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からくり娘と三人の魔神  作者: ふたぎ おっと
タイル1.リモナと指輪の魔神
14/38

1-13.旅立ち

 工房には、重い沈黙が降りていた。

「ねぇ、このままあたしたち、どうなるの?」

 騒ぎを聞いてやって来たお姉ちゃんが、尋ねた。一緒にやって来たママは、パパに付き添って暗い顔をしている。

「その人のせいであたしたち……」お姉ちゃんは、窓際のアズラクを見た。

「アズは、あたしたちを守ってくれた」リモナはお姉ちゃんを遮って言う。「工房も守ってくれた。悪いのはあたしの……」

 リモナは声を詰まらせた。

 本当に巻き取り機のせいなの?

 分からないけれど、みんなリモナのからくりを壊したって言う。みんなが怖い顔をして工房を壊そうとしたのが、とても怖くて悲しかった。

 ハリルは何か言いたげに顔を上げるが、何も言えなかった。

「皆さん、こちらにお揃いでしたか」老神父が窓から顔を出した。

「神父様、こちらに来て大丈夫なのですか?」ハリルが尋ねる。「転覆事故の怪我人を看ていたとか」

 神父はにっこり微笑んだ。「えぇ。意識が戻りましたので、あとはご家族に任せてお暇してきました」

 一家は息をついた。

「あの神父さま……」リモナは恐る恐る尋ねる。「その人が網に巻き込まれたのって、あたしの巻き取り機のせい?」

 神父は目を丸くした。「何故そんなことを?」

「ミヒャエル神父がそう言ってて……」

 神父はリモナと一家の顔を見渡し、小さくため息をついた。

「彼はときどき、過激にものを言うところがあります」

「違うんですか……?」ハリルが尋ねる。

 神父は首を横に振った。「原因は誰にも分かりません。海の上で起こることは、誰にも予測がつきませんから」

 ハリルは顔を伏せ、肩を震わせた。ママが背中を撫でる。

 つられてリモナも涙を流した。

「神父さま、あたしのからくりってそんなに悪いもの?」

「何を言うのですか。あなたは立派に町に貢献していますよ」

「でもみんな壊したって。本気で工房を焼くつもりだった……」

 リモナは両手に顔を伏せた。お姉ちゃんが肩を抱き寄せる。

「悲しいことです。そうやって誤った結論に飛びついてしまうのも、彼を受け入れられないこの町も」

 神父はアズラクへ視線を向けた。

「しかしリモナ。私はあなたのからくりが好きです。次はどんなのが生まれるか、いつもわくわくしているのですから」

「本当……?」リモナは泣き腫らした目を上げた。

「本当です」神父は懐からハンカチを出した。「ほら、涙を拭いて。いつもの自信を捨ててはいけませんよ」

 リモナはハンカチに顔を埋めた。

 優しい風が、リモナを包んだ。

「それで、神父様」ママが静かに尋ねる。「私たちはどうなるのでしょう?」

 神父は、しばらく押し黙った。

 ママとお姉ちゃんとアズラクは、神父をじっと見つめて彼の言葉を待った。

「正直なところ、私にも分かりません」神父は弱々しく言う。「しかしあなたたち一家とこの工房に関しては、なんとか町を説得しましょう」

「アズは?」リモナはハンカチから顔を上げた。「アズのことは?」

 神父は渋い顔をした。

 アズラクはやれやれと肩をすくめた。

「時代は変わったもんだな。魔神を所有するよりも排除したいとは」なんでもないように言う。

「申し訳ありません。ただ、崇める神が違うだけなのですが」

「いいよ、なかなか面白い体験も出来たし」アズラクは両腕を伸ばした。

「アズ?」

 リモナはこの会話の行方に嫌な予感がした。

 アズラクは真剣な顔でこちらを振り向く。狼のような青い瞳には、もうゾクゾクされなかった。

「リモナ」

「いや」

「リモナ、指輪を捨てろ」

「いや」

「そうすればお前は——」

「捨てたらアズはどこに行くの?」

 アズラクは天井を見上げた。

「指輪持ってどっか適当に放浪するかな。次の主人見つかるまで」アズラクは肩をすくめた。「相棒探しに行くのもいい」

 リモナはアズラクを見てから、右の中指を見た。

 サファイアの指輪。

 昨日これを見つけてから、町は瞬く間に変わってしまった。意味の通らない理屈で、からくりを簡単に壊してしまう町に。

「それなら、あたしも放浪する」

「リモナ!?」

 その場にいた全員が声を上げた。

 リモナは強気を取り戻して顔を上げる。

「どうせあたしも堕落してるとか言われてるんでしょ。しばらくいなくなった方がみんなもいいでしょ、あたしも腹立ってるし」

「リモナ」お姉ちゃんが声を上げた。「あんた意味分かって言ってるの?」

「そうよ、癇癪はよしなさい」ママが言う。「それに、ここから出てどうやって生きて行くつもり?」

「なんとかなるでしょ。工具箱持ってくし」リモナは両手を握った。

「ばか言うな。お前はミラージャ以外知らないだろう……!」パパが蒼白な顔で詰め寄った。「外がどれだけ危険か——」

「アズはあたしについて来られるの、嫌?」

 茶色のまんまる目に見上げられて、アズラクは目を見開いた。ただでさえリモナのこの展開には予想外だったのに。

 アズラクは後ろに並ぶリモナの家族と、窓の外の神父を見た。神父はともかく、リモナの家族は縋るようにアズラクを見ている。なんて言って欲しいか一目瞭然だ。

 すぐ前のリモナへ視線を戻した。赤くなった目に強い光を宿しながらも、微かに揺れている。

 ああ。

 リモナの人生を考えるなら、家族の意向に沿うべきなのだろう。

 しかし、主人を悲しませることは出来ない。

「正直、リモナには長く指輪の主人でいて欲しい」

 キラキラした顔で魔法を生み出す娘。アズラクの時代では当たり前だった要求は何一つせず、空を飛んで町の景色を見るだけで喜んでくれる。

 サファイアの指輪を拾ったことが、リモナの世界を危うくしているということは分かっている。

 けれど、このキラキラ輝く目でからくりを作るこの小さな魔法使いを、間近で守りたい。

「そんな……ダメだ、リモナ……」パパがよろよろとリモナに寄った。「リモナ」

「正直、私もこれが得策とは思いませんが、良い機会なのかもしれません」神父が静かに言う。

「神父様まで何を……!」

「ハリル、リモナは才能に溢れています。少しばかりミラージャを離れて外の世界を見てくると、きっと良い刺激になるはずです」

「そんな……」よろけるパパを、ママが支える。

 神父はアズラクへ視線を向けた。

「指輪の魔神さん。リモナのこと、守ってくれますね?」

 アズラクは、リモナの家族とリモナを見てから、神父を見た。

「必ず守る」

 すると横から拳で叩かれた。

「あたしがアズを守るんだよ!」

 そう言って、窓際のかごからオレンジを取った。

 橙色に乗るサファイアの青は、昼と夜のように見えた。


 日が昇ったばかりの朝焼けの町はずれ。

 リモナとアズラクは、旅用のマントを羽織って、見送りに来た家族と神父に挨拶していた。

「リモナ、辛くなったらすぐに帰ってくるのよ」ママがぎゅっと抱きしめた。「それからこれも」ママはかごいっぱいの干物と野菜の瓶を差し出した。

 アズラクがそれも宙に浮かした。

 二人の前には、リモナの工具箱と昨日の魚のかご、オレンジのかごも浮いている。

「これだけあったら飢えることはないね」リモナは鼻を揺らした。

「ばか」お姉ちゃんが言う。「こんなのたった数日だからね。あぁこの子ったらもう——」

「大丈夫ですよ、リモナには技術がありますから」神父が、持ってきた新たなかごをリモナに差し出す。「こんな物しかありませんが、どうぞ持って行ってください」

 神父のかごには、オレンジと小さな布袋が入っていた。取り上げると、じゃらじゃら音が鳴った。

 神父が人差し指を口に当てた。「内緒にしてくださいね。あなたへの投資です」

 リモナはにっこり笑って神父に抱きついた。神父は優しく肩を叩く。

 すると布袋を別の手に取り上げられた。

 パパだ。

「リモナに預けて置くのはすぐ無くなりそうだからな」パパは布袋をアズラクに差し出した。

 アズラクは目を丸くして布袋を受け取った。

 パパは誰とも目を合わせず、その場をうろうろし出した。

「まったく、なんでこんなことに。とにかくリモナは世間知らずで淑女らしさのかけらもなくて、世間の空気を読まないから、あぁやっぱり」

「変な虫は寄せ付けないし、リモナは絶対守る」

 ハリルは目を赤くして魔神を睨んだ。

 お前が一番変な虫なんだが。

 リモナがまたも魔神を小突いた。

「あたしがアズを守るんだってば」

 その右の中指に光るサファイアの指輪を見て、ハリルは口を震わせた。

 娘を抱きしめる。

「すぐに帰って来るんだぞ」

 ハリルは何度も鼻をすすった。

 リモナもつられて鼻をかんだ。

 そうして二人は旅路に出た。

 二人の周りには、工具箱と食料のかごがぷかぷか浮かんでいる。

「それで、どこに行くの?」

 リモナは神父から預かった手紙に目を落とした。リモナのような若者好きな友達に宛てた手紙だ。

「まぁそれ訪ねるのも良いが、リモナは行きたいところないのか?」

 リモナは首を傾げた。「あたし、どこでも良いや」正直ミラージャ以外知らないし。

「なんだそれ」

「アズはないの、行きたいところ」

 アズラクは少し考えてから答えた。「イルサーム」

「イルサーム?」

 アズラクは曖昧に頷いた。

「まぁイルサームじゃなくてもいいんだが、会いたいやつがいて」

「へぇ……」相槌を打ってから、リモナは首を傾げた。「でも何千年も前の人ならもういないよ?」

「いや、多分いる」

 アズラクは海風が流れる方へ顔を向けた。

 気持ちのいい風が、吹いている。

「ねぇアズ」

「ん?」

「いっこだけお願いしていい?」

 アズラクはリモナを振り返った。「なんなりと」

「最後にもう一度、ミラージャの町を見たい」

 リモナは町の方を見ながら言った。


 (あるじ)のいなくなった工房に、猫が一匹。

 リモニャも青いやつも出てったにゃ。しっかり魚を持ち去って。

「ミャーアミャーア!<ずるいにゃあ! ぼくに黙って魚を独り占めする気にゃあ!>」

 ぺぺは床に寝転んで、四肢をバタバタさせた。

 まったく、人間はすぐ騒ぐにゃ。つまらにゃいことで出てって魚を持ってくにゃんて。

 すると、扉が控えめに開かれた。

 にゅ? にゃにやつ。

 入ってきたのは、リモニャのパパだった。ぺぺを追い払いはしないけど、頭の固い人間にゃ。

 ハリルは、作業台の上に置かれた図面をパラパラめくる。それは、この工房を作る前からリモナが生み出したからくりの図面だった。

 ハリルはそれを抱きしめ、咽び泣く。

 仕方にゃいやつにゃ。

 ぺぺはハリルに近寄り、お腹を見せて寝転がった。

 ハリルはぺぺを見る余裕もなく、肩を揺らす。

 やがて顔を上げ、作業台の奥に置かれたからくりに近づいた。

 アルファベットが刻まれた四角い部品に、ピアノ線。左側の腸管はインクタンクに伸び、右側には取手がある。

 ハリルは直感的にアルファベットを押した。

 LIMONA、と。

 そして右の取っ手を下げた。

 すると、アルファベットのボタンから伸びたピアノ線が一瞬沈み込んでは戻る。それを文字の順番通りに繰り返し、やがて羊皮紙に『LIMONA』と印字された。

 ハリルは泣いた。

「何ですか、その悪魔の道具は」

 反射的に振り返ると、ミヒャエル神父がズカズカと工房に入ってきた。後ろに町民を二人従えている。

「な、何なんですか」ハリルは作業台の前に回った。「娘なら町を出て行きました。これ以上もういいでしょう?」

「あなたの娘は恐るべきからくりを残して行ったのですね」ミヒャエル神父は目を細めて転写機を睨んだ。「調べる必要があります。あれを」

 ミヒャエル神父が指差すと、町民が申し訳なさそうな顔をして工房の奥に向かってきた。

「やめてくれ!」ハリルは立ちはだかった。「これはリモナの努力の結晶だ!」

「ハリル、リモナは誑かされたんだ」

「諦めろ」

 町民二人が引き剥がそうとするのを、ハリルは踏ん張った。

 それをミヒャエル神父が冷たく見据える。

「ハリル」

 ハリルはミヒャエル神父を見上げる。

「あの悪魔の影響が残りの家族に残っていないといいですね?」

 ハリルは目を見開いてミヒャエル神父を見た。

 町民らは、ハリルを押し退けて作業台からリモナの転写機を持ち上げる。テキパキとした足取りで、工房の近くに置いた台車に乗せる。

「善良な役人は善良な市民を守らないといけませんよ」

 ミヒャエル神父はそう言い残して去っていく。

 ハリルはその場に泣き崩れた。

 ぺぺは、逃げ込んだ棚の上から、それらを眺めていた。

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