第820編「推しが私を選んだ日」(ステージの上でも、ふたりきりでも、あなたがいちばん眩しい)
アイドルグループ「Lumière」のライブ会場。ペンライトの海が揺れ、ファンの歓声が熱を帯びる。ステージ中央に立つのは、グループのセンター・一ノ瀬響。透き通る歌声、しなやかなダンス、そして何よりファンを惹きつけるあの瞳——。
私は、そのすべてに夢中だった。
推し活を始めて三年。全ライブ皆勤、グッズはコンプ、ファンクラブの最上位ランク。SNSには毎日「響ちゃんかわいい」の投稿。アイドルとファン、交わることのない関係。でも、それでよかった。響が輝いていれば、それだけで——。
……そう思っていたのに。
ある日、当選したファンミーティングで、響と二人きりで話す機会が訪れた。
「いつも応援してくれてるよね。……知ってるよ」
至近距離で見つめられて、息が止まりそうになった。
「響ちゃんのこと、ずっと応援してます! もう、本当に、大好きで……!」
勢いで言葉が出てしまった。すると、響はふっと微笑み、少しだけ身を寄せた。
「私もね……君のこと、気になってたの」
まるで、恋に落ちる音が聞こえた気がした。
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それから数ヶ月。
私たちは、「推しとファン」ではなく、「私と響」として、ひそやかな時間を重ねていた。
レッスン終わりのカフェ、誰もいない夜の公園、彼女の部屋。どこにいても、響は輝いていた。でも、ステージの上とは違う、もっと柔らかくて、私だけが知る響。
「ねえ、今度の新曲のコンセプト、百合なの」
そう言って、ソファに座る私の隣に響がもたれかかる。
「もしかして、私たちのことバレた……?」
「ふふ、大丈夫。でも、ちょっとドキドキするね」
彼女の手が、私の指をなぞるように絡む。
「だって、歌詞の中の『大好き』、私には君の顔しか浮かばなかったんだもん」
推しは、私にとって遠い憧れだったはずなのに。
今はこんなにも近くて、こんなにも愛しい。
——ねえ、響ちゃん。
私は今でも、あなたのファンでいられるかな。
それとも、もう違う名前で呼んでもいい?




