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第六話 スキップ(後半)

 私はメイドのリーナと話ができたことに嬉《うれ》しくて、スキップする勢《いきお》いで旦那様《だんなさま》の執務室《しつむしつ》を目指《めざ》した。左手に紅茶セットを載《の》せていたので、スキップはしなかったが。そうして私は、旦那様の執務室のドアをノックした。すると「はい」と返事がしたので、私はドアを開けた。


 そして机の上に紅茶セットを置いて、私はソファに座った。

「旦那様。そろそろ午前一〇時なので、ちょっと休憩《きゅうけい》しましょう」

「はい。そうですね」


 と立ち上がった旦那様は、疑問《ぎもん》の表情になった。

「あれ? レコアさん。今日は何か、良いことがあったんですか? 何だか、嬉しそうですが?」


 お。思わず、表情に出てしまったか。なので私は、理由を説明した。

「はい。実はさっき、メイドのリーナと仲良《なかよ》くなって色々と話をしたからなんですよ~」


 すると旦那様は頷《うなづ》きながら、私と向かい合ってソファに座った。

「なるほど、そうでしたか。実は私も、リーナさんにはいつもお世話《せわ》になっているんですよ」

「はい、聞きました。いつも食事を、作ってもらっているそうで」

「はい」


 そうして私と旦那様は、少しリーナの話をした。まあリーナにはこれからもお世話になるだろうから、仲良くしようと言う話になった。そして私は、思い出した。今日は旦那様に、スキップで『スキ』と言わせることを。しかも、それだけではない。旦那様に『レコアさんがスキップをしている』と言わせることができれば、それは『レコアさんがスキ』と言ったことになるのだ。よ-し。今日も、がんばるぞー!


 なので私は早速《さっそく》ソファの後ろに回って、その場でスキップを始めた。そして、聞いてみた。

「さあ、旦那様! 私は今、何をしていますか?!」

「え? えーと、スキップですが……」


 よし。まずは一回、旦那様に『スキ』と言わせたわ! でも、これからが本番よ! 私は再び、旦那様に聞いてみた。

「さあ! それでは誰《だれ》が何をしていますか?!」

「はい。レコアさんがス……、あれ?」


 と旦那様は、少し考える表情になった。あれ? どうしたんでしょう? 私はもう一度、聞いてみた。

「さあ、旦那様! それでは誰が何をしていますか?!」


 すると旦那様は、慎重《しんちょう》に答えた。

「はい。レコアさんが、嬉しそうにしています」

「え?」


 と私は、思わずスキップを止めてしまった。そして、旦那様を見つめた。するとやはり旦那様は、考える表情をしていた。ま、まさかこれはバレた?! 私が旦那様に、『レコアさんがスキ』と言わそうとしているのがバレた?! い、いや。まだ分からない。でもちょっと、確かめてみよう。私は再びスキップをして、旦那様に聞いてみた。

「さあ! 私は一体《いったい》、何をしているでしょうか?!」


 するとやはり旦那様は、少し考える表情になった後《あと》に答えた。

「えーと……。レコアさんは、喜んでいます」


 それを聞いた私は、思わずスキップを止《や》めた。き、気づいている。気づいているわ、旦那様は。私が旦那様に、まずは『スキ』と言わせようとしていることに! その瞬間《しゅんかん》、二人の関係は変わった。今までは私が一方的《いっぽうてき》に旦那様に、『スキ』や『レコアさんがスキ』と言わせてきた。でも今は、違う。旦那様は、完全に気づいた。私が旦那様に、そう言わせようとしていることに。そして旦那様は、それは言いたくないようだ……。


 でも私は、この勝負に負ける訳《わけ》にはいかない。この旦那様に『スキ』、『レコアさんがスキ』と言わせる勝負に。なぜならまずは旦那様にそう言わせて、本当に私のことを好きになってもらうために。そしてこの私と旦那様の、白い結婚から抜《ぬけ》け出すために……。


 なので私は、まずは旦那様に『スキップ』と言わせなければならない。そうすれば旦那様が『スキ』と言ったことになって、私が勝つからだ。でも旦那様は、ほぼ確実に気づいている。この私が旦那様に、『スキ』と言わせようとしていることに。どうする? どうする、私……。


 すると旦那様は、ニッコリと微笑《ほほえ》んだ。

「さあ、レコアさん。そんなことをしているより、私と一緒《いっしょ》に紅茶をいただきましょう」


 ダ、ダメだ! これは罠《わな》だ! もし私がソファに座って紅茶を飲むことになったら、もうソファの後《うし》ろでスキップをすることが不自然《ふしぜん》になる。今だ。今やるしかないのだ。今スキップをして、旦那様に『スキ』と言わせるしかないのだ。でもそのためには一体、どうすれば?……。


 すると旦那様は、次の一手《いって》を打ってきた。

「それじゃあ、レコアさん。私が紅茶をカップに、注ぐというのはどうでしょう? それで二人で紅茶を、いただくというのはどうでしょう?」


 ガーン! や、やられた。これはやられた。旦那様にそう言われたら、私はそうするしかない。旦那様の誘《さそ》いを断《ことわ》るのは、不自然だ。ま、負けたのか? この私が負けたのか?……。と私が絶望《ぜつぼう》しようとした時、ひらめいた。こ、これだ! これにかけるしかない! 私は、渾身《こんしん》の一撃《いちげき》を放《はな》った!

「それでは旦那様、一つ質問です。私はさっき、何をしていたのでしょう? 四文字でお答えください」


 すると、旦那様の顔色《かおいろ》が変わった。そうだ、私は四文字で答えてくださいと言った。『喜んでいる』では、四文字にならない。だから、『スキップ』と答えるしかないのだ! さあ、どうする旦那様?! すると旦那様は、あきらめた表情になった。

「レコアさんはさっき、スキップをしていました……」


 それを聞いた私は、思わずガッツポーズをした。やった、私は旦那様に『スキ』と言わせましたわ! この勝負、私の勝ちですわ! そして私は、ソファに座った。それにしても今回は、厳《きび》しい戦いだった。まさか旦那様が、私が言わそうとしていることに気づくなんて。いや。さすが私の旦那様だわ! と私は旦那様を称《たた》えて、旦那様が注いでくれた紅茶を飲んだ。

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