抜け駆けする人がいるんですけれど!?
クロノス中等学院の生徒たちは教室と下足室にそれぞれ自分のロッカーを持っている。
城下町でも指折りの職人たちが一段一段木彫りし、専門の技師が色を塗った一品物。
白を基調としたデザインに、金色のつる草が緩やか蔓延る様が描かれている。
教室に設置されたものは一段に付き、高さ60cm、横20cm、幅30㎝の縦長なロッカー。
下足室に設置されているものは一段に付き、高さ30㎝、横20㎝、幅30㎝を各段、登下校用の外靴と体育時の運動靴を収納するためさらに二つに区切っているロッカーである。
中でもこれらのロッカーは学院内の備品の中でも最も手が掛けられており、これらの総額は乞食一人を男爵に叩き上げられるほどとか。
これらを作らせたマドマリ・クロノス曰く「入口は学園の顔!!」だそう。
そして、彼女の親戚筋に当たるウィリアム曰く「まあ、一部はあいつの趣味なんだけど。」とのこと。
そんな下足ロッカーの前にキマイラたちは立っていた。
仲睦まじく微笑み合うキマイラとリヒト。
その後ろにはじっとりとした目で二人を眺めているウィリアム。
花のように微笑むキマイラとこの世のものとは思えない様な愛らしい笑み浮かべるリヒトがお互いに見つめ合っている。
こ、神々しい!!流石は王家の血をひかれる方だ!最早人間とは思えない!
本当に人間じゃなかったら大ごとだが!
あれはまるで花の精と天使だ!!
女子生徒が近寄ろうものなら、リヒトの笑みに当てられて卒倒しかねない。
あの二人に近づくなんて絶対無理だわ!気絶しちゃう!!
それに比べてクロノス様は何て力強くたたずんでいらっしゃるの!?
やっぱりクロノス家の方は我々とは違ってらっしゃる!
そう!あの二人を優しく見つめるあの目はさながら聖母!
光すら映っていない、あの目は!
さながら死んだ魚の目である。
下足室にやってきていた多くの生徒の視線を集めている二人。
どうやら、何かを話しているようだが、周囲には聞こえていない。
「私は幸せ者ですね。何せ、最愛の人と一緒に下校できるのですから。ここ暫くは生徒会の仕事で放課後は殆ど一緒に過ごせませんでしたから。久々に貴方といられることを心より嬉しく思います。」
「おほほ、嫌ですわハインツさんたら。一緒にいられないのは基本的に放課後だけで、それ以外はお昼も移動教室もご一緒しているではありませんの。まあ、ご一緒しているというよりは、私が貴方様に上手く誘導されて一緒にいるという方が適切ですけれど。」
「放課後は一緒にいられる時間の限られていない特別な時間ですから。こうして貴方とゆっくり帰路を歩くのが私の憩いの時でもあるんですよ。」
「あら、い、一緒に帰ろうなどとお誘いした覚えはありませんわ。貴方様がか、勝手について来ただけですもの。あ、申し遅れましたけど生徒会就任おめでとうございますわ。」
「ありがとうございます。いや、成り行きで任された仕事がここまで忙しいとは思ってもみませんでした。何せ、学院長直々の推薦であった為、断るわけにも行かず。貴方には寂しい思いをさせてしまっていますね。この埋め合わせは必ず。」
「貴方様などに時間を埋められてはたまりませんわ!私、イエリエリ家の令嬢として常に勉学に励まなければいけませんの。それに貴方様がいなくて寂しいなんて思ったことは一度もありませんのよ!寧ろ、め、目障りな相手が居なくて、せいせい、しているくらいですの!!」
「ああ、いけませんよ可愛い私の婚約者殿。そんなに愛らしい顔で拗ねられたらもっといじめたくなってしまいます。」
「いじ・・・!?こ、この腹黒王子!!なんてこと言うんですの!?」
「はい、王子です。」
「ねえ、さっきから私の辛口の罵倒を無視して、都合のいい部分だけ抜粋した返答するの止めて頂けません!?これ、言ってる自分も結構きついんですのよ!?」
「新しい作戦は中々でした。腕を上げましたね。」
「師匠面しないで下さる!?だ、大体どうしてあれだけ酷いことを言われて笑っていられるんですの!?人として良くないことを一杯言いましたのよ!?普通嫌いになるでしょう!?」
「だって、貴方は酷いことを言う前、必ず一回噛んでいましたし。言うたびにスカートの裾を握りしめてるし、涙目になるし。」
キマイラはスカートを握っていた手を咄嗟に離した。
あほらしいと言わんばかりにウィリアムは二人を無視して靴を履き替えている。
「挙句は私に生徒会就任のお祝いの言葉まで言ってくれました。」
「そ、それはずっと言えていなかったからで、」
「相手を本気で貶めようとしている人はそんな言葉絶対言いませんよ。」
「あああ、もう!!社交界の暗黙の了解なんて知りませんわよ!」
「貴族令嬢なのに。」
「うるさいうるさい!!」
リヒトが唐突に鉄壁の笑みを崩す。
悲しそうに瞼を伏せ、少し悲しそうに口角を下げた彼。
今まで見たことのない表情にキマイラが目を見開いた。
その端で、靴を履き替え終わったウィリアムがもうここ八カ月で見飽きたことの流れが終るのを待っている。
「貴方に、あんな風に言われるのは少し、堪えるものがありました・・・はは、貴方が私に嫌われたいのは解っていることなのに。できればもう、言わないでほしいなんて。私は貴方の婚約者失格ですね、貴方の望みに貢献できないのですから。」
「っ!?」
リヒトは困ったように苦く笑ったかと思うと、唐突にキマイラの手を取った。
そして、その手を優しく両手で握ると、まるで子犬のような上目遣いで言った。
「ダメですか?」
きゅん
「きゅん、じゃない!!ときめいてどうするんですのよお!!」
「キーマ?」
「だ、騙しましたわね!?一瞬本気で信じたじゃありませんの!!」
「ははは、まだまだですね。それでキーマ、お願いは聞いて貰えますか?」
「捨て犬のような眼を止めなさいな!何で私が作戦を仕掛ける度に演技力を向上させるんですの!?」
「つい楽しくて。こんな私は嫌いですか?」
「そのうるうるした上目遣いで見ないで!!どこから覚えて来るんですのよ!?こんな技。なんか私よりも技術向上してませんこと!?」
「ジャック寮長からご指導を。」
「何故!?あの人舞台役者だったのかしら!?」
「にしても、幾ら作戦とは言え、貴方があのようなことを言うなんて珍しいですね?誰かに入れ知恵でも、」
「ねえ、それ今ここでしないとダメ?」
完全に帰り支度を終えたウィリアムの言葉で二人がピタリと止まる。
このようなやり取りをすること八カ月。
キマイラが毎回違う作戦を考えてくるため、内容のマンネリ化はしないものの、流れは大抵変わっていない。
大半の時間を二人と過ごしているウィリアムには最早見飽きた光景だった。
「ここでやる必要ないでしょ!?帰ってしなさいよ、痴話喧嘩ならよそでやって!」
「ち、痴話喧嘩じゃ、」
「痴話喧嘩よ!!先に帰るとあんたがうるさいから待っててやってんのに、毎回こんなことで待たされるこっちの気にもなりなさいよ!それに。」
「う、はい。なんでしょ、」
「もう飽きた。」
「飽きた!?」
「内容は変わっても流れが同じなのよ。いい加減学習しなさい。あんたの中途半端な作戦とやらを見てるとあそこはあーすればよかったんじゃないか、ここはこうすればうまくいくんじゃないかとかいろいろ考えちゃうのよ!!最近、授業中に自分で作戦考えちゃうようになっちゃったじゃない!!」
「優等生!!」
「黙らっしゃい!あんたの顔見ただけで事前予想まで立つようになったのよ!?」
「予習復習まで完璧ですわ!ウィル、もしよろしければお力添えを、」
「嫌よ!!あたしの立てた作戦を使ったら絶対上手くいくじゃない!」
「言い切りましたわね!?」
「ふん、当然よ。何事においても、あたしの考えることに抜かりなんてないわ!!」
「流石は学年二位!!」
「ええ、そうよ。でも、二位って褒めてるようで、褒められてる気はしないからやめて。」
「すごい気になりますわ!その作戦!」
「じ・ぶ・んで何とかするの!!あんたが始めたことでしょ!?一人で頑張んなさい、そして、あたしのいない所で頑張んなさいよ!!」
「今日はこれだけじゃありませんの。私も少しは同じこと繰り返してるかなあ、と思ってもう一つ作戦を考えてきてますの。」
「ん?」
急ぎ靴を履き替えるキマイラはロッカーのドアを閉めると腕を組んだ。
ない胸を張り、いつにも増して自信満々である。
これにはキマイラのせいで普段からリヒトを貶める作戦を考えるようになってしまったウィリアムも少し興味を持ったらしい。
これだけ大騒ぎしているにも関わらず、何故か周りの生徒にキマイラたちの声は聞こえていない。
ああ、何かを言っておられるわ!よく聞こえないけれどきっと素晴らしいお話なのね!?
イエリエリ嬢とクロノス嬢が向き合っておられる!!何と麗しいんだ!しかも、イエリエリ嬢はあの幼く、成長期真っただ中の胸を堂々と貼っておられるではないか!何と愛らしい!
この学院の生徒たちは一度まとめて耳鼻科医院を受診することをお勧めしたい。
一方、一連のやり取りを終えたリヒトはキマイラの手を放すと自分のロッカーへ向かった。
ロッカーはそれぞれ、学年、クラス、性別ごとに場所が分かれている。
そのため、男子のロッカーは女子のロッカーの場所から少し離れた場所にあるのだ。
「ふっふっふう!本日の作戦は一味も、二味も違いいますのよ!!なにせ、私が・・・」
次の作戦を発表しているキマイラを横目にリヒトがロッカーのドアを開けた。
「っ!!」
ドサドサッ
リヒトのロッカーから大量のゴミが溢れだした。
丸められたプリントや綿埃、生徒が昼食後に捨てた包み紙など、恐らくは学院のゴミ箱から持ってきたのであろう物。
リヒトは咄嗟に二歩、後ずさる。
「え・・・?」
「ちょっ、何よこれ!?」
さらにロッカーから溢れ出してくるのはそれだけではない。
ゴソゴソッ
押し込まれたゴミがある程度床に落ちると、残ったゴミが奇妙に動き始めた。
ロッカーの真正面に立っているリヒトが眉を顰める。
山のように積まれたゴミの中から、一つの髪の弾が下に落ちた。
そして、代わりの様にそこに現れたのは灰色の毛を茶色く汚した、ネズミだった。
チュウ、キュキュッ?
それも一匹ではない。
五、六匹の丸々と太ったネズミたちが床に飛び降りると、リヒトの足元をすり抜けて行った。
「き、きゃああああああああああ!!」
「うわあ!?」
「う、嘘!!ネズミ!?いやああ!!」
「こっちにこないで!!」
「お、落ち着け!!兎に角誰か先生を、」
「一体誰がこんな事を・・・。王族にこんなことして、ただじゃ済まないぞ?」
周りの生徒たちから悲鳴があがる。下足室は一瞬にして大騒ぎになった。
リヒトの靴にはゴミの汚れが付き、とても履くことは出来ない。
これにはさすがのリヒトも驚きをかけせないらしく、彼は大きく見開いていた目をゆっくりと細めた。
一方、一部始終を見て、驚きのあまり絶句していたキマイラと困惑を隠せず、声を荒げるウィリアムが慌ててリヒトに駆け寄る。
「何なんですの?これ・・・。」
「だ、誰よこんなことしたの!?まさかあんた、」
「ち、違っ・・・私絶対にこんな事は、」
「兎に角、今は先生の指示を仰ぎましょう。」
「え、ええ。そうね・・・。」
「・・・。」
「まさか学院でこのような悪戯を仕掛けられるとは、流石に私も予想外でした。」
それから教師がやってくるまで三人は一言も言葉を交わすことはなかった。
交わせる言葉など、見つからなかったのだ。
その間、リヒトはじっと落ちたごみを見つめ、キマイラは唇をキュッと結んだまま制服の胸元を握りしめていた。
下足室から少し離れた柱の陰にティアートは立っていた。
ロッカーの前に立っているキマイラの姿を見ながら。
「うーん、流石にこれはなあ。ふふ、さあて、どうなるかな?」
彼は薄く笑うとその場を後にした。




