第十話 すきま風(後半)
私は左手に紅茶セットを載せて、右手で旦那様の執務室のドアをノックした。するとやはり、少し緊張した「はい」という返事がした。やはり旦那様はもう、気づいているのだろう。これから男と女のプライドをかけた、頭脳戦が始まることを。そして私は、執務室の中に入った。よし。今日も絶対に旦那様に『スキ』と言わせて、この勝負に勝ってやろうと決意して。
そして私と旦那様は、向かい合ってソファに座った。私は目の前にあるテーブルに紅茶セットを置くと、一応聞いてみた。
「旦那様。そろそろ午前一〇時なので、お茶にしませんか?」
するとやはり旦那様は、少し緊張した表情で頷いた。
「そうですね、そうしましょう」
「はい」
と私は二つの白いカップに紅茶を注いで、その内の一つを旦那様に差し出した。旦那様は「うん、美味しいですね」と、やはり少し緊張した声で感想を漏らした。ふむ。やはり旦那様は、私を警戒しているようだ。やはり旦那様は、私が旦那様に『スキ』と言わせようとしていることに気づいているようだ。うーん。それじゃあ、どうしよう? 警戒している旦那様に、『スキ』と言わせるのは難しそうだ……。
なので私は、まず旦那様と世間話をして旦那様の警戒を解こうと考えた。
「旦那様。今日は旦那様に、ご報告があります」
するとやはり旦那様は、言葉を選んで慎重に答えた。
「報告? さて、一体何でしょう?」
ふむ。旦那様は警戒しているようだが、取りあえず私と話をする気はあるようだ。よし、イケる。と私は、話し出した。
「今日の朝食の後、クナさんとサワさんと少しお話をしたんです」
すると旦那様の表情は、少し和らいだ。クナさんとサワさんの名前を聞いて、少し警戒が解けたようだ。よし、イケる。私は、話を続けた。
「今日はサワさんの妊娠の話などをして、盛り上がりました。そして私たち三人は、親しくなりました」
「なるほど。確かにサワさんは今、妊娠三カ月のはずです。元気な子供が産まれると良いですね」
「はい」
でも私は、この城の高官たちがサワさんに『男の子を産んでほしい』というプレッシャーをかけている話はしなかった。旦那様は、この城でこの国の内政を担当している。だから旦那様は、高官たちと一緒に仕事をしているのだろう。そんな旦那様に、高官たちの陰口になるようなことは言いたくなかったからだ。旦那様には今まで通り、高官たちと良い仕事をして欲しかったからだ。
そう考えてふと見ると、旦那様はリラックスした表情になった。きっとサワさんの、産まれてくる子供の話をしてリラックスしたんだろう。そして私は、このチャンスを逃さなかった。私は、ポツリと呟いた。
「サワさんは夫である、第二王子と上手く行っているようです。そしてクナさんも夫である第一王子と、上手く行っているようです。男の子と女の子を、一人ずつ産んでいらっしゃるので。でも私と旦那様の間には、すきま風が吹いていますね……」
すると旦那様も、神妙な表情で呟いた。
「すきま風ですか……」
よし! 言った! 『スキ』って言った! 次の瞬間、私は立ち上がって勝ち誇った。
「言いました! 今、旦那様は『スキ』っておっしゃいました! この勝負、私の勝ちですわ!」
すると旦那様は、ポカンとした表情になった。
「え? 私はただ、すきま風と……。ああ、そうか! そういうことか!」
そして旦那様は、少し悔しそうな表情になった。でも次の瞬間、旦那様は大笑いした。
「なるほど! 確かに私は『スキ』と言いました! なのでこの勝負、私の負けです! はははは!」
あれ? どうして旦那様は勝負に負けたのに、笑っているんだろう? でも私は、自分が勝ったことを忘れて大笑いしている旦那様を見つめた。ああ。旦那様は、こんな風に笑うのか。そう言えば私は、旦那様がこんな風に笑うのを見たのは初めてだ。すると私の心は、少し温かくなった。
そうして大笑いした旦那様は、少し穏やかな表情になった。
「レコアさん、ちょっと聞いてもよろしいですか?」
「はい、なんでしょう?」
「レコアさんは朝食は、どこで食べていますか?」
「はい。食堂で食べています」
「なるほど、食堂ですか……」
そして旦那様は、少し考える表情になった。そしてその後、聞いてきた。
「レコアさん。明日の朝食は、私はレコアさんと一緒に食べたいんですがよろしいでしょうか?」
「え?」
と私は一瞬、訳が分からなかった。私と旦那様が一緒に、朝食を食べる? 今まで私はずっと、食事は食堂で一人で食べていた。少し味気ない食事だが、旦那様が女性が苦手なようなので我慢していた。でも今、確かに旦那様は私と一緒に朝食を食べたいと提案してきた。だから私に、断る理由は無かった。なので私は少し嬉しくなって、微笑みながら答えた。
「はい。それでは明日の朝は、一緒に朝食を食べましょう」




