第七話 小学校にて
「じゃあ折本さん、この問題を解いみて」
翌日、俺は数学の授業に出席していた。
小学3年生の数学……じゃなくて算数なので、目を瞑っていても分かる。
黒板の前に立ち、すらすらすら〜問題を即答する。
「はい、正解です。みんな拍手〜」
ぱちぱちぱちと、クラスの子供達から祝杯を受ける。
「あ、ども、ありがとうございます」
なんだか照れ臭くなり、早足で席に戻る。
そういえば、小学生って問題を解くだけでこんなに褒めてもらえたっけ。
でも、今思えば問題を解いたことに対してではなく、1人注目を浴びながら問題に答える、その姿勢に対し賞賛をあげているのかもしれない。
子供にぱちぱちされているこの状況は、少し恥ずかしい。
しかし、この姿勢はとても重要だ。将来働くことになるこの子達には、人前に立って方話す場面がでてくるだろう。
小学生の『黒板の前に出て話す』という行為は、その予行練習なのではないだろうか。
小学生の頃に、事前に経験を積み、中学生、高校生でその経験を訓練し身につける。『黒板の前に出て話す』という行為以外にも、掃除や委員会など、将来生きて行くために必要な行動の訓練をしている。
つまり何が言いたいのかというと、小学校とは勉強するためだけの場所ではなく、総合的な人間性の訓練をする場所なのだ。
小学校に通う理由は勉強以外にも大いにある。だからこそ、まつなに通わせる必要があるんだ。
そのためにも、まずやるべきことがある。
こっそり机からイヤホンを取り出し、耳につける。
まつなにもイヤホンをつけさせ常にスマホを通話状態にしてもたせてある。
今日は大学の出席日。できれば行かせたくなかったが、ゼミの単位を落とすのは大変大きいため、苦渋の決断で行かせることにした。
通常はまつなに都度判断は任せるが、緊急事態時には俺からの指示を受ける。
緊急事態時の合図は……。
『こほんこほん』
イヤホン越しに咳払いが2度聞こえてきた。
これは、緊急事態の合図!
「どうした、なにがあった?」
なるべく小さい声でまつなに問いかける。
『ゆ、ゆうや。緊急事態だよ』
「どうした!」
『トンカツとカツ丼、どっちがいいと思う?』
「………なんだって?」
『だからね、トンカツとかつ丼、どっちもおいしそうなの』
……なんというか、何事もなさそうで良かったけども……。
「………どっちでもいいんじゃないか?」
『どっちでも良くないよ!』
適当に返すと、突如キレられた。
『ゆうやは分かってないよ! 体に悪いからって、どっちも滅多に食べられないんだよ』
「そ、そうか、悪かった。カツ丼がいいじゃないか、一皿にまとまってて食べやすいし」
『やだ、トンカツの方が美味しそう』
だったら最初から聞くんじゃねぇ、と突っ込みそうになったが、ぐっと飲み込こんだ。
「お、折本ちゃん?」
授業をしていた先生から心配そうに声をかけられる。
やべ、思わず声を荒げてしまった。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫です。なんでもないです」
「授業中は静かにね」
そう言うと、黒板の前に戻っていく。
次合図があったら、トイレに行こうかなと考えていると、また咳払いが2度聞こえてきた。
「おい、今度はなんだ」
『どうしよう、どうしようゆうや』
その声色は不安に満ちており、俺の危惧感を煽る。
「どうした!」
『サイダーとコーラ、どっちがいいかな』
…………。
「どっちが飲みたんだ」
『コーラ』
「じゃあコーラを飲みなさい」
『分かった』
……だんだんとまつなの扱いが分かってきた気がする。
でもまぁ、何事もなさそうでよかった……。
そして、前を向くと。
「……折本さん、本当に大丈夫?」
すぐ近くに先生がいらっしゃった。
「……大丈夫です。なんでもないです」
ぺこっと頭を下げる俺。
「体調が悪かったら、すぐに先生に言うのよ?」
そして、すたすたと黒板の前に戻っていく。
これ以上心配されるのはまずいな。
ママに連絡されたら、また自覚否定から入る精神攻撃を喰らってしまう。
まつななら大丈夫だろう。大学……っていうか、自由に行動できることを楽しんでいるしな。
俺はスマホを手に取り、音量を下げた。




