第十九話 すきっ歯(後半)
私は旦那様の執務室のドアの前に立つと、一つ深呼吸をした。食事担当のメイドのリーナが、私たちのことを応援してくれて嬉しい。だから何としても私は、旦那様とのこの白い結婚から抜け出したいと決意した。そうだ。私たちのことを応援してくれている、リーナのためにも!
私は右手でドアをノックすると、中から「はい」と言う返事がしたので部屋の中に入った。そしてテーブルの上に紅茶セットを置くと、いつものように旦那様に声をかけた。
「さあ、旦那様。もうすぐ午後三時です。なので紅茶でも飲んで、休憩しませんか?」
すると旦那様は机で書類を書いていた手を止めてイスから立ち上がり、落ち着いた雰囲気でテーブルに近づいてきた。ソファに座った旦那様は、微笑んでいた。
「そうですね。それに私はそろそろ、レコアさんがこの部屋にくる頃だと思っていましたよ」
う。何だ、この落ち着きは? この余裕は? これから私と旦那様の間で、どちらが『スキ』と言うかの真剣勝負が始まるというのに! まるで旦那様は、この勝負を楽しんでいるようだ……。でも、旦那様! 今日も必ず、『スキ』と言わせて見せますわ!
そう決意しながら、私は二つの白いカップに紅茶を注いだ。この勝負は、焦ったらダメだ。まずは旦那様を、油断させないと。なので私は、紅茶を注いだ一つのカップを旦那様に差し出した。
「さあ、どうぞ。旦那様」
すると旦那様は早速紅茶を一口飲んで、感想を漏らした。
「ああ。今日も美味しい紅茶ですねえ……」
よし。旦那様は、美味しい紅茶を飲んでリラックスしている。なので私も、紅茶を一口飲んで、リラックスした。
「はい。本当に美味しい紅茶です……」
そして私は、考え始めた。さて。今回は旦那様に、すきっ歯と言わせて『スキ』と言わせる作戦だ。でも考えてみると、これは中々難しい。なぜなら普通に会話をしていたら、すきっ歯と言う言葉は中々出てこないからだ。うーん、これはどうしたモノか……。と私が考え込んでいると、旦那様は爽やかに微笑んで私を挑発してきた。
「ふふ、レコアさん。今日はどうやって、私に『スキ』と言わせるつもりですか? あ。もちろん今のは、ノーカウントですよ?」
くっ、余裕だ! 旦那様は完全に余裕だ! やはり旦那様は、完全にこの勝負を楽しんでいる! それに気づいた私は、がぜんやる気になった。今日も旦那様に、必ず『スキ』と言わせて見せる! でもその前に、私も余裕を見せることにした。
「え? 何のことでしょう? 私はただこうやって、旦那様と一緒に紅茶を飲みたいだけですよ?」
「ふふ、そうですか。それならいいんですが……」
さて。一体どうやって旦那様に、すきっ歯と言わせようか……。うーん。やはりまずは、食事担当のメイドのリーナの話をするのが自然だ。そこからリーナは、昔はすきっ歯だったという話に持って行こう。なので私は、まず旦那様に話しかけた。
「聞いてください、旦那様。実はリーナには、すごい秘密があったんです」
「ほう、すごい秘密が? それは一体、何ですか?」
よし。旦那様が食いついてきた。やはりすごい秘密と聞いて、食いついたようだ。ごめんね、リーナ。あなたの、こんな話をすることになって。あとでサービスしてあげるから許してー。そして私は、話し出した。
「実はリーナは子どもの頃、歯と歯の間が開いていたそうです」
「はあ、開いていた?」
「そうです。あの完璧なメイドの、リーナにです。私はリーナはどんな仕事もできる完璧なメイドだと思っていたので、この話はちょっと意外でした。私はリーナは子どもの頃から、完璧だと思っていたので」
「なるほど。そう言われてみると、そうですね。私もリーナさんは完璧なメイドだと思っているので、ちょっと意外な話でした」
よし。旦那様はこの話に、完全に食いついた。なので私は、勝負に出た。
「えーと……。何て言うんでしたっけ? 歯と歯の間が、開いていることを?」
「さて、何でしたっけ?」
な、何ー? 実は旦那様は、この話にあまり食いついていない?! い、いや。食いついているハズだ。旦那様はこの話に、食いついているハズだ! なので私は、もう一度聞いてみた。
「えーと、何でしたっけ? あー、ここまで出てるのにー!」
「さあ、何でしたっけ?」
な、何ー? やはり旦那様は、この話に食いついてない?! ど、どうする私? 今から、『スキ』が付く別の言葉を考えてみるか? いや、ダメだ。旦那様は、実はこの話に食いついていないと言うショックで別の言葉を考える余裕が無い! くっ、どうする? どうする、私?……。
こうなったら、子どもの話をしてみようか? リーナは、私と旦那様の間に子どもが産まれることを期待していると。いや、ダメだ。この話は、まだ早い。女性が苦手な旦那様に、私と子どもを作ろうという話は、まだ早い。くっ。それなら一体、どうすれば?……。
と考えていると、ふとアイディアが浮かんだ。私はリーナは、完璧なメイドだと思っている。そして旦那様も、十分完璧だと思っている。なぜなら旦那様はこの王国の内政を、一人で担当しているからだ。よし。そこを突いてみるか。私は旦那様を、ちょっと煽ってみた。
「おやおや。旦那様も、お忘れですか? この王国の内政を一人で担当されている、完璧な旦那様が。まあ、こんなこともあるんですね。それにしても、意外ですねー?」
すると旦那様は、ちょっとㇺッとした表情になった。お。これはプライドを傷つけられたか?! するとやはり旦那様は、ムキになって答えた。
「失礼な。ちょっと、度忘れしただけです。えーと。歯と歯の間が開いていることは……。あ、あれです! すきっ歯です!」
その瞬間、私の勝利が決まった。私は、勝ち誇った。
「はい、今言いましたー! 今旦那様は、『スキ』って言いましたー!」
すると旦那様はポカンとした表情になった後に、負けを認めた。
「なるほど……。確かに私は、『スキ』と言いました。どうやら今回も、私の負けのようです……」
よし、勝った! と思った私だが、少し不安になった。旦那様のプライドを傷つけて勝ってしまったので、私のことが嫌いになってしまったのではないかと。でも、その心配は無かった。それは旦那様が、こう言ってくれたからだ。
「そう言えばレコアさん。約束していた二人で一緒にお城の畑を見に行くことですが、明日の午前中にしましょう。仕事が一段落したので」




