お料理って難しいんですのね
昼休みのこと。
音速で進んで行くクラスAの授業を受け終えたキマイラはリヒトと一緒に中庭のベンチに座っていた。
彼女は一つのランチバッグを抱えている。
クロノス中等学院の中庭には色とりどりの花が咲き誇っていた。
春時期である今は桃色の花が基調で、ツツジの花が葉を覆いつくす程大量に咲いている。
中央には噴水があり、地面の草や真っ直ぐに立つ木はきれいに切りそろえられていた。
昼食の前、キマイラはウィリアムにも声をかけていたが、中庭では食べたくないと言って断られた。
中庭は二人以外にも多くの生徒で賑わっている。友人同士で話している生徒は勿論、キマイラやリヒトの様に婚約者同士で食事を取っている生徒もいた。
令嬢らしく微笑んでいるキマイラは同じく笑顔のリヒトにランチバッグを差し出した。
「ハインツさん、今日は私、お弁当を作って来たんですの。」
「キーマは自分で料理も出来るんですね、素晴らしいです。」
「まあ、ハインツさんったら。そんな大層なものではありませんのよ?」
「でも僕には料理のできる女性はとても魅力的に思えます。」
「お褒めに預かり光栄ですわ。」
「本当のことを言ったまでです。」
「それで、良かったら召し上がって下さらない?」
「え、良いんですか?」
「はい。貴方様の為に作って来たんですもの。」
「そうでしたか。あなたの手料理を食べられるなんて僕は幸せ者ですね。」
リヒトがランチボックスを開くと中からは小さな花の模様が付いた弁当箱が出てきた。
彼が弁当箱の蓋を開いた瞬間、キマイラは一瞬ニヤリと笑った。
さあさあ、食べてくださいな。
スッピツさんに頂いた情報を元に作り上げた特製弁当!!
昨日、徹夜で作り上げた渾身の力作!!
ふふふふ、ふふふふふふふふふふ・・・!!
心の中では不気味な笑い声を上げつつ、変わらない微笑みを浮かべているキマイラ。
弁当箱の蓋を開けたリヒトは動きを止めて、中の料理をじっと見ていた。
キマイラが今回作って来た弁当には白米に加え、色取り取りの料理がきれいに詰め込まれている。
おかずの内容はピーマンの肉詰め、ピーマンと春雨の炒め、ピーマンとおかかの和え物。
最初は弁当箱全てをピーマンで埋めてやろうと思っていたキマイラだが、幾ら野菜であるとは言え栄養が偏るので残った隙間には別の物を詰めた。余ったスペースにはプチトマトや卵焼き、別容器にぶどうも入れてある。
何も言わずに弁当箱を見つめているリヒトを見て、キマイラは小さくガッツポーズした。
数日前の事。
参考書を図書室へ返しに行ったキマイラはそこでスピッツ・ハインツ・ベルンに会った。
その際スピッツは先日の約束通り、キマイラにリヒトの弱みや嫌いなものをいくつか教えたのだ。
代わりにキマイラはリヒトが今、何を熱心に勉強しているかをスピッツに教えた。
普段はリヒトと喧嘩ばかりしているスピッツ。しかし、本当はリヒトのことが大好きである。
それはゲームが始まる前である今も変わらない。
リヒトと言う一人の存在を通じて、キマイラとスピッツは仲良くなっていた。今ではお互いを名前で呼び合う仲である。
やりました、やりましたわ!!スピッツさん!
私、初めてハインツさんを一歩リードしましたわ!!
うふふ、さあどうですのハインツさん?
「どうかなさいましたの?ハインツさん?もしかして、お嫌いなものでもありましたか?」
キマイラが笑顔で聞く。
初めてリヒトに勝利したキマイラは歓喜に溢れていた。
しかし、そんな彼女にリヒトは表情一つ変えることなく、口角を上げたまま言った。
「まさか。貴方が作ってくれたものに嫌いなものなんてありません。」
「では早く召し上がって下さいな。感想が聞きたいですわ。」
「ああ、そうですね。解りました。では、」
リヒトは弁当箱と共に入れられていた箸を取り出すとそれをそのままキマイラの手に渡した。
「何ですの?これ?」
「食べさせてください。」
「は?」
「貴方が作ってきてくれたものを食べるだけでも嬉しいのですが、折角ですから貴方の手で食べさせてほしいと思いまして。」
「はい!?」
キマイラの笑顔が一瞬にして引きつった。
しかし、リヒトの笑顔が崩れることはない。
それを見て、流されまいと必死になるキマイラはいつになく令嬢らしく振舞った。
言葉遣いも丁寧なまま、大声も出さず、笑顔ももう一度作り直して。
「も、もうハインツさんったら、いけませんわ。そんな子供の様なことを言われては。」
「僕も貴方もまだ十分子供だと思いますが?」
「わ、私はそんなこと言いませんもの!」
「では貴方は大人の女性であると?」
「それはその・・・上げ足ばかり取らないでくださいな!そ、それに!!周りの方々が驚いてしまいますわ!」
「そんなことはないと思いますが?」
そう言ってリヒトは中庭にいる生徒たちの方へ目を向けた。
中庭では友人同士で食事を取っている生徒たちが大勢いる。そんな中、リヒトが見ているのは噴水の周りで食事をしている生徒たちだ。
小鳥のように身を寄せ合った数組の男女。彼らは楽しそうにほほ笑みながら手を繋いだり、耳元で何かをささやき合ったり、お互いの昼食を食べさせ合ったり。あろうことか頬にキスをする者もいる。
成程、ウィリアムが中庭で昼食を取りたくないと言う訳だ。
噴水の周りだけは何故か一般生徒が近寄りがたい空気を醸し出していた。
「ね?」
「風紀が乱れ過ぎですわ!!自重すべきではありません!?白昼堂々イチャイチャして!!」
「中庭は毎日こうですよ?」
「最早誰も人目なんか気にしてませんわね!?あれが貴族の子息令嬢・・・。」
「まあ、婚約者同士の生徒も多いですから。」
「この学院、成績にはあんなに五月蝿いのに何故あれは許すんですの?理解できませんわ。」
「欲求不満にでもなって問題を起こされたら面倒だからでしょう。」
「生々しい発言は止めてくださいな!」
キマイラの令嬢らしい振る舞いは開始十分にして終了した。
「だから言ったでしょう?僕らが何をしたところで誰も気にしません。」
「こんなことを言うのもなんですけど、誰か気にしてほしいですわ。」
しかし、頭を抱えているキマイラを他所にリヒトはにじり寄ってくる。
「それとも、彼らのようなことをする方が良いですか?」
「な!?まだ婚約しかしてませんのにあんな破廉恥な」
「彼らも全員ただの婚約者です。」
「ああっ、ああ言うことはもっとちゃんとした成人になってから!」
「おや?キーマはもう大人の女性ではなかったんですか?」
「ぐっ!それはその・・・。」
「キーマ?」
「わ、解りましたわ!!だからもうじりじり攻めてこないでくださいな!!」
勝者リヒト。
いつも通り、最終的に敗北するのはキマイラだった。
リヒトは弁当箱と箸をキマイラに差し出す。
彼が浮かべている笑顔にキマイラは顔を真っ赤にしながら腹を立てていた。
「このっ、マセガキ・・・!!」
小声で悪態をつく。
前世では恐らくリヒトより年上だったキマイラは彼を見て、それ以外の言葉を思いつかなかった。
ああ、また掌の上・・・。
嫌われる気配も全くない。
キマイラにもう少し握力があれば箸は真っ二つに折れていただろう。
「何か言いましたか?」
「いいえ、何も!!」
「ふふ、また顔が真っ赤ですよ?」
「誰のせいだと思ってるんですの!?」
「僕でしょうね?」
「~~っ!もう早くなさって下さいな!!昼休みが終わってしまいますわ!!」
「はい。」
リヒトが口を開くとキマイラは弁当箱の中のおかずを一つつまんで彼の口に運んだ。
せめてもの嫌味としてピーマン料理。
ぱくんと彼の口が閉じられるとリヒトは暫くそれを噛んでゆっくりと飲み込んだ。
「うん、凄く美味しいです。」
「え。」
「今回もはずれでしたね、キーマ。僕は別にピーマンが嫌いではありません。」
「どういう事ですの!?」
「嫌いだったのは幼少の頃の話です。スピッツに聞いたんでしょうけど、彼に聞いたのがそもそも間違いでした。ここ暫く彼とは深い交流もありませんでしたし、彼が知っているのはせいぜい数年前の僕でしょう。今の僕ではありません。歳月が過ぎればものの好みも変わりますよ。」
「そ、そんなあ。」
「でも、僕は本当に嬉しかったですよ?貴方の手料理を食べられる機会なんて早々ありませんから。ますます貴方のことを気に入りました。」
「本末転倒とはこのことですわ・・・もう二度と作りませんわよ!!」
「はい、そうして下さい。」
「え?」
リヒトの言葉に驚いて思わず彼の方を見るとリヒトはキマイラの頬に手を添えた。
親指の腹で彼女の目元を辿り、下から上目遣いで見上げて来る。
「作ってくれるのは嬉しいですが、こんな隈を作られたら心配になります。授業中も辛そうでしたし、貴方は無茶をし過ぎです。」
「こ、この位、何ともありませんわ。」
「いけません。幾ら僕に嫌われたくても貴方が倒れたら元も子もないでしょう?」
「うう・・・。」
「もう一層、諦めたらどうですか?」
「それだけは絶対に嫌ですわ!!」
「強情ですね。」
「貴方様だってそうでしょう?」
「それは確かに。」
リヒトがクスリと笑うとキマイラもつられて笑う。
結局、今日もキマイラの計画は失敗に終わったのだ。
「それはそうと。」
「?」
「あれからやけにスピッツと会っているようですが、どういう事ですか?」
「え!?いや、それはあ、」
「もう二度と関わらないでくださいと言いましたよね?」
「で、でも彼だって良い人ですのよ!?」
「良い人?貴方を化け物呼ばわりした奴が良い人だと言いますか?」
「な、何だか雰囲気が不穏ですわ!!」
「話をそらさないでください。」
「別に害はありませんし、問題なんて、」
「貴方が誰と関わろうと貴方の自由ですが彼だけは絶対に認めません!!」
「私、貴方様に結婚相手でも紹介しているのかしら!?恋人を父に認めて貰えない気分ですわ。どうしてそこまで毛嫌いするんですの!?」
「昔色々あったんです。」
「色々?」
「貴方には関係ありません。今回のことで解ったでしょう?彼は貴方に有益な情報なんてもたらしませんよ。それとも、もっと痛い目を見たいんですか?」
「はえ!?」
この日、寮に戻ったキマイラ・イエリエリは散々ウィリアムに愚痴をこぼしていたらしい。




