第二十九話 すき櫛(前半)
昼。今日も旦那様と一緒に昼食を食べた私は、考え事をしていた。旦那様も昼食を食べ終えて、今は自分の執務室にいるのだろう。私が考えていたことは、昨日第一王子であるアヤラ様がおっしゃったことだ。アヤラ様は、自分の気持ちを素直に相手に伝えることが、夫婦円満の秘訣だとおっしゃった。何ならアヤラ様は妃のクナさんに、毎日『愛してる』と言っているようだ。うーん……。
私は今、旦那様と形だけのいわゆる白い結婚をしている。でもそれに納得できない私は、白い結婚から抜け出そうとしている。
そして私と旦那様とは、どちらが『スキ』と言うのかの勝負をしている。でも本当の目的は、そうやって旦那様に『スキ』と言わせて本当に私のことを好きになってもらってこの白い結婚から抜け出すことだ。でも、それで良いのだろうかと私は考えた。アヤラ様は、自分の気持ちを素直に相手に伝えた方が良いとおっしゃった。
つまり私も、旦那様に『スキ』というべきだろうか? 言って言って、言いまくるべきだろうか? そうして、この白い結婚から抜け出すべきだろうか? 確かに私は、旦那様のことが好きだ。この王国の内政を一人で担当するほど優秀で、私にも気を使ってくれる。だから私は旦那様のことを尊敬しているし、愛していると言ってもいいだろう。
でも、恥ずかしい。『スキ』と言うのも恥ずかしいのに、『愛してる』なんて言える訳が無いよー! はあ……。と私が悩んでいると、食事も担当しているメイドのリーナが私に近づいてきた。あれ? もう私たちの食器は片付けたはずなのに、どうしたんだろうと思っているとリーナは話しかけてきた。いつも冷静な表情とは違う、ちょっと緊張した表情で。
「ちょっと、よろしいでしょうか、レコア様。大切なお話があります」
「うん? どうしたの、リーナ? 何だかいつもと違って、かしこまってるけど?」
「はい。実は先ほど、国王付のメイドから伝言をいただきました」
「こ、国王?!」
国王と言われて、私はビビった。国王と言えば、もちろんこのミスマ王国の頂点にいらっしゃる方だ。そしてもちろん私は、ほとんど接していない。やはり結婚式の時、少し挨拶をした程度だ。なのになぜ、国王付きのメイドがきたのだろう? 私は緊張して、たどたどしくリーナに聞いた。
「ど、どどどど、どうして国王付きのメイドがきたの? 私、何か悪いこととしたっけ?!」
するとリーナは、やはり緊張した表情で説明した。
「いえ。レコア様は何も悪いことはしてないと思いますがメイドの話では、ぜひ国王がレコア様にお会いしたいそうです……」
な、こ、国王が私に会いたがっている?! ど、どうしよう?! きっと私は、何か悪いことをしちゃったんだ! だからこれから国王直々に、怒られるんだ! うわーん、どうしよう?! と私がビビっていると、リーナは聞いてきた。
「なのでこれからすぐに、国王に会われた方が良いと思います。レコア様、お時間はありますか?」
そう聞かれて、私はうんうんと頷いた。
「あるよ! たっぷりあるよ! いや時間が無くても、すぐに国王に会いに行くよ!」
「そうですか、それは良かったです。それではこれから、国王にお会いに行きましょう」
「え? リーナもきてくれるの?! 良かったー、助かるー!」
「はい。国王は、国王の居住区の玉座におられるそうです。レコア様はまだ国王の居住区に行ったことが無いと思われるので、私がご案内させていただきます」
それを聞いた私は、思わずリーナに抱きついた。
「良かったー! 助かるよリーナ」
「そうですか。それでは早速、まいりましょう」
とリーナは歩き出して、この食堂から出た。なので私は、トコトコとリーナの後に付いて行った。各居住区を繋いでいる通路を歩いていると、豪華な広間に出た。するとリーナは、説明してくれた。
「ここが国王と王妃の居住区です。玉座は三階にあるので、階段を上ります」
と私とリーナは、豪華な赤い絨毯が敷かれてある階段を上り続けた。すると広い空間に出たのでよく見てみると、小さな階段がありその上には二つの玉座が見えた。右の玉座には、金色の髪を首まで伸ばして無表情で白い正装の男性が座っていた。この方が、国王だ。そして左の台座には、金色の髪を肩まで伸ばしてニコニコとした表情でやはり白い正装の女性が座っていた。この方が、王妃だ。
するとリーナは、緊張した様子で小さな階段の前まで行き国王に深々と頭を下げて告げた。
「国王。レコア様を連れてまいりました」
なので私も慌ててリーナの横まで進んで、深々と頭を下げて告げた。
「レコアです。本日はお目にかかれて光栄です、国王」
すると国王は、威厳のある声で答えた。
「まあ、そうかしこまらなくて良い。面を上げい」
そう言われたので私とリーナは、顔を上げた。すると国王は、話し出した。
「我が息子、タクトの妃であるレコアよ。そなたは、タクトと良い関係を築いているようだな。食堂で一緒に食事したり、城の畑でデートしたり、更にはどちらが『スキ』と言うかの勝負をしているようだな。うむ。これからも、タクトと良い関係を築いてくれ」
そう言われた私は、再び頭を下げて答えた。
「もったいないお言葉、ありがとうございます」
すると今度は、王妃が話し出した。
「まあまあ。顔を上げて、レコアさん。うちの人、無表情で怖がられることがあるけど、そんなことはないの。今回もタクトとあなたが仲良くしているから、これからもよろしくと言いたいだけなの」
無表情と言われた国王は、コホンと一つ咳払いをした。おそらく、威厳を保つためだろう。でも王妃は、構わずに話を続けた。
「全くうちの人は、愛想が無くてねえ。いつも怒っていると、誤解されるの。誤解されたくなかったら、もうちょっと愛想を良くすればいいのにねえ……」
すると国王は、もう一度咳払いをした。だが私は、あまり威厳を感じなかった。そして王妃の言動に、驚いていた。うーん。国王を、うちの人と呼ぶか。しかも国王に、言いたい放題。これが我が国の、王妃か。うーん……。するとその王妃は、右手で私を手招きした。
「ちょっといらっしゃいな、レコアさん。あなたに、ちょっとしたプレゼントがあるの」
「は、はい」
と私は小さな階段を上って、王妃の前に立った。すると王妃は、私に小さくて白い櫛を手渡して話し出した。
「これは、すき櫛。髪の汚れなどを取り除く、歯が細かい櫛なの。あなたも綺麗な髪をしてるから、よかったら使てみて」
私はやはり、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます、王妃。大切に、使わせていただきます」




