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第八話 スキル(後半)

 私は紅茶セットを左手に載《の》せて、右手で旦那様《だんなさま》の執務室《しつむしつ》のドアをノックした。するとすぐに、「はい」という返事が返《かえ》ってきた。だが気のせいか、その声には緊張感《きんちょうかん》が感じられた。やはり旦那様は、もう気づいているのだろう。これから何が、行われるのか。それは旦那様と私、いや男と女のプライドをかけた頭脳戦《ずのうせん》だ!


 私はまず、執務室のドアを開けて中に入った。そして紅茶セットをテーブルに置くと、旦那様に声をかけた、

「旦那様。そろそろ、午前一〇時です。なのでちょっと紅茶を飲んで、休憩《きゅうけい》しませんか?」


 すると旦那様は、一応微笑(ほほえ)んだ。

「ええ、そうですね。そうしましょう」


 そして旦那様は立ち上がり、こちらに近づいてきた。だが旦那様の表情は真剣《しんけん》そのもので、緊張感が感じられた。なのでこの部屋の空気は、少しピリピリとした。でも私はそれに気づかないフリをして、二つの白いカップに紅茶を注《そそ》いだ。そしてソファに座った旦那様に、紅茶を勧《すす》めた。

「さあ、どうぞ。旦那様」

「はい、ありがとうございます」


 と旦那様は紅茶を一口《ひとくち》飲んだ。それを見た私も、紅茶を一口飲んだ。さて。このまま何もしないのは、意味が無い。なので私は、早速《さっそく》しかけた。

「お味はどうですか、旦那様?」

「はい。美味《おい》しいですよ」

「そうですか。やはりメイドのユリーが用意してくれた紅茶セットで飲む紅茶は美味しいですわね」

「ああ、そうですね。レコアさんがこうして紅茶セットを持ってくる前は、いつもユリーさんが持ってきていました」


 そして私は、勝負に出た。

「そのようですね。でもこうして私が紅茶セットを持ってくることになっても、その用意は今まで通りユリーにしてもらおうと思っています。私にはユリーほど上手《うま》く、紅茶セットを用意するスキルが無いと思うので」

「なるほど。ス……」


 とそこで、旦那様は話すことを止めた。やはり気づいたか、さすが旦那様。ここでスキルと言ってしまっては、それは『スキ』と言ってしまうことになるからだ。でも私は、もちろん旦那様に『スキ』と言ってもらいたい。なので私は微笑《ほほえ》みながら、旦那様に揺《ゆ》さぶりをかけた。

「おや? どうなさいましたか、旦那様? 話すことを途中《とちゅう》で止《や》めるなんて?」

「え? あ、い、いやあ……」

「本当に、どうなさいましたか旦那様?」


 と私は更《さら》に、旦那様に揺さぶりをかけた。さあ、どうしますか旦那様? すると考え込《こ》んだ表情の旦那様が、ひらめいた表情になった。お。何か良い考えが浮《う》かびましたか、旦那様? すると旦那様は、話し出した。

「えーと。私はさっき、こう言おうと思たんですよ。『なるほど。スムーズに仕事の引継《ひきつ》ぎができて良かったですね』と」


 なるほど、スムーズですか。よく考えましたね、旦那様。でも私は、更に旦那様を追い込んだ。

「なるほど。そう言おうとしたんですか、旦那様。それではなぜ、すぐにおっしゃってくれなかったんですか?」

「え? そ、それは……」


 と旦那様は、必死に考える表情になった。さあ。どう答えますか、旦那様? すると旦那様の表情は、パアッと明るくなった。お。なにか言い訳《わけ》が、思い浮かんだよですわ。さあ。どう言い訳しますか、旦那様? すると旦那様は、明るい表情のまま答えた。

「し、仕事です! 仕事のことを考えていたんです! いやあ。これから紅茶を飲んで休憩するところだったのに、仕事のことを考えてしまって面目《めんぼく》ない!」


 なるほど。仕事ですか。まあ男性の言い訳の、いつものパターンですね。でも、いいでしょう。私もそう言い訳されたら、これ以上のことは言えません。なので私は、微笑んで告げた。

「まあ、そうでしたか。でも一つアドバイスをさせていただきますと、休憩する時は仕事のことはできるだけお考えにならない方が良いと思います。仕事からいったん離《はな》れて休憩するので、意味があると思うんです。そうして休憩してから仕事をすると、はかどると思います」


 するとピンチを切り抜《ぬ》けて安心したのか、旦那様はホッとした表情になった。

「いやあ、そうですね。レコアさんの言う通りですね。いやあ、面目ない」


 それを聞いた私は、考え始めた。さて、これからどうしようかと。明らかに旦那様は、『スキ』と言わないように警戒《けいかい》している。なのでこの状況で旦那様に、『スキ』と言わせるのは無理か?……。でも私は、あきらめなかった。いや、あきらめませんわ! 絶対に旦那様に、『スキ』と言わせて見せるわ! でもそのためには一体《いったい》、どうしたら?……。


 ふと見ると旦那様は、ホッとした表情で紅茶を飲み干《ほ》していた。くっ。やはり今日は旦那様に、『スキ』と言わせるのは無理か?……。と考えていると、ひらめいた。旦那様が油断《ゆだん》している、今がチャンスだと! なので私はまず、紅茶を飲み干した。そして旦那様に、告げた。

「さあ。私たちはもう紅茶を飲んでしまったようなので、私はこれで失礼します。旦那様はこれからお昼まで、お仕事をがんばってください」


 すると今日は『スキ』と言わずに済《す》んだと安心したのか、旦那様は勝利を確信した表情になった。

「はい! これから仕事をがんばります!」


 と旦那様は、ソファから立ち上がった。今だ! 私は何気《なにげ》なく、旦那様に質問した。

「そう言えば、旦那様? 旦那様に紅茶セットを用意する、スキルはありますか?」


 すると旦那様は、右手を顔の前で振《ふ》った。

「いやあ、私にそんなスキルはありませんよ。……はっ!」


 そんな旦那様を、私は追い込《こ》んだ。

「おや、旦那様? 今、『スキ』とおっしゃいましたか? 一体《いったい》何が、お好きなんですか?」


 すると旦那様は、うろたえた。

「え? あ、いやあ……。あ、そうだ! 紅茶だ、紅茶です! 私は紅茶が大好《だいす》きなんです!」


 そう答えた旦那様を、私はもちろん追い込んだ。

「え? 今、『大好き』とおっしゃいましたか? さあ、答えてください旦那様。本当は一体、何がお好きなんですか?」

「え、あ、いや。そ、それは……」


 と旦那様は、うなだれた。私はそんな旦那様を見て、スッキリした。今日は旦那様に、『スキ』と『大好き』と言わせたからだ。フフフ。今日の勝負も、私の勝ちですわ。油断大敵《ゆだんたいてき》ですわよ、旦那様?

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