第二十六話 すき毛(後半)
そして私とクナさんとサワさんは、旦那様の執務室のドアの前に立った。紅茶セットを左手に載せた私は、クナさんとサワさんに目で合図をした。これから、始まりますよと。すると二人は、少し緊張した表情で頷いた。それを確認した私は、決意した。この二人の前で、私が旦那様に『スキ』と言うのは恥ずかしい。なので今回は、旦那様に『スキ』と言わせてやると! ふふふふ。覚悟してください、旦那様……。そして私は、ドアをノックした。
すると中から「はい」と返事がしたので、私がドアを開けて私たちは中に入った。すると私たちを見た旦那様は、ギョッとした表情になった。
「ど、どうしたんですか?! レコアさんはともかく、クナさんとサワさんまで! 一体、どうしたんですか?!」
するとクナさんが、旦那様を落ち着かせようと話しかけた。
「まあまあ、タクト君。たまには私たちと一緒に、お茶を飲みましょうよ」
「し、しかし……」
やはり旦那様も、嫌なのだろう。これから私と旦那様の間で、どちらが『スキ』と言うのかという勝負が始まるのだ。それは旦那様も、分かっているハズだ。二人だけでも『スキ』と言ってしまうのは、恥ずかしい。なのに今回は、クナさんとサワさんもいる。なのでこの二人の前でもし『スキ』と言ってしまうのは、更に恥ずかしいだろう。そう考えて旦那様は、渋っているのだろう。だが、この旦那様の様子を見たクナさんは旦那様に迫った。
「ほほう、タクト君。君はもしかして、私たちとお茶を飲むのが嫌なのかい? ほほう。それならば、私にも考えがある。もし君が私たちとお茶を飲むことを断ったら、レコアちゃんに教えてあげることにしよう。私がウチの旦那から聞いた、タクト君が子どもの頃の恥ずかしい話を……」
それを聞いた私は、ドン引きした。ク、クナさん! それはもはや、軽い脅迫ですよ! お、恐ろしい。これが我が王国の、第一王子の妃か……。クナさんは第一王子の妃になったので、こんな性格になったのか? それともクナさんが、元々こういう性格なのか? それは分からない。でも、一つだけハッキリとしたことがある。それは、何が何でもクナさんに逆らってはいけないということだ!
でも、旦那様の子どもの頃の恥ずかしい話か。ちょっと、興味があるな。ちょっと、聞いてみたいな。と思ったが、旦那様はすぐに音を上げた。
「わ、分かりました! 私はクナさんたちと一緒にお茶をいただきます! 全く、クナさんには敵いませんよ……」
うんうん。旦那様の判断は、妥当だ。もし私が旦那様の立場でも、そうするだろう。とにかく私たちはお茶を飲むことにしたので、私とクナさんとサワさんは右側のソファに座った。そして旦那様は左側のソファに座って、私たちと向かい合った。
私はまず四つの白いカップに紅茶を注いで、クナさんとサワさんに勧めた。それから旦那様に、紅茶を勧めた。皆はこれから私と旦那様の勝負が始まることを知っているので、少しピリピリとした雰囲気になった。でも紅茶を一口飲むとその美味しさで、雰囲気は少し和らいだ。するとクナさんは早速、仕掛けた。
「ところでタクト君。さっきレコアちゃんの髪形を変えてみたんだが、どうだい? 似合っているかい?」
うーん、さすがクナさんだ。すき毛とは、一言も言っていない。もしすき毛と言ったら、自分が負けるんじゃないかと警戒したんだろう。私は後ろを向いて、旦那様に変えた髪形を見せた。すると旦那様は、冷静に答えた。
「なるほど。確かに、髪形が変わっていますね。後ろの髪にボリュームが出て、ゴージャスな感じがします。そしてとても、似合っていると思いますよ」
するとクナさんとサワさんは、うんうんと頷いた。旦那様の答えに、満足したのだろう。そんな旦那様に、クナさんはアドバイスをした。
「うんうん。良い答えだよ、タクト君。もし自分の妃がイメージチェンジしたら、とにかく褒めるんだ。似合っていても、いなくても。それが夫婦円満の秘訣だよ。はははは」
「は、はあ、そうですか。いやあ、勉強になります……」
と旦那様は、少しクナさんに押されているようだ。そして旦那様は、少し恥ずかしそうな表情になった。私を褒めたところを、他人に見られたからだろう。男性とは、そういうモノらしい。なので今回の勝負は、難しくなった。もし旦那様が『スキ』と言ってしまえば、更に旦那様は恥ずかしくなるからだ。だから旦那様は、今まで以上に『スキ』と言わないように警戒するだろう。さて、どうするか?……。
とにかく今、私も『スキ』と言ってしまうのは恥ずかしい。なので絶対に旦那様に『スキ』と言わせて、私が勝たなければならない。そのために私は、作戦を考えた。うん、これだ! これで行くしかない! 私は旦那様に、クイズを出した。
「さあ! ここで旦那様にクイズを出します! 私は髪の後ろにあるモノを入れてボリュームを出しましたが、それは一体何でしょうか?!」
すると旦那様は、腕組みをして考え始めた。それを見た私は、考え始めた。うーん。私は今回、旦那様にすき毛と言わせて勝とうと思っていた。だがそもそも、旦那様はすき毛という言葉を知っているだろうか? ハッキリ言って、その可能性は低い。なぜなら私も、さっき知ったばかりだからだ。うーん、これはマズい。うーん、どうしようか?……。
と考え続けた私は、結論を出した。旦那様はほぼ確実に、すき毛と言う言葉を知らない。なので今回は、引き分けに持ち込もうと。そして私は、旦那様を煽った。
「ブブー、時間切れです。正解は、すき毛でした! どうやら旦那様は、この言葉をご存じなかったようですね。旦那様なら、何でもご存じかと思ったんですが?」
すると旦那様は、動揺した表情になりながらも答えた。
「い、いや。知っていましたよ、すき毛くらい。ただいきなり時間切れになったので、答えられなかっただけです! いえいえ、知っていましたよ!」
よし、かかった! そして私は、説明した。
「今回は、私と旦那様の両方がすき毛と言ってしまいました。つまり二人とも、『スキ』と言ってしまいました。なので今回の勝負は、引き分けです!」
するとクナさんとサワさんは「おお~」と、どよめいた。ふう。今回は、厳しい戦いだった。でも何とか、引き分けに持ち込めた。と私が一安心していると、クナさんは私たちを称えた。
「うむ。素晴らしい勝負だった。見ごたえがあった。良いモノを見せてもらった」
ふと見るとサワさんも、うんうんと頷いていた。そうして二人は、満足そうに紅茶を飲み干した。




