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第三十七話 隙間産業(後半)

 そして私は旦那様《だんなさま》の執務室《しつむしつ》の前に立つと、深呼吸《しんこきゅう》をした。焦《あせ》る気持ちを、落ち着かせるためだ。私は旦那様と、毎日でもキスをしたい。でも、焦ってはいけない。私と旦那様は今、良い関係を築《きず》けている。だからこのまま行けば本当の夫婦のように、毎日キスをする関係になるはずだ。だから、焦ってはいけない。私は自分にそう言い聞かせると、気持ちが楽になった。よし、いいぞ。この感じだ。そうして私は、執務室のドアをノックした。


 すると中から「はい」と返事《へんじ》がしたので、私はドアを開《あ》けて中に入った。そして早速《さっそく》、旦那様に声をかけた。

「旦那様。そろそろ、午後三時です。なのお茶でもいただいて、休憩《きゅうけい》しませんか?」

「そうですね、そうしましょう」


 と私と旦那様は、向かい合ってソファに座った。そして私は二つの白いコップに紅茶を注《そそ》いで、その内の一つを旦那様に勧《すす》めた。

「どうぞ」

「はい。ありがとうございます」


 そうして私と旦那様は、同時に一口《ひとくち》紅茶を飲んだ。さて、今日はどうしようかと考えていると旦那様は真剣《しんけん》な表情をしていた。いつもならお茶の時間は紅茶を飲んで、リラックスしているのに。なので疑問に思った私は、聞いてみた。

「あの。どうかなさいましたか、旦那様?」

「はい?」

「いえ。せっかく紅茶で休憩しているのに、リラックスできていないようなので」

「ああ、そうですね……」


 と旦那様は、話し始めた。

「実は今、この王国の新しい企業《きぎょう》に投資《とうし》をするかどうか迷っているんですよ」

「はあ」

「この王国では今、作っている工業製品《こうぎょうせいひん》の値段が高くなっていることは以前お話したと思います。人件費《じんけんひ》が高くなったのが、その理由です。なのでその工業製品は、以前よりも売れなくなりました。そこで前回レコアさんに、それならこの王国の文化や芸術を売ったらどうかとアドバイスされました。そして私も、そうしようとしています。でも今、これまでとは違う方法で工業製品を作る企業が現れたんです。何とその企業は人間ではなく機械を使って、大量に工業製品を作っているんです。なので人件費が少なく、安い工業製品を作れるのです。なのでその安い工業製品なら、売れるかも知れません。なのでこの王国の内政《ないせい》を担当《たんとう》する私としては、その企業に投資をして応援するべきなんです。でも一つ、問題がありまして……」


 そこまで旦那様の話を聞いた私は、疑問に思った。安い工業製品なら、きっと売れるだろう。だからその企業に投資をして、応援したら良いのではないかと。一体、何が問題なんだろう? なので私は、旦那様に聞いてみた。

「私はその企業は、素晴《すば》らしいと思います。なので投資をして、応援すれば良いと思います。なので一体《いったい》、何が問題なのでしょうか?」

「それは、失業者《しつぎょうしゃ》が増えるのではないかという問題です」

「失業者が増える? 一体、どうしてですか?」


 すると旦那様は、詳《くわ》しく説明してくれた。

「その企業では、機械が工業製品を作ります。なのでもちろん人が作る訳ではないので、その分《ぶん》失業者が増えるのではないかと考えています。更にその企業に投資をして応援すると、その企業のマネをする企業が増えると思われます。そうすると更に、失業者が増えるのではないかと私は心配しています……」


 なるほど、そういうことか。失業者が増えることは、この王国の内政を担当している旦那様としては困《こま》るのだろう。うーん……。一生懸命に考えた私は、私の考えを話してみた。

「旦那様。私はそれでもその企業に投資をして、応援するべきだと思います」

「ほう、なぜでしょうか?」

「はい。その工業製品を作る機械は、結局《けっきょく》人間が作っているからです。なのでこれからは、工業製品を作る機械を作る仕事が増えると思われます。なので失業者の増加は、抑《おさ》えられると思います。でももし失業者が増えてしまったら、この王国の文化や芸術に関わる仕事をしてもらえば良いと思います。今この王国は、芸術や文化を他国に売るために力をいれているので」


 すると旦那様は、真剣な表情で唸《うな》った。

「うーん、なるほど。確かにそう考えると、失業者の増加を防《ふせ》げるかも知れません……。うん、そうですね。レコアさんの言う通《とお》りだと思います。なのでその企業に投資して、応援しようと思います。その企業は小規模《しょうきぼ》の市場《しじょう》を相手にしている、いわゆる隙間産業《すきまさんぎょう》の企業なので」


 旦那様の話を聞いて、私はハッとした。旦那様は今、隙間産業と言った。つまり、『スキ』と言った! でも私は、そのことを指摘《してき》する気にはならなかった。旦那様はもう私に、好きだと言ったのだから。だから今更《いまさら》旦那様が『スキ』と言っても、指摘する必要は無い。それなら私は、何をするべきか。考えた私は、旦那様に向かって話した。

「そうですね。やはり私は、その企業に投資をして応援をした方が良いと思います。今は隙間産業でも、これからその市場が拡大《かくだい》するように」


 すると旦那様は、コクリと頷《うなづ》いた。なので私は、勇気を出して告白した。

「旦那様。私は今、隙間産業と言いました。つまり、『スキ』と言いました。そして私は何が好きかというと、旦那様のことが好きです」


 そう言われた旦那様は、ニッコリと微笑《ほほえ》んだ。

「そうですか。私もレコアさんのことが好きなので、私とレコアさんは相思相愛《そうしそうあい》ですね」


 いやいやいやいや! 相思相愛なら、もう一度《いちど》私にキスをしてくださいよ旦那様ー!

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