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第三十二話 透色(後半)

 そうして私と旦那様《だんなさま》は、塔《とう》の入り口に向かった。そこは人が二人《ふたり》並んで入れるほどの広さだったので、私と旦那様は早速《さっそく》中に入ってらせん階段《かいだん》を登《のぼ》り始めた。このミスマの塔は茶色のレンガ造《づく》りで、階段も同じモノで出来《でき》ている。塔の中は薄暗《うすぐら》かったが所々にランプが吊《つ》るされていて、必要最小限の明るさがあった。


 そうして私と旦那様はらせん階段を登り始めたが、私には早くもきつくなった。ただただらせん階段を登ることに、早くも飽《あ》きてきた。私は元貴族令嬢《もときぞくれいじょう》だが護身術《ごしんじゅつ》を身に着けて、体力にはそれなりに自信《じしん》がある。でも、ただただこのらせん階段を登るのは精神的にキツイ。単純作業を、ひたすら続けるようなモノだからだ。


 なので私が階段を登るペースは、だんだんと落ちてきた。ふと見上《みあ》げると、旦那様はどんどん登っていた。それを見た私は、思わず弱音《よわね》を吐いた。

「だ、旦那様! ちょっと待ってください! ペースが速すぎます!」


 すると旦那様は、何と階段を降りてきてくれた。そして、声をかけてくれた。

「ああ。すみません、レコアさん。つい自分のペースで、登ってしまいました。大丈夫《だいじょうぶ》ですか?」

「す、すみません。あんまり大丈夫じゃありません……」


 そう答えると旦那様は、疑問の表情で聞いてきた。

「はて? レコアさんは結構《けっこう》、体力はありそうですが?」

「え、ええ、まあ……。それにしても、旦那様は意外と体力があるんですね。いつも執務室《しつむしつ》で事務の仕事をしているので、あまり体力は無いと思っていました……」


 すると旦那様は、爽《さわ》やかに微笑《ほほえ》んだ。

「確かに、そう思われるのかも知れません。でも結局は事務仕事にも、体力は必要なんです。私は一人でこの王国の、内政《ないせい》を担当《たんとう》しているので。なので体力が無いと、できません。なので仕事が休みの日には、マラソンをしたりして体力づくりをしているんです」

「そ、そうでしたか……」


 そして旦那様は、提案《ていあん》してきた。

「もしレコアさんがお疲れなら、ちょっと休みましょうか?」

「い、いえ。あまり疲れてはいないんですが、ちょっと飽《あ》きてしまったんです。ずっとらせん階段を登るだけなので……」

「なるほど、そうでしたか」


 そう答えて旦那様は、塔の窓《まど》を指差《ゆびさ》した。

「それなら、この塔の所々にある窓から外を見てみると良いですよ」

「え? 窓?」


 と私は、この塔の窓を見た。あ、ここって窓があったんだ。私はらせん階段を登るのに必死で、あまり気にしていなかった。なので窓から外を見てみると、驚《おどろ》いた。そこから、この首都を見下《みお》ろすことができたからだ。その景色《けしき》は、私が今まで見たことが無い景色だった。なので私は思わず、呟《つぶや》いた。

「わあ、キレイ……」


 私が見た景色は、多くの建物がひしめき合っている街並《まちな》みだった。おお! これは壮観《そうかん》だあ……。さらに奥《おく》には、緑が鮮《あざ》やかな森が見えた。おお、この景色もなかなか……。と私が塔の窓から見える景色を堪能《たんのう》していると、風を感じた。それは、窓から入ってくる風だった。そういえば、と私は考えた。ここは塔の中だから、ジメジメしているのではないかと思っていた。でも実際は、全然ジメジメしていない。それはこうやって窓から、風が入ってくるからなんだなあ。うーん、風が気持ちいい……。


 と私が景色と風を堪能していると、旦那様は説明した。

「レコアさんは塔を登るのに飽きたようですが、こうやって景色を楽しむこともできます。それに塔を登って更に上に行けば、更に良い景色が見れますよ」


 な、何ですと?! 塔をどんどん登って行けば、更に良い景色が見れる?! そ、それは見なければ! 

ぜひ、見たい! なので私は、らせん階段を駆《か》け登った。そして窓を見つけると、外を見た。うん。確かにさっきよりも高い位置から、街並みが見える。そして建物は、さっきよりも小さく見えた。まるで手を伸ばせば、掴《つか》めそうなほど。そしてやはり窓から入ってくる風も、気持ちよかった。


 なので私は更に良い景色を見るために、どんどん階段を登った。すると下から、旦那様の声がした。

「ちょ、ちょっと待ってくださいレコアさん! 登るペースが速すぎます!」

「あら~。そんなことありませんよ! さあ、旦那様! 早く登らないと置いていきますよ~」

「い、いや! ちょっと待ってくださーい!」


 そうして私は、とうとうこの塔の最上階《さいじょうかい》に辿《たど》り着いた。そこは窓がたくさんあり、開《ひら》けた場所だった。私はその全《すべ》ての窓から、地上を見下ろした。すると鮮やかなオレンジ色に染《そ》まった、街並《まちな》みが見えた。この塔を登って結構時間が経ったので、もう日は傾《かたむ》いて夕焼けになっていた。私はそのオレンジ色の街並みに、見とれた。な、何てキレイなの。こんな景色、見たことない……。


 と私が見とれていると、やっと旦那様もこの最上階に到達《とうたつ》した。そして、説明を始めた。

「どうですか、ここから見える景色は? 確かにここまで登ってくるのは大変《たいへん》ですが、皆はこの景色を見るために登ってくるんですよ。そしてこの最上階には、レストランを作る予定です。この景色を見ながらの食事は、最高でしょう」


 でも私は、そんな旦那様の説明をほとんど聞いていなかった。私はただただ、オレンジ色の街並みに見とれていた。すると旦那様も私の横にきて、その景色を見始めた。そして、呟いた。

「キレイな景色ですねえ……」


 私はそれでも、景色に見とれていた。すると旦那様は、話し出した。

「ほら、レコアさん。あっちでは、沈んでいく夕焼けが見えますよ。でも直接《ちょくせつ》夕焼けを見ると眩《まぶ》しいので、こうしましょう」


 私が旦那様を見てみると、薄《うす》いシルクのハンカチを広げて夕日に向けて透《す》かして、そうして夕焼けを見ていた。私はそうして夕焼けを見たことが無かったので、どう見えるのか興味がわいた。そこで旦那様が広げているハンカチを透かして、夕焼けを見た。それは淡《あわ》く温かみがあって柔らかい、赤だった。もちろん私は今まで、こんな赤を見たことが無い。なので思わず、呟いた。

「何てキレイな赤なの……」


 すると旦那様は、説明した。

「そうですね。こうやって見ると、夕焼けも眩しくなく見れます。そしてこうしてモノを透かして見える色を、透色《すきいろ》と言います。それにこの赤もキレイですが、それに見とれているレコアさんもキレイですよ」


 あ。旦那様は今、『スキ』って言った。だから今は、旦那様の負けね。そうぼんやりと考えていると、旦那様はそっと私にキスをした。

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