第二十八話 透き通る(後半)
午後三時。私とアヤラ様とガミチ様は、旦那様の執務室のドアの前にいた。そして私は、覚悟を決めた。ここまできたら、やるしかない。この私と旦那様の、どちらが『スキ』と言うかの勝負を見せるしかない。そして、勝つしかない。なぜならこの二人の前で『スキ』と言うのは、恥ずかしいからだ!
と私が悲壮な決意をしているのに、アヤラ様とガミチ様は何だか楽しそうだ。これから面白いモノが見れるから、ワクワクしているという表情だ。ちっ。本当はこの勝負は、見せモンじゃねーんだよ。一回しか見せねーから、よく見ておけよテメーら。
そして私は、ドアを右手でノックした。左手には、紅茶セットを載せているからだ。すると中から、「はい」と返事がした。なので私がドアを開いて、まず私が先に中に入った。そして次に、アヤラ様とガミチ様が続いて入った。するとそれを見た旦那様は、ギョッとした表情になった。
「アヤラ兄さんにガミチ兄さん! どうしたんですか、一体!」
そう聞かれたアヤラ様は、ニヤニヤとした表情で答えた。
「いやいや。どうしたも何も、たまにはお前と一緒にお茶を飲みたいと思っただけだよ。なあ、ガミチ」
するとガミチ様は、真剣な表情でコクコクと頷いた。それを見た旦那様は、少し疲れた表情で呟いた。
「何でしょうか、このデジャブ? つい昨日、同じようなことがあったような……」
心中お察しします、旦那様。この私も、全く同じことを考えていました。はい。そして旦那様は、渋り出した。
「い、いやあ。確かにアヤラ兄さんとガミチ兄さんとたまには一緒にお茶を飲むのは良いんですが、今じゃなくても……」
やはり旦那様も、嫌なのだろう。これから私と旦那様の、どちらが『スキ』と言うのかの勝負が始まる。その勝負は私たち二人でやっても、『スキ』と言ってしまうのは恥ずかしい。なのにそれを実の兄二人に見られたら、とんでもなく恥ずかしい。
おそらく旦那様は、そう考えているのだろう。だから、渋っているのだろう。うんうん。分かります、旦那様。この私も、全く同じ気持ちです。するとアヤラ様は、とんでもないことを言い出した。
「ほーう、嫌なのか? たまには俺たち兄弟一緒にお茶を飲みたいと思ったのだが、お前は嫌なのか? ほーう。それなら僕がレコア君に、お前が子どもの頃にしでかした恥ずかしい話をすると言っても? 何なら今ここで、その話をしてやろうか?」
とアヤラ様が言い出したので、私はビビった。何このデジャブ?! 昨日はアヤラ様の妃であるクナさんが、全く同じことを言ったわ! ふ、夫婦だ! アヤラ様とクナさんは似たもの夫婦だ! お、恐ろしい。夫婦になると、こんなにも似てしまうモノなのか?……。
とアヤラ様に軽く脅迫された旦那様は、渋々イスから立ち上がった。
「わ、分かりましたよ。そんなに言うなら、私も一緒にお茶を飲みますよ……」
こうして私たち四人は一緒に、お茶を飲むことになった。私とアヤラ様とガミチ様は右側のソファに座り、旦那様は左側のソファに座って私たちと向かい合った。なのでまず私は、四つの白いカップに紅茶を注いだ。そしてアヤラ様とガミチ様に紅茶を差し出した後、旦那様にも差し出した。
すると、この執務室の雰囲気は異様なモノに変わった。私と旦那様は、決してこの二人の前で『スキ』と言ってたまるか! とピリピリしていた。それに対してアヤラ様とガミチ様は、さて、どっちが『スキ』と言うんだろう? という表情でニヤニヤしていた。そして私たち四人はそれぞれの思惑を隠すために、まずは紅茶を一口飲んだ。
そうして私は、早速勝負に出た。今回は、短期決戦だ! もたもたしていたら、私が旦那様より先に『スキ』と言ってしまうかも知れない。このニヤニヤしている、二人の前で! それだけは嫌だ! 絶対に嫌だ! そして私は、旦那様に勝負を仕掛けた。
「旦那様。ここは一つ余興として、勝負をしませんか?」
「え? しょ、勝負?!」
勝負と聞いて、旦那様は緊張した表情になった。やはり勝負なら、この兄たちの前で負けられないと思ったのだろう。そして私は、説明した。
「勝負と言っても、簡単なモノです。私の右手が、何本の指を立てているかを当てる勝負です。ただし私は、左手で持ったハンカチで右手を隠しますが」
そう言われた旦那様は、少しホッっとした表情になった。私と旦那様の、どちらが『スキ』と言うのかの勝負じゃないからだろう。でもやはり勝負と聞いて、旦那様は真剣な表情になった。
「いいでしょう。その勝負、受けましょう」
ふっふっふっふっ。食いつきましたね、旦那様。私がまいた餌に! これで旦那様に、『スキ』と言っていただきます! 私はまず、薄いシルクのハンカチで右手を隠した。そして右手で、三本の指を立てた。そして私は、旦那様に質問した。
「さて、旦那様。私は右手で、何本の指を立てているでしょうか?」
すると旦那様は、不敵に微笑んだ。
「ふふふふ。答えは簡単です。三本です」
なので私は、大げさに驚いたフリをした。
「な、一体どうして分かったんですか、旦那様?!」
すると旦那様は、勝ち誇った。
「ふふふふ。それは簡単です。シルクのハンカチが薄くて、レコアさんの右手が見えたからです。ふふふふ。策士、策に溺れると言う奴です。ハンカチで隠すのは良いアイディアかも知れませんが、シルクのハンカチは薄くてレコアさんの右手が透き通って見えましたよ。ふふふふ」
よし、勝った! 勝った私は、旦那様に説明した。
「はい。確かに私の右手が、何本の指を立てているのかを当てる勝負は旦那様の勝ちです。でも私と旦那様の、どちらが『スキ』と言うのかの勝負は私の勝ちです。なぜなら旦那様は今、『透き通って』とおっしゃったので。つまり、『スキ』とおっしゃったので」
すると旦那様は、ハッとした表情になった。
「な、なるほど。た、確かに……」
そして旦那様は、うなだれた。私との勝負に負けて、兄たちの前で『スキ』と言ってしまったからだろう。そんな旦那様に、アヤラ様は絡んだ。
「おいおい、タクト? スキって一体、お前は何がそんなにスキなんだ?」
「い、いや。そ、それは……」
と答えることができない旦那様に、アヤラ様は真剣な表情で話し始めた。
「やれやれ。お前は自分の妃に、『スキ』と言うこともできないのか? 何なら僕は毎日妃のクナに、『愛してる』と言っているぞ。いいか。自分の妃に『スキ』とか『愛してる』と言うのは、恥ずかしいことじゃない。むしろ、大事なことだ」
「は、はい……」
そしてアヤラ様は今度は、ガミチ様に話し始めた。
「ガミチ。お前は妃のサワと、今度産まれてくる子どもが男の子か女の子で関係がギクシャクしているようだな。でも、そんな時こそ『スキ』とか『愛してる』と言ってやれ。自分の気持ちを素直に相手に伝えることが、夫婦円満の秘訣だ」
するとガミチ様も、真剣な表情で頷いた。それを見た私は、アヤラ様を称賛した。さすがこの王国の第一王子で、三人兄弟の長男! さすがだ!




