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からくり娘と三人の魔神  作者: ふたぎ おっと
タイル2.リモナとポンコツ旅とランプの魔神
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2-1.ポンコツ二人旅

「ところでイルサーム行くならあっちだよ? こっち側てくてく行ってどうするの?」

 リモナは海の向こうを指差した。

 二人は海岸沿いの街道を歩いている。

「いや、お前……丸腰で行くつもりなのか?」

「え? 丸腰じゃないじゃん。工具箱も食料もある」

 リモナは二人の周りに浮かぶ工具箱といくつかのかごを指差した。一夜干しの魚のかごは、腐らないように局所的に冷たい風が吹いている。

 風に乗って漂う魚の匂いに誘われ、さっきからカモメにまとわりつかれていた。

「いや、お前……」アズラクは額を撫でた。「色々あるだろ?」

「色々? 例えば?」リモナはオレンジのかごから一つ取り、剥き始めた。

「言語とか」

「クゥークゥー<魚っ魚っ>」

「え、言葉通じないとかあるの?」リモナはオレンジをひと粒口に放り込んだ。

「あるんじゃないのか、人間は」アズラクは首を捻った。「それに風土とか」

「クゥークゥー<なぜだっ。なぜこのオレが近づけないっ>」

「よそのとこって何が美味しいんだろう?」

「さぁな」アズラクはため息混じりに返した。「それに地図とかさ」

「クゥークゥークゥークゥー<トンビにも勝るオレの華麗な飛行がっ謎の力に阻まれるとはっ>」

「アズなら上から見れないの?」リモナはオレンジをひと粒アズラクに差し出した。

「お前なぁ。上から見ても地形しか分からないんだぞ。国境とか地名とかは分かんねぇよ」アズラクはオレンジを口に入れた。「それに今どんな時代で人間社会が——」

「クゥークゥークゥー!<魚っよこせさか——>」

「うるせえ!」アズラクが手を動かすと、風が捻りカモメの向きが反転する。

「クゥークゥークゥー!<なっなんだ! 魚から遠ざかって——……>」

 あたりが一気に静まり返った。

 リモナは面白そうにそれを眺めた。

「ナイス、カモメ撃退」

「はぁ」

 アズラクはため息をついた。

 上空を飛んでいくのもなんだからと街道を歩き出したものの、アズラクは早くも後悔し始めていた。

 もう少し準備してくるんだった……。

 勢いでミラージャを飛び出したものの、目的地もはっきりと定まっていなければ、この時代に関する情報もなさすぎる。今も適当に街道らしき道を歩いているが、自分たちがどこにいて、どこに向かって歩いているのかさえ分からない。リモナに聞いても「よく知らないんだよね」と返ってくるばかり。

 アズラク一人ならなんとでもなるが、リモナはそういうわけにはいかない。ましてや自分たちはミラージャの人間社会から逃げてきたのだから、そういう面はより慎重に考える必要がある。

 まったく。

 魔神を欲しがるのではなく追い出したがる時代が来るとは。

 すると口にオレンジを押し付けられた。

「今日天気よくて良かったよね! 放浪日和!」

 茶色のまんまる目をキラキラさせて、リモナは太陽を仰いだ。

 アズラクはため息を飲み込んだ。

 まったく、主人がこれでは先が思いやられる。

 まぁでも、俺が何とかすればいいし、何かあったらその時はそのときだな。

 口の中に甘酸っぱさと渋みが広がった。

「ねぇねぇアズ」

「んー?」アズラクはかごの中のオレンジを空中で輪の形にして回した。

「アズの会いたい人ってどんな人?」リモナはオレンジの輪に手を突っ込みながら尋ねる。

「なんでも出来るやつだな。なんでも生み出せるし」

「そうなの? 新しい機械もごはんも?」

「お前食うことばっかりだな」アズラクは笑った。「からくりは分からねえけど、あいつなら何でも作れるんじゃないか?」

 リモナは、水揚げされたばかりのタコが一瞬にしてタコ串焼になるからくりを想像してみた。

 あ、それいいな。

 今度試してみよう。

「他にはどんなことが出来るの?」

「そうだな。過去と未来を行き来したり」

「どっかにドアでもあるの?」リモナは眉をひそめた。

「は?」アズラクは首を捻った。「ドア?」

「だって時計の針進めたり戻したりしたって、普通の人は行けないじゃん」

「お前は一回、魔神の魔法という概念をだな……」

「他には?」リモナはオレンジの輪から、一個つかんだ。

「他には? うーむ、そうだな」アズラクは考えながら、リモナの手からオレンジを風で奪う。食い過ぎだ。「人を操ったりとか」

 リモナは怪訝な顔をした。「なんかそれはやだ。そんな人と仲良いの?」

 アズラクは声を上げて笑った。

「あいつの力聞いてそんなこと言うやつ、初めて見た」

「そうなの? 人操る人とか嫌じゃない?」

「命令されなけりぁそんなこともしねえよ」アズラクはオレンジを全部かごに戻した。「昔からの腐れ縁なんだ」

 アズラクは、あんまり笑わない友人の顔を思い浮かべた。彫像のような端正な顔はいつも疲れていて、金色の目は暗く翳っていた。

 洞窟の中……。

 まさかあいつもそんな目に遭っていたとはな。

「その人、なんでも生み出せるんだよね? お肉もおねだりできるかな?」

 こいつは本当に食い気ばっかりだな。「魚じゃなくていいのか?」

「うん。だってミラージャじゃあ、あんまり牛とか豚食べられないし」

 アズラクは思案した。「食わせてやろうか?」

 リモナは目を輝かせた。「食べれるの? どうやって?」

「どっか森とか行ったら鹿か兎くらいいんだろ?」

 リモナは想像して涎を垂らした。

 ずっと前に食べた鹿肉、美味かったんだよねぇ。

 アズラクはククッと笑った。「後でな」

「わーい! 今夜は肉!」

 リモナは両手を振り上げた。

「アズが肉も取れるなら、その友達になんかしてもらう必要ないね」

 アズラクは盛大に笑った。

 かつてはこぞって奪われ合った魔神の力なのに。

 あぁ、早くあいつに会わせてやりたい。

 きっとお前も気に入るはず。


 しかし歩けど歩けど、街らしきものも森も現れない。

 太陽はじりじり照り付け、街道の先には白い土道が続いている。アズラクが風を吹かせてくれるから暑さはいいけど、リモナはだんだん足が疲れてきた。

 オレンジのかごに手を伸ばす。

「街まだぁ?」

 リモナはオレンジを貪った。

 アズラクに言われて大事に食べてるけど、神父からもらったオレンジはもう半分近く減っている。

「俺らまだ出てきてそんな経ってないだろ」アズラクは太陽を見上げて付け足した。「多分」

「経ってるよー。だって日の出に出てきたのに、もうあの位置だよ」

 太陽はてっぺんを少し過ぎていた。

 リモナはオレンジの汁を大事に口の中で味わった。先ほどお昼休憩に一夜干しの魚を食べてから、異常に喉が渇く。水もあんまり多く持ってきてないし。

「つーか俺たちが向かってる方向に街はあるのか?」

 アズラクはリモナを見てため息ついた。

 誰かとすれ違ったら街の方角でも聞くつもりだったが、今のところ誰とも会っていない。

 すると上空に群れをなして飛んで行く鳥を見つけた。

「リモナ、少し待ってろ」

「ふぇ?」

 アズラクは急に飛び上がり、鳥の群れに向かう。

 リモナは見上げながら近くの岩に腰掛けた。

 足がじんじんする。喉も乾いたし。

 オレンジのかごを見る。

 もう一個くらい、いいかなぁ?

 しかし手を伸ばすと、オレンジのかごは逃げて行く。追いかけると、更に逃げていく。

「アズめ……」

 リモナはオレンジを睨んで座り込んだ。

 せいぜい数時間歩いたら隣町に着くものだと思っていたんだけれど、放浪がこんなに大変だなんて思わなかった。ミラージャに来てたよその人は、毎回こんな思いしてるのかな?

「瞬間移動装置とかあればいいのになぁ」

「リモナ」アズラクが帰ってきた。「移動するぞ」

「ふぇ?」まさか瞬間移動——。

「方向逆だった。こっちは岬しかないってよ」

「どゆこと?」リモナは空を見上げた。

「あいつらに聞いた」アズラクは遠ざかって行く渡り鳥を指差した。「ついでに近場の川も聞いた。ほら行くぞ」

 アズラクはリモナも工具箱も食料のかごも丸ごと浮かして、渡り鳥に聞いた方向へ超特急で向かう。移動中、リモナはオレンジのかごに手を伸ばしたが、遠ざけられた。

 リモナはむっとアズラクを睨む。

「あたし、アズのご主人さまなんでしょ?」よく分からないけど。「もうちょっと労わってくれても良くない?」

 アズラクは目を丸くすると、意地悪く微笑んだ。「ご主人様の後々の快適さを維持するのも大事なんだよ」

 そう言うと、リモナの周りにふかふかのクッションのような竜巻が現れた。

 あ、これは快適かも……。

 水欲しいけど。

「すぐ着くからな、もう少し我慢してろよ」

 アズラクは更に速度を上げた。

 風圧に圧されて、髪がもげる……と思っていたら、一瞬にして森の奥にやって来た。きれいな川がぴちゃぴちゃ流れている。

「わーい! 水、水!」

 川べりに到着するなり、リモナは川面に手を伸ばした。

 ひんやり気持ちいい。

 両手ですくって口に運ぶ。

「っかぁー! 生き返る!」

 アズラクは喉の奥で笑った。「厳禁だな、お前。さっきまで死にそうだったのに」

「ここの水、ミラージャより美味しいんだよ!」

「水に味の違いなんてあるのか?」アズラクは近くの岩場にもたれかかった。「いいけどお前、落ちるなよ」

「落ちないよ」リモナは前のめりで顔を洗いながら言う。「あたしのこと舐めてるでしょ」

「舐めてねぇけどさ、あぁほら落ちるぞ」ずるずる川に落ちそうになるリモナの身体を風で押し戻す。

「待って待って、もうちょっとひんやりしたい」リモナは両腕を前に突き出した。

「しゃあねぇなぁ。こうするか」アズラクは川の上に薄い風の層を作った。「寝そべってみろ」

「え、これはこれで川に落ちそうで怖くない?」風の層たって、すぐ下は川面だ。リモナの体重なら落ちる。

「試してみろって」アズラクはリモナの身体を風で後ろから押した。

「わわ! ちょっとアズ――」

「――わあああ!」

 突然聞こえてきた声に驚いて、リモナはアズラクの風の層に突っ伏した。

 あ、本当に落ちないんだ。

 めっちゃ川近い!

 気持ちいい——。

「たっ助けてくれ!」

 先ほどの声が近付いてきた。

 顔を上げると、対岸の茂みからおじさんが一人走ってきた。片手にはクロスボウを持ち、もう片方には血だらけの鹿の皮を持っている。

 更におじさんの後ろからは、大きな獣――。

「何あれ! おっきな……犬?」リモナは風の層の上で身を起こした。

「多分、熊じゃないか?」アズラクが返す。

「あれが熊なんだ!」リモナは目をきらめかせた。生で見たのは初めてだ。

「いいから助けてくれええ!!」

 男が川に入ってくる。

 リモナが身を乗り出すと、風の層が川のこちら側へ戻っていく。

「あれ、アズ。戻っていくよ」リモナはアズラクを振り返った。

「お前ら助けてくれねえのかよ」

 おじさんは泣きそうな顔で叫ぶ。

 熊は容赦なく川に入ってきた。

「まぁ見てろ」アズラクは落ち着いて言う。「お前、落ち着けよ」アズラクは熊に向かって言った。

「落ち着けるわけがないだろう! 追われてるんだぞ!」おじさんが叫ぶ。

「グァウグァウ!」

「何だって? 餌? そいつ食ってもまずそうだろ」アズラクは構わず熊に言う。

「グァウグァウ!」

「わあぁ! はまった! 足はまった! 嬢ちゃんでもいいから手を貸してくれっ」

「え、大丈夫? ほら、手――アズ!」川に入ろうとすると風の壁が邪魔をする。

「しゃーねぇ。ほら」アズラクは腕飾りをじゃらじゃら鳴らして、川の中に風を送り込んだ。ついでに熊が近寄ってこないように盾を張る。

「あ、抜けた! 抜けたぞ!」おじさんがバシャバシャ音を立てながらこちら側に近付いてくる。「嬢ちゃん、これ持ってくれないか?」

 血だらけの毛皮を渡されて、リモナは顔をしかめた。「えぇ、汚れる……」

 おじさんは泣きそうな顔になった。

「はぁ、しゃあねぇ」アズラクは更に手を振った。おじさんがそのまま川から上がれるように風を押す。「なぁリモナ」

「ん?」リモナはおじさんに手を差し伸べながら聞く。

「魚一匹くらいいいよな」

「え?」

 アズラクはリモナの返事を聞かずに魚を一匹熊の口に放り込んだ。「ほら、これでいいか?」

「グァウグァウ!」

「おい、リモナかよ。あんまりやると俺らの分がないからな。これで勘弁してくれ」アズラクは川面を見ると、川に風を送り込んだ。三匹の魚が川から飛び出てまっすぐ熊の口に向かっていく。「もうないぞ」

「グァウ……」

「お前、なかなかわがままだな」アズラクはもう一振りした。

「な……あの兄ちゃん、何してるんだ?」おじさんが尋ねた。川岸に上がり、熊とアズラクのやり取りを眺めている。

「さあ。なんか熊と話してるみたい」リモナは汚れた手を川で洗った。

 すると、対岸にどっさり木の実の山が出来ていた。

 熊は吸い寄せられるようにそちらに向かっていくが、木の実はだんだん川べりから遠ざかる。熊は木の実を追いかけていき、やがて消えていった。

「もう大丈夫だぞ、おっさん」アズラクはおじさんに向き直った。

 おじさんはひきつった顔で乾いた笑いを漏らした。

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