第814編「三人目の花」(あなたもきっと、咲かずにはいられない)
「私、そういうの興味ないんで」
涼香は腕を組み、低めの声でハッキリと言い切った。
目の前には、仲睦まじく並んで座る双葉と茉莉。この学校でも有名な公認カップルだ。手を繋いで歩くのは当たり前、授業中も小声で甘い言葉を囁き合い、昼休みにはお互いのお弁当を「あーん」し合う始末。
そんな二人に突然呼び出され、「涼香も百合の世界に来るべき!」と宣言されたのだ。
「いやいや、なんで私が?」
「だって、涼香ってすっごくカッコいいじゃない!」
双葉が身を乗り出し、熱い眼差しを向けてくる。
「女子人気すごいし、体育の時なんて『あの涼香先輩のシュート、マジ惚れる』とか『涼香先輩に抱きしめられたい』とか、もう学内の半分くらいが涼香推しだよ?」
「知らんわ、そんなん」
「でもさあ……」
茉莉が、ゆっくりと微笑みながら近づいてくる。その仕草が、妙に艶っぽい。
「私たちは、涼香のこと『百合の才能ある』って確信してるの」
「は?」
「だって、誰よりも女の子を大切にするじゃない?」
「そりゃ、友達としてな」
「優しいし、面倒見もいいし、運動神経もいいし、あの低い声で名前呼ばれたら、誰だってドキッとするし……」
茉莉がスルリと涼香の背後に回り、耳元で囁いた。
「それに……本気で好きになったら、すごく甘えそう」
ゾクリと、背筋が粟立つ。
「な、何言ってんだよ、お前ら……!」
涼香は乱暴に椅子から立ち上がった。こんな会話に付き合ってる場合じゃない。
「もういい、帰るわ!」
しかし、その瞬間——
「逃がさないよ?」
双葉が立ち上がり、涼香の腕をそっと掴む。
茉莉も、いたずらっぽく微笑みながら、反対側の腕を取った。
「ねえ、涼香」
「百合の世界はね、一度足を踏み入れたら、もう戻れないの」
「……っ!」
涼香の頬が、ほんの少しだけ熱くなる。
——もしかして、自分はすでに片足を踏み入れてしまったのかもしれない。
だって、二人の瞳があまりにも楽しげで、そして、少しだけ、魅力的に見えてしまったのだから。




