容疑者
「呪具屋が怪しい?」
マディソンはそう聞いて怪訝そうな顔をした。
「その、先代の時も、イレーヌ殺しで疑われたという話を聞きまして」
年若い警察官が少しおどおどした様子で答えた。
「おい、だがいくら何でも、結局、イレーヌ殺しの時は呪具屋は無実だったんだし、あの時とは状況が全然違うんだぞ」
「それはそうですけれど」
部下の様子が何とも歯切れが悪い。
「もし、マルテネス・リンドが、知ってはならない秘密を知ったとしたら?」
「おいおい、リクハルト、いったい何を言い出すんだ?」
思わず部下を名前のほうで呼んだ。
「その、自分の正体がバナディース夫人だと闇夜鷹は知られないようにしていた。もしマルテネスがそれを知ったとしたら」
「いくらなんでも殺すほどのことか?」
バナディースの一族と結婚といってもフェアリスの夫は、本家筋から少しずれている。正真正銘本家であれば、兼業のフェアリスが妻となることはできなかったろうが。
「あのお嬢ちゃんはおそらくバナディースの名前にそれほど執着していないと思うが」
「どうしてそう思うんですか?」
「もし執着してたら、呪具屋なんぞしないだろう」
バナディースの名前に執着があるなら、それを失う可能性を片っ端から消す。その障害となる商売をするなどもってのほかだ。
「バナディースではなく、夫のほうかもしれない」
確かに愛は犯罪の動機になりうるが。彼女がどれほど夫を愛しているのかそれとも愛していないのか、二人でいるところを一度も見たことのないマディソンにはわからない。
「愛していて、呪具屋も続けたいなら、結婚にこだわることもない。優雅な令嬢になるという手もある」
優雅な令嬢とは、あえて結婚せず、自由恋愛を楽しむ女性たちのことだ。
むろん豊富な資金を持っていることが前提であるが、そしてフェアリスにそれだけの金は十分にある。
むしろ、マディソンはなぜフェアリスが優雅な令嬢にならなかったのかが不思議だ。
金があって、うるさい親がいない状況であれば、過半数が優雅な令嬢になることを選ぶ。
そういう境遇の女は極端に少ないので、優雅な令嬢自体の数は少ないが。
彼女達に制限されているのは出産ぐらいなものだ。私生児を産むことはさすがに体裁が悪いため。
「でも、マルテネスを殺したいという人間が少なすぎて、それなら闇夜鷹こそ、その動機を持っているような気がして」
確かに、マルテネスを殺したいという動機の持ち主はいまだ見つからない。
「まあ、警部にとっては小さいころから知っている人ですし、殺人犯でないと思いたい気持ちはわかりますが」
とんでもない誤解だ。確かにフェアリスを小さいころ一度だけあった。そして十数年ほどの空白を経て再開しただけだ。
思い入れもへったくれもない。
「誤解だよ、それは」
マディソンはそう言った。
「それに、マルテネスの女優仲間にまだ、聞き込みをしていない。闇夜鷹のところに行くのはその後だ」
部下はまだ不満そうな顔をしていた。




