第816編「薔薇色のトゥニカ」(絹の縫い目に、ふたりの愛を秘めて)
薄暗い工房に、**ボビンレース**を編む繊細な音が響いていた。
「リュネット、そこはもう少し細かくして。ほら、**フランドル風**のレースは、もっと繊細な流れを意識しないと」
そう言いながら、エレオノールはリュネットの手元を覗き込んだ。彼女の金糸のような髪がふわりと揺れ、リュネットは少しだけ鼓動が早くなるのを感じた。
「わかってるわ。でも、これ以上細かくすると、強度が落ちるんじゃない?」
リュネットは慎重にレースを撚りながら、布の上に整えていく。
「強度よりも、美しさを優先するのが貴婦人のドレスでしょう?」
エレオノールはくすっと笑いながら、刺繍糸を手に取る。深紅の**サテンステッチ**が、滑らかな**ベルベットのトゥニカ**の裾を飾っていく。
「この刺繍糸、いい色ね。**コチニール染め**かしら?」
「ええ。シルク糸に上質な染料を使ったものよ。トゥニカの色に合わせて、少しだけワインレッドを混ぜたわ」
「さすがね、リュネット」
エレオノールは微笑みながら、彼女の指先にそっと触れる。リュネットは一瞬、針を落としそうになった。
「……ちょっと、作業の邪魔しないでよ」
「ふふ、ごめんなさい」
工房の隅には、仕立てあがった**サーコート**や**コタルディ**が並んでいた。どれも王侯貴族が注文したもので、贅沢な金糸刺繍や宝石飾りが施されている。
「このトゥニカは、どんなデザインにするの?」
「身頃は細身にして、袖はたっぷりの**マントレットスリーブ**に。襟元には**リネンのゴフレット**をつけるわ」
「素敵ね。でも……」
エレオノールはそっとリュネットの頬を撫でた。
「本当は、あなたのために作ってるんじゃない?」
リュネットの手が止まる。
「……そんなわけ、ないでしょ」
「嘘」
エレオノールは優しく微笑むと、リュネットの指先を引き寄せ、自分の唇にそっと押し当てた。
「私のために仕立てたのなら、嬉しいわ」
リュネットは頬を染めながら、小さく息を吐いた。
「もう……あんたって人は、本当にずるい」
けれど、針を進める手は、どこか優しくなっていた。
薔薇色のトゥニカに、ふたりの愛がそっと縫い込まれていく。




