第二十四話 空きっ腹(後半)
するとリーナの口元から、「ふふふふ」という笑い声が聞こえたような気がした。え? リーナが笑ってる? リーナはいつも真面目で、今まで笑ったところなんてほとんど見たことないような気がするけど……。と私が考えていると、やはりリーナは私に背中を向けたまま答えた。
「何だか今日のレコア様は、難しことをお聞きになりますね」
え、そうかな? 難しいかな? とやはり私が考えていると、リーナは答えてくれた。
「私が思うに、タクト王子がそうおっしゃるならレコア様は確かに、タクト王子を楽しませていると思いますよ。でもレコア様は、本当にタクト王子を楽しませているのか、気になさっているようです」
「う、うん。そうなの」
するとリーナは少し考えているのか、少しの間沈黙した。そして、答えた。
「まあ一般的に楽しませるとは、相手を愉快にさせることです。でもレコア様は、タクト王子を愉快にしているつもりはないので悩んでいらっしゃると思われます」
リーナにそう言われて、思わず私は大きな声を出した。
「そ、そうなの! その通りなの! 私は旦那様を、愉快にさせているとは思えないの!」
するとリーナは、頷いた。
「なるほど。やはりレコア様は、それで悩んでいらっしゃいましたか」
「う、うん……」
そしてリーナは、話を続けた。
「でも、レコア様。楽しいとは、心が快適であるという意味もあります」
「え? どういうこと?」
「うまり、居心地が良いという意味です。楽しいとは、居心地が良いという意味もあるということです。つまりタクト王子はレコア様と一緒にいると、居心地が良いと感じているのではないでしょうか?」
な、なるほど……。確かに私は、旦那様を愉快にしているかどうかは分からない。でも居心地なら、良くしているかも知れない。なぜならこの私が旦那様といると、居心地の良さを感じるからだ。そうか。旦那様は私と一緒にいると居心地が良いから、一緒に昼食も食べようと提案したのか。そうか……。と納得した私は、リーナにお礼を言った。
「ありがとう、リーナ。おかげで悩んでいたことが、解決したわ!」
「そうですか、それは何よりです」
悩みが解決した私は、今日はどうやって旦那様に『スキ』と言わせようかと考えだした。するとリーナの口元から、再び「ふふふふ」と笑い声がしたような気がした。
「でも実はレコア様は、本当にタクト王子を楽しませているのかも知れません」
「え? それって、どういうこと?」
するとリーナは、笑顔で私に振り向いた。
「あの、どちらが『スキ』と言うかの勝負ですよ。タクト王子は本当に、あの勝負を楽しまれているのかも知れません。なのでレコア様といると、本当にタクト王子は楽しいのかも知れません。この私も実際、あんな勝負を王子とする妃なんて今まで見たことも聞いたこともありません」
「え? ちょ、ちょっとリーナ! ひょっとして私のこと、バカにしてる?!」
そう言われたリーナは、やはり笑顔で答えた。
「まさか、とんでもありません。レコア様はそうやって、タクト王子を変えられたんだと思います。なので私もそんなお二人を拝見して、とても微笑ましく思っています」
「そ、そうなの?……。まあ、いいわ。それなら、いいわ」
「はい」
そうしてリーナは食器を洗い終えると、このキッチンから外に出て行った。おそらく、畑仕事をしに行ったのだろう。そして一人になった私は、考え始めた。そうか。私は本当に旦那様を、楽しませているのか……。
私は旦那様と結婚する前に、何人かの男とデートをしたことがある。でもその男たちに、『楽しかった』と言われたことは一度もない。今考えてみると、私も楽しいと思ったことは一度も無かったような気がする……。
そう考えてみると、相手を楽しませるというのは最高の愛情表現かも知れない。そして旦那様は私に、私と一緒にいると『楽しい』と言ってくれた。だからそれは旦那様の、私に対する愛情表現かも知れない。なので私も、旦那様に愛情表現をすることにした。私らしい、やりかたで。だって私も、旦那様と一緒にいると楽しいから!
そうして旦那様の執務室のドアの前に立った私は、左手に紅茶セットを載せて右手でドアをノックした。すると「はい」と返事がしたので、私は中に入りテーブルの上に紅茶セットを置いて告げた。
「旦那様。そろそろ、午後三時になります。なので紅茶でも飲んで、一休みされませんか?」
すると旦那様は「はい、そうしましょう」と答えて、私と向かい合ってソファに座った。なので私は早速二つの白いカップに紅茶を注ぐと、その内の一つを旦那様に勧めた。
「どうぞ、旦那様」
「はい。いただきます」
そうして一口紅茶を飲んだ旦那様は、満足そうな表情になった。なので私も紅茶を一口飲んで、話を切り出した。
「全く今日の昼食は、大変でした」
すると旦那様は、疑問の表情になった。
「え? どうしたんですか、レコアさん?」
「どうもこうもありません! 今日の畑のデートではいきなり旦那様は私の手を握って、しかも昼食も一緒に食べようとおっしゃいました! なので突然のことが多すぎて混乱した私は、昼食をうわの空で食べることになりました! だから昼食をしっかりと食べた気がしないので、今の私は空きっ腹です!」
そう言われた旦那様は、キョトンとした表情になった。
「え、えーと。それはすみません……。っていうかレコアさん、ちょっと怒ってます?」
「いえ、怒ってません! 今の私は、空きっ腹だと言ってるだけです!」
「は、はあ。そうですか……。あれ? レコアさん? レコアさんは今、空きっ腹と言いましたよね? 『スキ』って言いましたよね? なので今回の勝負は、レコアさんの負けでは?」
なので私は、キッパリと答えた。
「そうです。今日は負けです! 旦那様に手を握られて昼食も一緒に食べたので、今日は私の負けです!」
「は、はあ?……」
と旦那様はやはり疑問の表情だったが、私は満足していた。さっき私は旦那様に、二回も『スキ』と言ったからだ。




