 暴れる腸管を、リモナは慌てて掴む。しかしインクで手が滑り、腸管はするんと作業台に転がった。黒い海が作業台に広がる。

「うーわぁ。どうすんの、これ」

 リモナは真っ黒い手をだらんと垂らして、作業台の惨状を眺める。失敗したことよりも、これをきれいにすることの方が、めちゃくちゃげんなりする。

「ミャオ」

 野良猫のぺぺが、開けっ放しの窓枠に乗っていた。呆れたように尻尾を揺らしている。

 リモナはムッと拳を振り上げた。「次は絶対に上手くいくんだから」

「ミァーオ」ぺぺはどうでも良さそうにあくびをした。

 しかしこれをきれいにするのには気力が要る。ちょっとだけ休憩してもいいよね。

 リモナは、インクが乾いた後のことなど考えもせず、散歩に行くことにした。


 気持ちのいい海風に乗って、ウミネコが飛んでいる。あんな風に飛べたら気持ちいいだろうな、なんて思いながら、リモナは浜辺を歩いていた。

 すれ違う人たちが、リモナの服についた黒いシミを見て眉を顰めた。

「おいーまたガラクタ作りかぁ? お前もいい歳なんだからよ」と言うのは、近所の漁師のおじさん。

「そんなこと言ったって無駄だよ、親父。リモナは色気よりもインクなんだ」おじさんの息子が、網を片付けながらニヤッと笑う。

「でもリモナのおかげで色々楽になってるからね」

 別の漁師が、ロープを上下に引きながら網を巻き取る。リモナが作った巻き取り機だ。

 リモナは得意げに指で鼻を揺らした。鼻の下に黒い髭が生える。

「へへへ。いくらでも言ってよね、たくさん作るからさ」

 漁師たちは呆れ混じりに笑った。ぺぺが、漁師に擦り寄って魚をねだる。

 すると浜の向こうから、別の漁師の少年が走ってきた。「リモナ、ちょっと来て」

 少年に連れられて行くと、広げられたままの網の前で、彼の両親が立ち尽くしていた。

「あぁリモナ、ようやく来た」母親が言う。

「どうしたの?」

「巻き取り機がおかしいんだ」父親が言う。少年と両親は巻き取り機を見た。

 リモナは眉根を寄せた。

「どうせまた何か詰まってんじゃないの?」

 言いながら巻き取り機の方に向かう。こういうときは、大体いつも木片やガラス破片が邪魔している。いい加減、ゴミ選別機能付きの巻き取り機でも考えた方が良さそうだ。

 巻き取り機の周りを確認すると、一箇所に網が偏り、それで目詰まりを起こしたようだった。

「しかしこれはこれで上手くないなぁ」

 リモナは独りごちながら、網の偏りを手で無理やり均す。

 すると網の中で、何かがきらりと光った。水を吸った光り方とは違う何か。

 リモナは光ったあたりのところに手を突っ込んだ。

 なんだろう、これ。

 あ、小瓶みたい

 リモナは手を引っこ抜いた。

「うわっきたない」

 小瓶の中は藻だらけだった。しかもフジツボみたいなのも付いている。

「ミャオ」

 いつの間にかぺぺが寄ってきていた。

 ぺぺは興味深げに小瓶を眺めている。

「これ、欲しいの?」

「ミャオ」

「でも汚いよ」

「ミャーオ」

 とは言え、この小瓶は転写機のインクタンクに使うのにちょうどいい小ぶり感だった。

「リモナー! どんな感じ?」広げた網の向こうから、漁師の父親が声をかける。

「網が詰まってたのと小瓶が挟まってただけ!」リモナは小瓶をスカートのポケットに入れ、巻き取り機のロープを握った。「網、巻き取るよー!」

 ロープを上下に動かすと、網が順に巻き取られて行く。うん、これで今日のところは大丈夫そうだ。

 少年がやって来たので、リモナはロープを少年に渡してその場を後にした。

「うーん、お腹すいたねぇ」

 リモナは伸びをしながら浜辺を歩く。足元でぺぺがミャオと言って、リモナのスカートにつかみ掛かった。

「何、ぺぺ。あたし、ぺぺが食べられるようなもの、何もないよ?」

「ミャアミャア!」

 ぺぺはしきりにリモナのスカートを揺らした。するとスカートからぴちゃぴちゃ水が滴った。

「うわー! リモナが漏らしてる!」近所の子供らが囃し立てた。

「違うって!」

 リモナは慌ててポケットから小瓶を取り出した。元々ボルトやナットが入っていたポケットは、藻とフジツボが混ざってカオスだ。

「うーわ、最悪」

「ミャオ」

 これで帰るのは、流石のリモナも気が引ける。

 リモナは近くの入江に行き、岩場に座った。海水でポケットを洗う。

「服がフジツボに侵されるのは嫌だもんね」

「ミャア」

 ぺぺはリモナのそばに置いた小瓶を前足で転がした。小瓶は岩場を転がり、岩の間に落ちそうになる。

 それをリモナが手で止めた。

「ダメだよ、これはあたしのインクタンクなんだから」

 しかしやっぱり藻だらけで汚い。

 リモナは小瓶の中の藻を睨んだ。

 すると、藻の中で何かが光った。

 青っぽい光。

 そういえばさっき網の中で見た光も、こんな色合いだったような。

「ミャア!」

「わぁ!」

 ぺぺが飛びかかって来たせいで、リモナは小瓶を海に落としてしまった。急いで海に手を突っ込み、沈む前に小瓶を掴む。

「はぁ」リモナはぺぺを睨んだ。「もう、このサイズの瓶、なかなかないんだからね」

「ミャーア」

 リモナは水中から小瓶を取り上げた。

 すると、さっきまで濃く覆っていた藻が、きれいになくなっていた。

 かわりにあったのは——青い石のついた指輪。

「何だろ、これ」

 リモナは指輪を手に出し、青い石をじっと見つめる。

 吸い込まれそうな海の青だ。見ていると、まとわりつく潮風が、何となく爽やかに感じた。

 ……れ。……すれ。

 何か聞こえる。

「ミャアミャア!」ぺぺが飛びかかって来た。

「わわわ!」リモナは指輪と小瓶をぎゅっと握りしめた。「もう、ぺぺ! また落としたらどうすんの?」

「ミャアミャア!」

 ぺぺはリモナの手を、無理やり前足でこじ開けようとする。リモナはぺぺをかわそうと手を振った。

 その拍子で、指輪を持つ手を動かしたときだった。

 指輪が小刻みに振動し始める。

「えっなになに?」

「ミャアミャアミャア!」

 風向きが変わり、白波が激しく立ち始める。

 ぺぺはそそくさと波打ち際から離れていった。

「え、待って待って! 置いてかないで!」

 リモナは慌てて立ち上がり、足を踏み出した。

 しかし大きな竜巻が、リモナを閉じ込めた。風の壁を突破しようにも、はじかれる。波打ち際からは、大きな波が近づいてくる。

 やばい、やばい!

 死ぬ——!

 リモナはその場にしゃがみ込んだ。

——俺を呼んだのはお前か。

 低い男の声が、風のうねりの中で聞こえてきた。

 リモナは首を横に振った。

「知らない知らない!」

——いや、お前だろう。

「知らないってば! 死にたくない!」

——俺を呼んだからには何か——

「ダメなんだってば! 転写機作るまでは!」

「——はあ?」

 男の声が近くから聞こえて来た。かなり呆れた口調で。

 リモナはうっすら目を開け、顔を上げた。

 海の上のまばゆく光る青い光の中に、一人の男が浮かんでいた。

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