第十八話 すきっ歯(前半)
昼食を食堂で一人で食べ終えた私は、食器の後片付けをしている食事担当のメイドのリーナに聞いてみた。
「ねえ、リーナ?」
「はい、何でしょう?」
「私が旦那様と、畑を一緒に見に行くことを誰かに話した?」
「はい、話しました。そしてこれはすでに、このお城中の話題になっています。もしご機嫌を悪くされましたら、申し訳ありません」
私は右手を顔の前で、ブンブンと振って答えた。
「いやいや。別に、機嫌なんか悪くしてないわよ。ただ、意外だったのよ。無口そうなあなたが、そんな話を誰かにしたことが」
「そうでしたか」
「だから、できれば聞かせてほしいの。どうしてあなたが、その話をしたのか」
するとリーナは、真剣な表情で即答した。
「理由は、嬉しかったからです」
「嬉しかった?」
「はい。私はこの五年ほど、ここで食事担当のメイドとして働いています。そして私は、気づきました。タクト第三王子の優秀さを。なにしろタクト王子は、お一人でこの王国の内政を担当していらっしゃるので。しかも、結果を出されています。この王国の内政の、成功と言う結果を。他国と比べて失業者が少なく、また治安も良いからです」
そこまで説明してからリーナは、フゥと一息ついた。そして、話を続けた。
「なので私はタクト王子のお子様がお産まれになったら、どんなに素晴らしいだろうかと考えました。タクト王子のお子様ならきっと、優秀だろうと。そして将来、必ずやこの王国のために働いてくださると思いました。でも残念ながら、タクト王子は女性が苦手でした。なので私はタクト王子のお子様を、あきらめていました……」
するとリーナは、真剣な表情で私を見つめて話を続けた。
「でもタクト王子は、レコア様、あなたを妃に迎えました。でもそれはタクト王子がこの王国の第三王子だから結婚しないと体裁が悪いという理由で結婚した、いわゆる白い結婚だということをウワサで知りました。でも私は、希望を捨てませんでした。もしかしたらタクト王子とレコア様の間に、お子様がお産まれになるのではないかと。なので私はそのために、全力を尽くそうと思いました」
そこまで話したリーナは、少し微笑んだ。それを見て、私は少し驚いた。いつも真面目で真剣な表情をしているリーナの、微笑みを初めてみたからだ。そしてリーナは、少し微笑みながら話を続けた。
「ところがレコア様、あなたは意外な行動をなされました。この白い結婚が不満だったあなたは、何とタクト王子とどちらが『スキ』と言うのかという勝負を始めました。そして何とそれによって、タクト王子はお変わりになりました。女性が苦手なタクト王子が何と、あなたと一緒に朝食を食べるようになりました。そして更に、あなたと一緒にこのお城の畑を見に行こうとされています。五年間タクト王子を見てきた私は、驚きました。レコア様、あなたによってお変わりになったタクト王子を。なので私は、ただただ嬉しいのです。タクト王子とあなたの間に、優秀なお子様がお産まれになるのではないかと考えると……」
そしてリーナは、軽く頭を下げた。
「なので嬉しくなった私はつい、今度タクト王子とレコア様が一緒にこの城の畑を見に行くという話を知って他人に話してしまいました。だってこれは、一種のデートですから。あの女性が苦手なタクト王子がデート?! と驚いたのも他人に話をした理由の一つです。でもこれは当然、ナイーブなことです。なのでこの話を他人に話してもいいのかどうか、タクト王子とレコア様に事前に確認するべきでした。なのでもしご機嫌を悪くされたら、申し訳ありません……」
そんなリーナの気持ちを知って、私は嬉しくなった。そうか。リーナは私と旦那様のことを、そんな風に考えていたのか。なので私は再び右手を顔の前で、ブンブンと振った。
「いやいや。さっきも言ったけど、全然機嫌なんか悪くしてないって! それに私は、今とても嬉しいの。あなたがそんな風に私と旦那様の考えてくれてたと知って……」
「レコア様……」
そして私は、断言した。
「任せておいて、リーナ! 私は必ず旦那様との、畑デートを成功させて見せるわ! いや、それだけじゃない! 私も旦那様は優秀で、とても素敵な男性だと思ってる。だから必ず私は、旦那様の子供を産んで見せるわ! だからその時は、子育てを手伝ってね。やっぱり子育ては、一人だと大変だと思うから」
するとリーナは、今まで見たことが無い柔らかな笑顔を見せた。
「はい。その時は必ず、私が子育てをお手伝いさせていただきます」
そして私は、初めてリーナが歯を見せて微笑んだ表情を見た。それはとても、可愛らしかった。白い八重歯も、見えた。なので私は、考えた。リーナは、素敵な女性だ。だからいつかこのお城から出て、きっと素敵な男性と結婚するだろうと。だから私は、リーナに提案した。
「確かにリーナに子育てを手伝ってもらえたら、私は嬉しいわ。大助かりだわ。でもそれはリーナ、あなたがこのお城を出て行くまでの話ね。あなたはとても、素敵な女性よ。だからあなたはいつか、きっと素敵な男性と結婚するだろうから」
するとリーナは、少しうつむいた。
「いえ……。私は結婚するのは、難しいと思います。何しろ私は、愛想が無いので……」
「いやいや。リーナ、あなたはとても可愛いわよ。微笑むと白い八重歯も見えて、チャーミングだし」
「そうですか、ありがとうございます。でも私は子供の頃、歯と歯の間に隙間があるすきっ歯だったんです。両親に言われて、矯正しましたが」
なるほど、そうだったのか。そして私は、嬉しさを嚙みしめた。私は旦那様に『スキ』と言わせて、本当に私のことを好きになってもらってこの白い結婚から抜け出そうとしている。でもそれは私一人でできるだろうかと、少し不安もあった。でも私には、このリーナという心強い味方がいる。
なので私は、再び決心した。よーし。今日も必ず旦那様に『スキ』と言わせて、この白い結婚から抜け出してやると。そして私は、考えた。今日はどうやって、旦那様に『スキ』と言わせるか。すると私は、思い出した。リーナが言った、すきっ歯という言葉を。よし、これだ! 今日はこれで、旦那様に『スキ』と言わせよう!




